11-13 後悔と恥ずかしさとこれから


 目の前では、シーラとローズマリー先生が嬉しそうな顔で再会話(さいかいばなし)に花を咲かせている。


 シーラが何度もローズマリー先生の治療回復魔法にお礼を述べ、ローズマリー先生は満面の笑みでそれを受け入れている。


 俺は二人の話を聞きながら、とても恥ずかしい気分になってきた。

 先ほど抱いた大きな後悔が、大きな恥へと変わって行く感覚だ。


 俺はもっとシーラの状態を気にするべきだった。

 ローズマリー先生ほどではないが、俺でも診察診断魔法は使えるし回復魔法を施すことはできる。


 ベンチに座りシーラへ回復魔法を掛けた時に、俺はシーラの異変に気付くべきだった。

 シーラに再会できた喜びに押され、パトリシアへの『お姉さま』という呼び名にこだわり、どうでもよい事を気にしていた自分が途轍(とてつ)もなく恥ずかしくなってきた。


 一つ間違えば、シーラという大切な学友を魔力切れで無くすところだったのだ。

 魔力切れは魔導師や治療回復術師の生死に関わる出来事だ。

 シーラのように肌の赤みが消えて白くなり、しかも髪の毛まで白くなるとは⋯


 それにしても、ここにローズマリー先生が居てくれて本当に良かった。


 俺の隣に座り、微笑ましくシーラとローズマリーを眺めるイルデパンへ問いかける。


「イルデパンさんは、シーラの体調が優れないのを知っていたのですか?」

「いえ、知りませんでした。ウィリアム様から申し使っただけです」


 叔父さんから?


「『ローズマリーなら治せるだろう』そう聞かされ、急いで部屋の確保と、シーラさんとイチノスさんに来て貰ったのです」

「ローズマリー先生を急いで呼び寄せたのですか?」


「いえ、昨夜の3人の治療でローズマリーが来ていたのでお願いしたんです」


 昨夜の3人?

 もしかして俺を襲った3人の事か?


 霧雨を沸騰させた俺の魔法。それで追った火傷(やけど)の治療でローズマリー先生が来ていたのか。

 いや、街兵士達に警棒でタコ殴りにされた治療か?


 どっちでもいい。

 とにかくローズマリー先生が居てくれて良かった。


 そう思いつつ、俺は新な恥ずかしさが沸いてきた。

 シーラにローズマリー先生がリアルデイルに居ることを伝えて驚かそうと思っていた、そんな自分の考えが恥ずかしくなってきた。


 ダメだ気持ちを切り替えよう。

 今一番優先することはシーラの治療だ。

 あの3人の治療なんかよりシーラの治療が最優先だ。


 俺は再会話(さいかいばなし)に花を咲かせる二人へ問いかける。


「ローズマリー先生、シーラの状態はどうですか?」

「心配しないで、これなら10日ぐらい治療すれば元気になるわよ」


コンコン


 そんな所へ扉がノックされる音が割り込んでくる。


「イル副長、宜しいでしょうか」

「おう、入れ」


 部屋の外からの声にイルデパンが答えると、扉が開き先程の若い街兵士が王国式の敬礼を出してきた。


「イル副長にお知らせします。ウィリアム様からの伝令であります!」


 若い街兵士の要請に応え、イルデパンが応接から立ち上がり扉へと向かった。


「ローズマリー先生、話を戻しますがシーラは大丈夫なんですね?」

「あら~ イチノスさんは、そんなにシーラが心配なの~」


 ローズマリー先生、若干ですがオリビアさんに似た目をしてますよ。


「イチノスさん、大丈夫よ。暫く通いで治療すれば、そうね⋯ 10日ぐらい治療すれば、その髪も元に戻るわよ」

「本当ですか先生!」


 シーラが嬉しそうだ。

 やはり白銀髪をシーラは気にしていたのか。


「ローズマリー ちょっといいかな?」


 イルデパンがローズマリー先生を呼んでくる。

 それに応えてローズマリー先生が応接を立ち上がり、イルデパンの方へと向かう。


 応接には俺とシーラの二人になった。

 シーラを見れば、肩を回したり、首をコキコキさせたり、腕を伸ばして軽くストレッチをするように体を動かしている。

 明らかに先程よりも体調が戻っている感じだ。


「シーラ、良かったな?」

「うん。元気になった」


 俺はシーラになんと声を掛ければ良いのだろう。

 どんな話をすれば良いのだろう。


 なぜか、ここでシーラと話すべき話題が出てこない。

 魔力切れの理由とかを聞き出せば良いのか?

 いや、そんな話をここでしてどうする。

 これは先程感じた後悔と恥に、まだまだ俺の心が引っ張られているからだろう。


 そう思った時、視界の端にローズマリー先生が戻って来るのが見えた。


「シーラ、ウィリアム様が送ってくださるそうよ」

「え、ウィリアム様が?!」


 小走りに戻ってきたローズマリー先生の言葉に、シーラが驚くような返事を返す。


 俺はシーラの言葉に反射的に部屋の入口の扉へ目をやれば、先程の若い街兵士がおらず青年騎士(アイザック)とイルデパンが立っていた。


 青年騎手(アイザック)がいるということは、ウィリアム叔父さんはまだ西町幹部駐兵署に残っているということだ。


「もしかして、ウィリアム様が待ってるんですか?」

「そうみたい。シーラ、もう動けるわよね?」


「はい。大丈夫です」

「ウィリアム様を待たせては申し訳ないわよ」


「そ、そうですね」


 シーラがすこし慌てて立ち上がる。

 その顔はさっきよりも肌色が良くなっている感じだ。

 伸びをするように背筋を伸ばし、先ほどとは違って明らかに元気になっているのがわかる。


 これならローズマリー先生の言うとおりに、暫く通いで治療すれば大丈夫だろう。


 まずは一安心だ。


「ローズマリー先生、ありがとうございました」


 立ち上がったシーラが、ローズマリー先生へ深くお辞儀して礼を述べる。


「イチノス君、またね」


 シーラは軽快な調子で俺に手を振ってくる。

 その元気そうなシーラの姿に、俺はこの先が楽しみになってきた。

 ウィリアム叔父さんから任命された、意味不明な相談役だが、シーラと共に仕事をするなら面白くなりそうだ。

 シーラがいれば、この変な役職もこなせそうな気がしてきた。


 シーラが青年騎士(アイザック)にエスコートされるように出て行き、それに続いてイルデパンも部屋から出て行いった。


 その様子を見届けたローズマリー先生が問い掛けてくる。


「イチノスさん、暫くシーラが治療で通うんだけど魔石が必要なの。お願いできるかしら?」

「はい、店には売るほどありますしシーラの治療のためです。代金など心配しないで使ってください。ウィリアム様に請求しますから(笑」


 ローズマリー先生が、一瞬、呆れたような顔から納得した顔に変わる。


「そうよね⋯ フフフ イチノスさんは⋯ ね(笑」


 ん? ん?

 ローズマリー先生の納得顔に違和感を覚える。


 何だろう?

 気にすることはないか⋯ シーラが元気になるなら魔石の一つや二つ提供しても何の問題も無いだろう。


ガチャリ


 そんなことを考えていると、イルデパンが戻ってきた。

 もう、俺に用事は無いだろう。

 そう思って応接から立ち上がり、イルデパンへ念のために声をかける。


「イルデパンさん、今日はこれで終わりですね。私は帰っても大丈夫ですね」

「いえ、イチノスさんには昨夜の話の続きがあります」


 うっ!

 それってもしかして、昨日の襲撃の件での事情聴取とか言う奴だな。


「イル、私はあなたが珈琲を淹れてくれるって言うから待ってたのよ」

「おっと、そうだった(笑」


「イチノスさん、イルの趣味に少しだけつき合って上げて(笑」

「ありがとうございます。ご馳走になります」


 まあ、珈琲の一杯をいただいてからなら事情聴取も変に長くはならないだろう。


「じゃあ、約束どおりに一杯ご馳走しよう。イチノスさんもつきあってくださいね」


 そういったイルデパンは、執務机から珈琲豆を挽く『ミル』とか言う代物を取り出した。


 何だかイルデパン夫妻の策に巻き込まれている気もするが、ロザンナの件で確認したいこともある。


 シーラも元気そうだったし、俺もこの後には予定が無い。

 イルデパン自慢の珈琲を一杯いただきながら、ロザンナの件を話すのも良いだろう。

 ローズマリー先生も居るから事情聴取も始まらないだろう。


 俺はそう考えて応接に座り直すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る