25-18 揺れる思惑と馬車軌道の未来


「じゃあ、リリアが知りたい『株式会社』の話をする前に、『馬車軌道』についての今の知識を確認させてくれるか?」


「『馬車軌道』ね。あれって、石炭町で掘り出した石炭を運ぶのに使ってますよね」


 俺からの問い掛けに、リリアが得意気に答えてきた。


「リリアの言う『石炭町』は、ジェイク領のことだよな?」


「そうだよ。他に『石炭町』なんてあるの?」


「リリア、王都の東のサルタン領にも『石炭町』と言う名の町があるんだよ。この王国には『石炭町』と呼ばれる場所がサルタン領とジェイク領の2ヶ所にあるんだよ」


 リリアの答えを助けるのか、ロレンツの親父さんが補ってくれた。


 ロレンツの親父さんが言うサルタン領の『石炭町』は、歴史が古く、サルタンの鉄鋼産業を支えてきた町だ。


 一方、リリアが言う『石炭町』は、隣のジェイク領にある石炭採掘を主産業とする比較的に新しい町のことだ。

 ジェイク領の石炭町は、リアルデイルから馬車で2日ほどの距離にあり、行こうと思えば行けるが、今の俺には石炭町へ行く理由がないため、これまで訪れたことはない。


 それに、ジェイク領に足を踏み入れながら、叔父さんに挨拶もせずに石炭町に行ったのが後で知れたら何を言われるか⋯

 おっと、ここは俺の都合より、リリアの知識や認識の確認を優先しよう。


「リリアは、石炭町で馬車軌道を使って石炭を運んでいるのは知ってるんだよな? その様子を詳しく教えてくれるか?」


「うん。前に父さんと一緒にジェイク領の石炭町へ行った時に、地面に鉄の棒が置かれていて、その上を石炭を積んだ馬車が走っていて、それが馬車軌道だと父さんから教わってる」


「その地面に置かれた鉄の棒を『レール』と言うんだが、その上を馬車を走らせる仕組みは知ってるんだな?」


 すると、ハンスが手を上げてきた。


「それなら、王都の市場で見たことがあります。王都の市場では、石畳に鉄の棒が埋め込まれていて、その上を荷台が走っていました。もっとも、馬車ではなく人が押していましたね。確かに、あれを使えば道の凹みや段差が無くなるので、重い積み荷でも楽に運べるんですよね」


「うんうん」


 ハンスの言葉を、ロレンツの親父さんが肯定するように頷いた。


 二人は、王都へ行った際に王都の市場で見掛けた機会もあるのだろう。

 俺も王都にいた頃に見ているから、似たような感じだな。


「はい、皆さんありがとうございます。皆さんのおっしゃるとおりです。重い積み荷でも凹みや段差を気にせず、楽に運べるのが馬車軌道を使う理由ですね」


「イチノスさん、その重い物を運べる馬車軌道を西街道に敷設するのって、どんな利点があるんですか」


 リリアが真剣な表情で尋ねて来た。


「リリアは、良い点に気がつくな」


 俺が微笑みを浮かべながら返すと、リリアは褒められたと勘違いしたのか、笑顔を見せてきた。


「でも、リリアの言う『利点』は、『誰にとっての利点』を言ってるのかな?」


「へ?」


 俺の言葉で戸惑ったのか、リリアは変な声を出して真面目な顔に戻った。


「馬車軌道が敷設されて、誰が得をするのか。それを、リリアは考えたことはあるか?」


 リリアは、少し考えている。

 きっと、言葉を選んでいるのだろう。

 そんなリリアに、俺は追い討ちをかけてみた。


「リリアの家は、サカキシルで宿屋をやってるんだよな? 馬車軌道が敷設されたら、宿屋が客で埋まるかどうかが気になるのかな?」


 リリアは深くうなずきながら答えた。


「それは確かに気になるけど、むしろ馬車軌道ができて、宿に泊まる客が減る方が心配」


 よし、リリアの抱える懸念が表に出てきたぞ。


「リリアは、なんで、そんな心配をするんだ?」


「だって、馬車軌道って、石炭みたいな重い荷物を道の荒れ具合に左右されずに運べるようになるんでしょ? それで馬車が早く走れるようになったら、サカキシルに寄らないで、真っ直ぐリアルデイルや運河口まで運べるようになったら、宿に客が来なくなることもあるんじゃないの?」


 そこまで一気に喋ったリリアは、少し寂しそうに言葉を続けた。


「だから本当に心配で⋯ でも、逆に馬車軌道が出来て西街道を使う商会が増えれば、お客さんが増えるかもしれないなとも思ってる⋯」


「イチノス、どうなんだ? 馬車軌道が西街道に敷かれたら、サカキシルを利用する商隊は少なくなるのか?」


 ロレンツの親父さんが、少し落ち込みかけたリリアを気遣うように聞いてきた。

 リリアに目を向ければ、不安げに俺を見ている。


「今の俺が考えていること、その範囲で答えても良いか?」


「「「うんうん」」」


 全員が力強く頷いた。


「但し、これは約束じゃない。フェリス様やウィリアム様の考えでもない。それに俺の約束なんてたかが知れてると思って聞いてくれ」


「「「⋯⋯」」」


「俺は馬車軌道が西街道に敷かれると、むしろサカキシルは賑わって行くと思っている」


「えっ?! イチノスさん、それって⋯」


 リリアの表情が、一気に明るくなった。


 そのまま嬉しそうな顔でリリアが口を開きかけたところを、俺は手で制して話を続けた。


「まずは、西街道に馬車軌道が敷設されたら、それを使って運ばれるのはジェイク領の石炭町で掘り出された石炭だろう」


「「「うんうん」」」


「けれども、ジェイク領からの一方通行だろうか?」


「「「???」」」


「馬車軌道で運ばれるのはジェイク領からの石炭だけだろうか? 馬車軌道という便利なものが出来るんだ。逆に、リアルデイルからジェイク領へ運ぶ荷にも使うとは思わないか?」


「あぁ⋯」

「⋯⋯」

「イチノス、それって何を言ってるんだ?」


 リリアとハンスは頷く素振りを見せるが、ロレンツの親父さんは興味深そうに問いかけてきた。


「サカキシルに氷室を建てる話があるんだろ?」


「あっ!」


 リリアが驚きの声を上げる。


「何のためにサカキシルに氷室を建てるか、考えたことがあるか?」


「ぷるぷる」


 彼女が首をふったのを確認して、俺は言葉を続けた。


「サカキシルに氷室を建てれば、ストークス領で獲れた魚とかを運ぶのに、サカキシルで氷を足すことができる。そうなれば、ジェイク領の石炭町まで運べるだろ?」


「「「うんうん」」」


「それに、ジェイク領から運ばれるのは石炭だけじゃなくて、肉類も増えるだろう」


「あぁ⋯」

「確かに⋯」

「なるほど⋯」


 3人が納得しつつも驚きの混ざった声を漏らした。

 これで3人は、3人なりの考えが湧いて来るだろう。


「馬車軌道が西街道に敷かれれば、確かにジェイク領の石炭町からリアルデイルへやって来る石炭馬車は、馬車軌道を使ったのに置き換えられて行くだろう」


「「「うんうん」」」


「だが、馬車軌道がジェイク領から石炭を運ぶなら、逆方向でリアルデイルからジェイク領へ向かう荷役も、馬車軌道を使うことは考えられないか?」


 リリアはわずかに気付きを顔に見せると、何も言わずに考え込んだ。

 そんなリリアに構わずに、俺は言葉を続けた。


「リアルデイルとジェイク領の間で、馬車軌道を使って運ばれる荷役に、食料品の肉や魚があれば、これから暑くなる夏場などは、氷室のあるサカキシルへ、氷を求めて寄るとは思わないか?」


「「「⋯⋯」」」


 皆が一斉に腕を組んで考えだし、俺達の座る長机を静寂が包んだ。


「は~い、串肉だよ~」


 婆さんが妙に明るい声で、湯気の立つ串肉を持ってきた。この席が静かすぎて、婆さんの声が変に明るく聞こえただけだろう。


 串肉を受け取り、婆さんに木札を渡したところで、婆さんが場の空気を読んだのか、空になった俺のジョッキを黙って指差した。


「そうだな、もう一杯もらえるか」


「随分と静かだね」


 言われてみれば、周囲の長机よりも明らかに静かだ。


「それが原因かい?」


 そう言って婆さんが、馬車軌道の頁が開かれた公表資料を指差している。


「まあ、そんなところだな(笑」


「この馬車軌道ってのは、ワイアットを待ち伏せしてたアンドレアが言ってた奴だろ」


 婆さんはアンドレアの話を覚えていたようだ。


「「「アンドレア?!」」」

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