7-13 彼女の初めての依頼でした
店舗兼自宅へ戻り、上着を脱ぎカバンを置いて顔と手を洗い、トイレで用も済ませた。
作業場のいつもの席へ座り一息つきながら、ウィリアム叔父さんとの会談日程を考える。
5月19日(木)今日
5月20日(金)明日
5月21日(土)
5月22日(日)
5月23日(月)会談
もしかして叔父さんは明日とかにリアルデイルへ来るのか?
いや、待てよ。
もしかすると、既にリアルデイルへ来ていたりして?
どちらにせよ、土曜か日曜に店へ襲ってきそうな気がする。
母(フェリス)の住まう領主別邸に寝泊まりするだろうから、きっと、母(フェリス)と仲良く過ごすのだろう。
どうせなら仲良く過ごして、店には来ないことが望ましいのだが⋯
来たら来たで面倒臭いな⋯
待てよ。
領主別邸に俺を呼びつけて来る方がありえるな。
呼びつけられたら、礼服を着て行く必要があるよな。
おいおい、洗濯したシャツはあったよな?
そう言えば、サノスが洗濯屋がどうこうと言っていた気がする。
俺は急ぎ席から立ち上がり、2階の寝室に溜まった洗濯物を纏めることにした。
◆
チリンチリン
溜まった洗濯物と礼服用のシャツを入れた紙袋を持って、洗濯屋の扉を開ける。
洗濯屋の何とも言えない香りが押し寄せてくる。
この扉に着けた鐘の音は良いな。
店のよりも上品な感じだ。
そんなことを思いながら、無人のカウンターへ洗濯物が詰まった紙袋を置いたところで、洗濯屋の女将さんがカウンターへ姿を表した。
「あら、イチノスさん」
「おう、洗濯物を頼みに来た」
「随分と溜めたね(笑」
「あぁ、ちょっとバタバタしてて溜まってしまったんだ(笑」
女将さんは空の篭を取り出すと、何の遠慮もなくカウンターへ置かれた紙袋の中身を篭へと移して行く。
一枚移す毎に預り伝票へペンで記しを入れて行く。
そんな女将さんに仕上がりを確認する。
「今日お願いして、仕上がりは何時になるかな?」
「今日は木曜だろ? 仕上がりは土曜日の夕方前だね」
「それでお願いできるか? そう言えば今週は引き取りに⋯」
「そうそう、娘が『イチノスさんの店、閉まってた』って言ってたけど?」
「いやいや、こちらこそ申し訳ない。所用で店を空けてたんだ。じゃあ、仕上がりは土曜日だね?」
「あぁ、土曜の昼には届けれるよ」
「じゃあ、それでお願いします」
そうした会話をしながらも、女将さんは俺の持ってきた紙袋の中身をどんどん篭へ移し、預り証を仕上げて行く。
その仕草はまさに職人芸だ。
俺はこうした何とも言えない職人芸を眺めているのが好きだ。
いつも店へ取りに来るのは、サノスやロザンナよりも幼い少女でこの店の娘なのだが、店の作業場での様子は女将さんと同じ様には行かない。
どこか一所懸命な感じで、とにかく間違いをしないようにしている感じだ。
まあ、サノスやロザンナより幼いのだから、当たり前と言えば当たり前。
母親の女将さんの域に達するには、後10年は必要だろう。
預り証と引き換えに料金を払い、空の紙袋を片手に洗濯屋を出る。
洗濯屋を出たところで、通りの向こう側で俺を見ている、赤髪の女性を見掛けた。
八分丈のシャツにノースリーブのワンピースを合せ、見事な赤髪を後ろに広げている。
あの雰囲気は、普段着のヘルヤさんだ。
俺は道を渡り、ヘルヤさんへ声を掛ける。
「ヘルヤさん、奇遇ですね(笑」
「そ、そうだな⋯」
ヘルヤさんを見れば、俺と同じ様に手提げの紙袋を手にしている。
「ヘルヤさんも洗濯物ですか?」
「そうなんだ。宿住まいだと思うように出来なくてな⋯」
若干、ヘルヤさんの歯切れが悪い感じだ。
何かあるのだろうか?
「イチノス殿⋯」
「はい、何でしょう?」
「私は『洗濯屋』を使うのは初めてなんだ⋯」
「⋯⋯」
「礼服用のブラウスを⋯ 宿の勧めで来てみたんだが⋯」
「ここの洗濯屋はおすすめですよ。私は毎週利用しています」
俺は女性から洗濯物の話を聞き出すのは悪い気がして、洗濯屋の話へ切り替えることにした。
「そうか、イチノス殿がお勧めなら安心だな。それで⋯」
やはりヘルヤさんの歯切れが悪い。
初めての洗濯屋で戸惑ってるのか?
「洗濯屋には、どうやって頼めば⋯」
「!!」
「イチノス殿、すまんが教えて貰えないだろうか? その⋯ 洗濯屋への依頼の方法を⋯」
なるほど。
ヘルヤさんは洗濯屋を利用するのが初めてで、洗濯屋にどう頼めば良いかがわからないんだな?
「大丈夫ですよ。この洗濯屋は安心して依頼できます」
ガシッ!
ヘルヤさん、どうして俺の腕を掴むの?
「イチノス殿、先ほどイチノス殿は店から出てきたよな? すまんが紹介してくれ」
「えっ?! 紹介?」
「そうだ、イチノス殿がお勧めの洗濯屋へ私を紹介して欲しいのだ」
「はいはい、しますから⋯ まずはその手を離してください」
「あっ! いや、申し訳ない」
チリンチリン
「すいませ~ん」
ヘルヤさんを伴い、再び洗濯屋へ入り無人の受付カウンターで声を掛けると、女将さんが姿を表した。
「あれ? イチノスさん? 忘れ物?」
「いやいや、ちょっとお客さんを連れてきたんだ」
「えっ? お客さん?」
女将さんがそう言いながら、俺の横に立つヘルヤさんへ目線が行く。
「はじめて『洗濯屋』を使うそうなんだ。優しく教えてやってくれるかな?(笑」
「優しくって⋯ イチノスさん、私はいつでも優しい洗濯屋の女将よ(笑」
「そうだったな(笑」
女将さんとそこまで話したところで、ヘルヤさんが口を開いた。
「はじめまして。ヘルヤと言います」
「ヘルヤさんね。イチノスさんの紹介なら断わらないから安心して(笑」
「こ、断わる?! イチノス殿、洗濯屋は断わられることがあるのか?!」
「女将さん!」
「冗談よぉ~」
「女将さん。ヘルヤさんは、この街に住む予定なんだ。今後は上客になる可能性もある、大事にしてくれるか?」
「大事にねぇ~(ニヤニヤ」
女将さん。
その変にニヤニヤした顔は何が言いたいんだ?
「とにかく、洗濯屋を使うのが初めてのお客さんなんだ」
「はいはい。イチノスさんの大切な人だから、大事にしろってことね(ニヤニヤ」
「⋯⋯?」
女将さん、俺の話を聞いてるか?
ヘルヤさん、キョトンとした顔をしない方が良いと思うぞ。
「ヘルヤさん、洗濯を頼みたいものを女将さんに渡せば、預り証を出してくれる。洗濯の料金を払って、預り証を受け取れば依頼は終わりです」
「なるほど。そうした仕組みなのか。実は私の地元には洗濯屋と言う職業が無くて⋯」
「ウンウン。ヘルヤさん、安心してください。他の店で落とせない汚れもきっちり落としますよ」
俺の説明にヘルヤさんが自身の地元の話を交え、横から女将さんが洗濯屋としての自信を囁く。
「それで、ヘルヤさんが綺麗にしたいのは何ですか?」
「礼服に合わせたブラウスだ。宿で改めて出してみたら、少々汚れが目立つ気がしたんだ」
そう告げたヘルヤさんが手にした紙袋を受付カウンターの上へ置き、俺の方を見てきた。
そうか、俺が居てはヘルヤさんが出しにくいかも知れないな。
「さて、ヘルヤさん。私は先に店に戻ってますね」
「そ、そうだな。イチノス殿、女将さんへの依頼が終わったら、店に伺ってよいだろうか?」
「はい。お待ちしております。それでは」
そう告げて、俺は洗濯屋を後にすることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます