23-19 製氷業者からの帰り道
俺はラインハルトさんとベネディクトさんに魔石の入手方法の説明を終えた。
説明を終えて、価格や入手時期を含めての意見を求められた時に、廊下から複数人の話し声が聞こえてきた。
コンコン
「「おう!」」
ラインハルトさんとベネディクトさんの応じる声に、部屋の扉を開けて入ってきたのは、あの若い従業員だ。
「馬車が来ました」
その声に続いて入ってきたのは、シーラと先ほどの女性、ラインハルトさんの奥さんだ。
「イチノスさんにシーラさん、今日はありがとうございました」
ラインハルトさんの奥さんが礼を告げ頭を下げると、チラリと応接に座る二人へ目をやった。
その視線に気が付いたのか、途端に二人が揃って応接から立ち上がり、頭を下げて礼を告げてくる。
「「イチノスさんにシーラさん、今日はありがとうございました」」
ククク どうして二人揃って鸚鵡返(おうむがえし)しなんだ?(笑
「本当に、この人達ったら、あの魔道具屋にすっかり騙されたんだから」
ラインハルトさんの奥さんが、そうした言葉を口にしてくるが、俺としては返事がし辛いぞ(笑
「じゃあ、イチノスさんとシーラさんをお送りして」
「はい!」
「「はい!」」
奥さんは若い従業員に向かって告げたのだろうが、ラインハルトさんとベネディクトさんが思わず反応している。
「あら? あなた達には『おはなし』がありますから残ってくださいね(ニッコリ」
「「は、はい⋯⋯」」
こ、こえ~
この氷屋の女将さんも、シーラと同じで『ニッコリ』を使うんだ。
ベネディクトさんとラインハルトさん、そして奧さんの3人には応接の場で別れを告げて、俺とシーラは若い従業員の案内で氷室な建物の外へ出た。
扉を開けて外へ出ると、思いの外に外周通りの喧騒と傾き行く陽の光が襲ってくる。
そんな傾き行く陽の光が、アイザックが店へ来る時刻が迫っていることを告げていた。
俺とシーラが馬車へ向かうと、若い街兵士が寄ってきて王国式の敬礼を出してくる。
それに俺とシーラが応えると、街兵士が告げてきた。
「イチノス殿、シーラ殿、申し訳ありませんが私達はここで警戒を終えます」
「はい、ありがとうございました。おかげさまで何事もなく過ごせました」
「はっ! 失礼します」
そう応えた街兵士が一歩下がる姿を視界の端に置きながら、手を添えてまずはシーラを馬車の個室へ乗せ、俺も続いて乗り込んだ。
すると個室の扉を閉めながら、今度は若い従業員が告げてきた。
「イチノスさん、女将さんから店まで同行して、マセキを買ってくるように言われたんで、後ろに立たせてもらいます」
「そうか、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
明るく応えた若い従業員の顔を改めて見ると、ヴァスコやアベルと同じくらいな気がする。
馬車の車輪止めを外す揺れがわずかに伝わり、街兵士と若い従業員の話し声がすると、従者台に人の乗る揺れが伝わる。
ピッピーッ ピッピーッ
街兵士の警笛が聞こえると、するりと馬車が動き出した。
窓の外を流れる景色から、馬車が南町の市場を抜け行くのがわかる。
俺はそこでようやく肩から力が抜けると、ふと、隣に座ったシーラの視線を感じた。
「ん? シーラ、何かあるのか?」
「あのね、イチノス君に話しておきたいことがあるの」
「ん?!」
「イチノス君は気が付かない?」
「ん? 何の話だ?」
「さっき、氷屋の女将さんに、イチノス君のお店で魔石を買うのを勧めちゃったの」
「あっ!」
そうか、若い従業員は女将さんに言われて、俺の店へ魔石を買いに来ると言っていた。
俺はラインハルトさんの奥さんには、魔石が必要な話は一切していない。
「イチノス君、ごめんね(てへぺろ」
なんだその『てへぺろ』は!
『まあ可愛いから許す』
そう思ったが口にはしないぞ(笑
「いや、それは気にしないでくれ。実はシーラがいない間に、俺もラインハルトさんとベネディクトさんに魔石の入手方法を説明したんだ」
「うんうん、やっぱりね。イチノス君なら話すと思った」
そこまで話したシーラが軽く息を吸い込み、話を続けた。
「それとね、実はね、氷室の件は食堂のキャサリンさんから前もって少し聞いてたの」
ん? ちょっと待ってくれ。
魔石の件は店の商いだから問題ない。
キャサリンさん? 食堂の?
誰の事だ?
「シーラ、すまん。食堂って大衆食堂のことだよな?」
「そうよ、昨日の昼前に冒険者ギルドのキャンディスさんと大衆食堂へ行った時に、キャサリンさんから氷室の件をちょっとだけ聞いてたの」
「シーラ、何度も話の腰を折ってすまない。食堂のキャサリンさんって誰の事だ?」
「あれ? イチノス君は、大衆食堂のキャサリンさん⋯ 給仕をしてる年配の女性を知らないの?」
「えっ? あの婆さんが、キャサリン?!」
そうだ、思い出した!
あの給仕頭の婆さんの名前は『キャサリン』だ。
以前に一度だけ聞いた記憶があるぞ。
皆が『婆さん』と呼んでるから、俺も婆さんで済ませていた。
「い、いや、すまん。度忘れしてた。昨日の昼前と言うと⋯ サノスを馬車で送ってくれた時だよな?」
「そう、昨日の話だよ。キャンディスさんと、かなり早目の昼食を食堂ですることになって、冒険者ギルド向かいの食堂へ行ったら、キャサリンさんを紹介してくれたの」
そこまで話したシーラが言葉を止めて聞いてきた
「イチノス君、続けて大丈夫?」
「あぁ、すまん。続けてくれ」
ちょっと、話の腰を折りすぎたな。
「それで、キャンディスさんが私をイチノス君と一緒に相談役に就いた魔導師だって、キャサリンさんに紹介してくれたの」
「なるほどな。あの二人はオバと姪で親戚だからな」
「うん、それも聞いて私もちょっと驚いた。しかも名前が『キャンディス』と『キャサリン』で似てるじゃない」
「そうだな。似てるな(笑」
キャンディスさんが、シーラを俺と同じ様に冒険者ギルドに関わりそうな人物と判断すれば、婆さんに紹介するのも頷けるな。
「それでね、食堂のキャサリンさんが、氷室の話をしてきて、『イチノスと行くのか?』って聞かれて⋯」
「ククク 婆さんも、氷室の女将さんから相談されたから気になっていたんだろう」
「そうらしいね。それで私は氷室の件はイチノス君の仕事だと思ったの。だから、変に口を挟んじゃ悪いと思ったの」
そうかぁ⋯
言われてみれば、昨日の商工会ギルドで、シーラは製氷業者との打ち合わせに参加するのを軽く渋っていたな。
「なんか、イチノス君の仕事なのに、今日も私が色々と口を挟んだ感じで、ごめんね」
俺の仕事か⋯ そうか!
それで、シーラはさっきも俺に『どうしたいか?』を聞いてきたんだな?
「いや、気にするな。昨日も言ったけど、これからシーラがこの街に住めば、こうした魔道具の不具合の話は俺やシーラ、もしくは東町の魔道具屋に行くんだ。変に俺に遠慮しない方が良いと思うぞ」
「うん、ありがとう」
「そういえば、昨日の昼にサノスと食堂で会ったんだろ?」
「うん。サノスさんがお昼ご飯を買いに来て、キャンディスさんとキャサリンさんがサノスさんを紹介してくれたの」
まあ、昨日の昼前の大衆食堂ならあり得る話だ。
「それで、その時に先生のお孫さんのロザンナさんの話も、キャンディスさんから聞いたの」
おいおい、今度はロザンナの話しか⋯
「ロザンナさんの話は、先生からも少し聞いてたから⋯」
そうだよな。ロザンナがシーラを見掛けてるんだ。
シーラがロザンナを見ていてもおかしくない。
ましてや、シーラは先生の治療を受けてたんだ。
ロザンナの話を先生から聞く機会もシーラにはあるよな。
「シーラ、もしかして、その時からサノスとロザンナに興味があったのか?」
「うん。ロザンナさんの話は、先生からイチノス君のところで働いてるって聞いて興味を持ったかな?」
これもあり得る話だ。
更に、シーラが俺の店へ来たのは⋯
「俺がサノスや先生の孫であるロザンナに、どんなことを教えているか、そうしたところがシーラは気になったのか?」
「そうね、イチノス君が店を構えて弟子を取って従業員を雇って、この街でどんな暮らしをしてるのか凄く気になった」
そう告げて微笑むシーラの瞳は相変わらずの美しい緑色だ。
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