7-12 食後はハーブ水よりお抹茶が欲しい


 3人で食事を終えると、サノスとロザンナが二人で下げものを厨房まで運んで行った。


 二人は何やら、オリビアさんと婆さんに捕まっている感じで話し込んでいる。


 俺は大衆食堂の中を見回しながら、ギルマスとの話を振り返る。


 ギルマスが話していた、開拓団が王都から来る件や街の拡張が始まる件は、誰がどの程度まで知ってるのだろう。

 ギルマスの口調では、極一部の関係者しか知らない感じだ。


 実際にギルマスの述べていた規模で開拓団が来るとなれば、その方々が住む家屋には家庭用の『魔法円』が必要になるだろう。

 また開拓団の方々が開拓の作業中に使うであろう『魔法円』や『魔石』の需要も高まるだろう。


 東国(あずまこく)から来た使節団のダンジョウも、この街に滞在する話をしていた。

 東国(あずまこく)からの使節団の規模はわからないが、やはりこれも『魔法円』や『魔石』の需要を高めるだろう。


 そうした開拓団や使節団に向けての『魔法円』を俺の店で扱うとなったら、家庭用の『魔法円』はサノスに任せて俺は携帯用に専念したいな。


 正直に言って、家庭用の『魔法円』を描く際に『神への感謝』部分を描くのが、俺は億劫でしょうがない。

 あんなものが無くとも水は出せるし湯を沸かす『魔法円』は描けるのだ。


 だが、サノスが模写した隣街のイスチノが描いた『湯出しの魔法円』には素晴らしさを感じる。


 水出しの『神への感謝』と、湯沸かしの『神への感謝』を巧みに組み合わせ、使う人の願う温度で自在に湯を出す仕組みは秀逸と言えるだろう。


 ああした物こそが、まさしく家庭用に相応しい『魔法円』だろう。

 使い手の思うままのお湯加減が実現できるなんて、便利なことこの上ない。


 お湯の温度と言えば、昨晩読んだダンジョウから届いた本。

 『はじめての茶道』には、興味深いことが書かれていた。

 お茶の種類毎にお湯の温度が大切だと言うことが書かれていた。


 お茶の種類により使う湯の温度を変えるというのは、俺も知ってはいたが緑茶について実に詳しく書かれていた。


 なんか食後に抹茶が飲みたい気分になって来た。

 サノスとロザンナはギルドに戻るだろうから、俺は店に戻って抹茶を楽しむか?


 そんなことを考えていると、サノスとロザンナが席に戻って来た。


「師匠、食後のお茶はどうします?」


 サノス、お前は俺の考えを読めるのか?


「イチノスさん、食後に美味しい飲み物はどうですか?」


 ロザンナ、お前もサノスの仲間か?


「イチノス、1杯で鉄貨1枚。3杯なら特別に鉄貨2枚だよ」


 婆さん、お前が元締めか?


 その手にしたピッチャーに入っているのは⋯ どう見てお茶ではない。

 俺には『オオバ』を使ったハーブ水に見えるぞ。



「イチノスさん、ご馳走さまでした」

「師匠、ありがとございました」


 大衆食堂を出たところで、二人がきちんと礼を述べてきた。


 サノスとロザンナは冒険者ギルドに戻り、俺は店に戻ることにした。


 二人との別れ際、俺はサノスに念を押しておく。


「サノス、鍋はきちんと洗って返せよ(笑」

「はい。新しい鍋も手に入れたので、食堂から借りた鍋はきちんと洗って返します」


「サノスさん、聞いて良いですか?」

「なに?」


 俺とサノスが話していると、ロザンナが割り込んできた。


「あの鍋って塩洗いしてないですよね?」

「塩洗い?」


 ククク。

 どうやらロザンナは亡くなった母親か、育ての祖母からポーション作りをそれなりに仕込まれているようだ。


「えぇ、昔、母さんが新しい鍋を塩洗いしていたんです」

「へぇ~ それって必ず必要なの?」


「いえ、詳しくは知らないですけど⋯」


 そこでロザンナとサノスが揃って俺を見てきた。

 その目は鍋の塩洗いが必要かどうかを、俺に話せと言っているんだな?


「サノス、ポーション鍋について知りたいなら教会長に聞いてみるのも面白いぞ。そろそろ教会長がギルドに来るはずだから、キャンディスに頼んで教会長に時間を貰いなさい」

「えっ? 「教会長にですか?」」


 おや、ロザンナも教会長に話を聞くことに驚いている。

 これは先走ってしまったか?


「ロザンナ、ポーション作りについて教会長に話を聞くのは⋯ その⋯ 問題無いのか?」

「「???」」


 二人が揃って首を傾げてくる。


「ポーション作りは、教会、回復術師、魔導師の仕事なんだよ」

「えぇ~ 教会は知らなかったです」

「回復術師はわかるけど、教会もですか?」


「まぁ、教会長に話を聞いてみろ。とにかく鍋は綺麗に洗うことだ。自分の体だと思って綺麗に洗えよ(笑」

「「えぇ~」なんか「恥ずかしいです」」


 はいはい。

 セクハラじゃないから安心して鍋を洗いなさいね。


 その後、サノスとロザンナが、ギルドでの薬草の漬け込みが終わったら店に顔を出すような事を言い出した。


 だが、夕刻にはヘルヤさんに渡す『エルフの魔石』の件もあるので、これは断った。


「じゃあ、頑張れよ」

「「はい、がんばります!」」


 二人はそう返事をして、冒険者ギルドへと消えて行った。


 サノスとロザンナの二人と別れ、俺は店へと向かう。


 冒険者ギルド前の通り、大衆食堂前の通りは、相変わらず歩道にテントを張り出す店が並んでいる。


 魔道具屋の主に暴言を吐かれて、気が動転してしまったシスターが休んだ店は今日も通常営業のようだ。


 あの日と同じ様にテントを歩道に張り出し、あの日と同じ様に歩道にテーブルと椅子を置いている。


 シスター、ジュリアさん、ヘルヤさんが座っていたテーブルには若い男女が座っていた。


 その脇を通り過ぎる際に、テーブルに座る男性が立ち上がり声をかけて来た。


「イチノスさ⋯ 殿!」


 ん? 誰だ?


 若い男性の身なりに目をやれば、麻が入っていそうな白の半袖のボタンダウシャツに、黒い生地のデパードパンツを履きこなしている。

 シャツは第2ボタンまで外し、その胸元はいかにも鍛えられた感じだ。


 テーブルを挟んで向かい側に座る女性も席を立ち上がった。

 藍染の生地のワンピースを華麗に着こなし、金髪に輝く髪が印象的だ。


「イチノス殿、今日はお店はお休みなのですね」


 だめだ。この男性を思い出せない。

 俺の店に来たことがあるのか?


「ねえ、この方がイチノスさん?」

「そうだよ。聞いたことがあるだろ?『魔法円の改革者』のイチノス殿だ」


 思い出した!

 風呂屋帰りにイルデパンと共にいた若い街兵士、魔道具屋の主をとらえた時にも会話した、俺の店にハーブティーの種を買いに来てヘルヤさんの鎧に見入っていた若い街兵士だ。


 私服姿で女性と一緒だと全くわからない。

 今日は非番で休みなのか?


「あの『魔法円』を描いた?」

「そう、欲しがってたろ? イチノス殿、これから店を開けるんですか?」


 これから店を開けると言ったら、この男女に店に来られそうだ。


「いや、申し訳ありません。今日は冒険者ギルドで討伐があって、ポーション作りに追われて店を休みにしたんです。またの機会にお願いします」


「そうですよね。大変失礼しました」

「それでは、これで」


 そう告げて王国式の敬礼をすると、二人が慌てて敬礼を返してきた。


 その姿に、この二人は街兵士同士で仲良くしているんだなと知ることができた。

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