1-12 商工会ギルドと風呂屋
陽射しが落ち行き、ガス灯の灯りが目立ち始める道を進むと、風呂屋が見えてきた。
この風呂屋は、領主であるウィリアム叔父さんの発案で造られた公衆浴場だ。
石炭を燃焼して湯を沸かし、蒸気による蒸し風呂と、温かい湯に浸れる環境を領民に提供している。
公衆浴場を造るウィリアム叔父さんの構想は、このリアルデイルの街に住む市民から諸手を上げて歓迎された。
それまでの市民は、風呂の存在は貴族の贅沢として知ってはいたが、自分の住む家にまで風呂は持っていなかった。
それが安価に公衆浴場として提供されたのだ。
湯に浸した布で体を拭いていただけの習慣から解放された市民は、こぞってこの風呂屋=公衆浴場に並んだ。
そんな人気のある風呂屋=公衆浴場はリアルデイルの街に3軒ある。
最初に造られたのが東町の風呂屋で、ここは主にリアルデイルに住む一般市民な方々が利用している。
続けて西町に2軒目が造られ、冒険者ギルドに近いことから、主として冒険者ギルド会員の利用が多い。
3軒目の風呂屋は、東町と西町の風呂屋の成功に目を付けたウィリアム叔父さんと商工会ギルドが協力して造ったもので南町にある。
この3軒目は内部に贅を尽くした造りとなっており、商工会ギルドの会員限定となっている。
この商工会ギルドの会員に限定したことで、街道街(かいどうまち)として栄えていたリアルデイルは更に繁栄を加速した。
東西南北への街道を利用する商人、この街に住居を持たない商人が、南町の風呂屋を使うことを目的に、こぞってリアルデイルの商工会ギルドの会員になったのだ。
それまでこの街の商工会ギルドは大きな問題を抱えていた。
街の大きな商会が幅を利かせ、私利私欲にまみれた圧力を商工会ギルドにかけていた。
大きな商会は、領主や国に納める税金まで誤魔化すための圧力を商工会ギルドに掛けるほど腐敗し始めていた。
だが、南町に造られた風呂屋を利用するため、リアルデイルに居を構えない他の街の商人を、次々と会員にすることが出来た。
これにより、大きな商家の私利私欲から商工会ギルドは解放され、ウィリアム叔父さんはより大きな税収を得られるようになったのだ。
やはり為政者(いせいしゃ)と言うものは、こうした領民への還元と、税収拡大のための構想を計画し推し進める力量が必要なのだろう。
侯爵継承権を一時でも持っていた俺が、侯爵を叙爵していたならば侯爵領を治めることになる。
俺が侯爵領を治めたとして、ウィリアム叔父さんのような為政を実現出来ただろうか?
まず無理だろうな(笑
侯爵継承権を放棄してやっぱり正解だ!
そんなことを考えながら、俺は風呂屋へ入って行く。
風呂屋の受付で冒険者ギルドの会員証を見せ、銅貨の10分の1の鉄貨を2枚、風呂屋の利用料金として財布から支払う。
冒険者ギルドの会員証もしくは商工会ギルドの会員証があれば、この値段で風呂屋を利用できる。
会員証を持っていなかったり、忘れてしまうと更に鉄貨2枚を請求されてしまう。
会員証の有ると無しで料金が倍も違うのだ。
俺は手ぶらで来てしまったので、更に鉄貨2枚を支払い、新品の手拭いを購入した。
貸手拭いならば鉄貨1枚で借りられるが、自宅の手拭いが減っていたことを思い出し、思い切って購入することにした。
新品の手拭いと収納棚の鍵を受け取り脱衣所へ向かう。
ズラリと並んだ収納棚の前で、渡された鍵に紐で付けられた木札と同じ番号を探していると声を掛けられた。
冒険者ギルドで最初に声をかけてきた男だ。
「おう、イチノス。今日はよく会うな(笑」
「ハハハ、そうだな(笑」
男は風呂上がりの濡れ髪だ。
冒険者ギルドを出て、直ぐにここに来たのだろう。
「ワイアットには会えたのか?」
「いや、ギルドで伝令依頼を出したよ」
「カカカ、伝令依頼? それで坊主が探してたのか」
「なんだ、誰かに聞かれたのか?」
「ほら、見習の3人がいるだろ。あの一人から聞かれたんだよ」
見習い冒険者の3人?
冒険者ギルドで掲示板に貼られた依頼書を見ていた、見習い冒険者の少年少女だろう。
「俺の勘では、ワイアットは南町の風呂屋だな」
「ほぉ~ どうしてそう思うんだ?」
「勘だよカン。じゃあ先に上がるぞ」
「おう、またな」
そこまで告げて、冒険者の男は脱衣所を出ていった。
俺は渡された鍵の収納棚を見つけ、全ての衣服を脱ぎ、棚に納めて鍵をかける。
そして新品の手拭いを片手に浴場へと向かった。
◆
ふぅ~
ちょっと長湯過ぎたな。
久しぶりの風呂屋で堪能し過ぎた。
蒸し風呂を楽しみ、水風呂で体を冷まし、大きな湯船に浸かって思った。
店舗兼自宅に風呂を設置したいが、こうして大きな風呂を味わうと迷ってしまう。
母(フェリス)が住む屋敷に身を寄せていた頃は、屋敷の風呂がそれなりに広かった。
さすがに風呂屋の大きさの湯船は無かったが、風呂があることが当たり前だった。
それが店舗兼自宅に引っ越してから、風呂が無い生活が当たり前になった。
湯で濡らした手拭いで体を拭いて済ましてはいたのだが、時折、無性に風呂に入りたくなり、この風呂屋に来ていた。
仕事に追われて暫く風呂屋に来れないと、店舗兼自宅に風呂が欲しくなる。
だが、こうして風呂屋に来ると、湯船の大きさで悩んでしまう。
大きな湯船に体を浸ける楽しみは格別だ。
聞く人が聞けば贅沢な悩みだと言われそうだが、小さな湯船と手足を伸ばして入れる大きな湯船では違うものがある。
店舗兼自宅の風呂はきっぱり諦めて、もっと風呂屋に通うか?
だが、大きな風呂に入りたくなるのは仕事に追われた時で、そうした時は風呂屋に行く時間も惜しまれる。
南町の風呂屋は遅い時間まで営んでると聞くが少々距離がある。
そんなことを考えながら脱衣所で汗が引くまでの湯上がりを過ごし、次の予定を考える。
うん、やはり大衆食堂で湯上がりのエールを楽しもう。
そう決断すると、喉の乾きと空腹感が俺の着替えを加速した。
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