16-6 右側が開きました


 これから開かれようとする石扉の前で、ワイアットが腰の魔剣へ手を掛け、軽く腰を落として構えている。


 その目線は、今から開かれる石扉の合わせ目へ集中しているようだ。


『俺が前に立つから、イチノスはさっきと同じで、3歩ぐらい後ろに下がっていてくれるか』


 ワイアットの言うとおり、3歩後ろならば先程と同じ立ち位置なので、俺は素直に受け入れた。


 先程と違うのは、俺は伸縮式警棒を伸ばして片手に持ち、いつでも魔法を出せる準備を整えていることぐらいだ。


 アルフレッドとブライアンが、石扉に新たに作られた取っ手に手を掛けると、ワイアットへ声を掛けた。


「ワイアット「開けて良いか?」」


「おう、開けてくれ!」


「「おぅ!」」


 ワイアットが応えると、アルフレッドとブライアンが手足に魔素を纏わせ、身体強化を掛けながら石扉を引いて行く。


「「おりゃー!」」


 アルフレッドとブライアンが力を込める声と共に、観音開きの合わさりが広がって行く。


 開き行く石扉の前で、腰を落としたワイアットの全身に魔素が這って行くのが見えた。


 古代遺跡天井の明り取りの穴から差す日が、ワイアットの後ろ姿越しに石扉の向こう側の床を照らす。


 その床は、やはり古代コンクリート製のブロックが敷き詰められた床だ。


 そんな床が見えた途端にワイアットが叫んだ。


「イチノス、下がれ!」


 バシュッ!


 その声に慌てて後ろへ飛び退くと、空気を切り裂くような音と共に、目の前を魔素の流れが円を描いたのが見えた。


 何だ?!


 そう思った途端に、ワイアットの後ろ姿越しに見える石扉の向こう側が明るくなった。


 更に日が差し込んだのか?!


 いや、違う!


 この光は⋯


 魔素が魔法円を介して事象を起こす際の光、魔法円が発動する時の光に似ている?!


 バシュッ!


 そう思った途端に、再び空気を切り裂くような音がして、目の前を魔素の流れが円を描くのが見えた。


 えっ?!


 シャコン⋯


 金属同士が擦り合わさるような音が、ワイアットの腰付近から聞こえた気がする。


 俺の前には、先程までと同じ姿勢でワイアットが腰の魔剣に手を掛け、いつでも抜ける状態で構えていた。


 するとワイアットが俺へ掛けた声に気付いた二人が駆け寄る。


「どうだー ハァハァ」


 アルフレッドが息を切らしながら声を絞り出す。


「ぜぇゼェ! だだだ!」


 ブライアン噛んでるぞ(笑


 二人の声に応じたワイアットが構えを解き、開き掛けた石扉の隙間へ歩み寄る。


 その後ろ姿越しに石扉の向こう側を覗こうと試みるが、ワイアットが邪魔でよく見えない。


 それでも、あの魔法円が発動する時の光が残っていないかと目を凝らす。


 だが、それらしき光は見えない。


 俺は自分の手にした伸縮式警棒を見つめ、軽く魔素を流してみる。


 うん、きちんと魔素の流れが見えている。


 自身の目の状態を疑っていると、ワイアットが二人へ応えた。


「中は大丈夫そうだ、そのまま開けれるか?」


「おう! 開けるぞ、ブライアン!」


「わかった!」


 再びアルフレッドとブライアンが石扉の取っ手へ手を掛ける。


 ワイアットが振り返り、中の様子を改めて俺へ告げてきた。


「イチノス、中は大丈夫そうだ。だが警戒は怠るなよ(笑」


「おう」


 ワイアットの言葉に応え、改めて伸縮式警棒を握り込み、いつでも魔素が流せるようにする。


「「おりゃ~」」


 アルフレッドとブライアンが石扉を引く声を響かせた。



 アルフレッドとブライアンは、新たに見つかった石扉の右側を見事に開ききった。


 二人は直ぐに内部の探索を望んだが、ワイアットと俺から魔力切れを強く問われ、念のために水と軽食を摂りに石扉の前から離れた。


 そして俺は見たくない物⋯

 いや、これが現実なのだと『理解するしかない』物を、ワイアットの後ろ姿越しに見せられている。


 二人が石扉の右側を開く間、俺とワイアットは魔物が出てきた場合に備えて警戒を続けた。


 ワイアットは先程のように構えてはいないが、いつでも腰に着けた魔剣を抜ける体制で、開き行く石扉の前で警戒を続けた。


 俺もいつでも魔法を出せるように、伸縮式警棒に軽く魔素を纏わせ続けた。


 アルフレッドとブライアンの努力で右側半分が開き切ると、古代遺跡の天井から降り注ぐ光で、その先の闇が取り払われて行った。


 闇から解放された石扉の先は、古代コンクリート製のブロックが敷き詰められた床だ。


 その床を見た時に、俺は再び自分の目を疑いそうになった。

 あの大広間を縁取っていた、黒っぽい石と同じ様な物が若干の曲線を描いて並んでいたのだ。


 そしてその先に瓦礫のようなものが見え、その瓦礫の向こう側には、拭いきれなかった暗闇の中へと向かう穴らしきものが見えたのだ。


 あの暗闇の中へと向かう穴が、皆の言うダンジョンの入口だと俺は理解した。


 暫くすると、俺とワイアットの忠告を受け入れ、水を飲みに行った二人が戻ってきた。


「どうだ、ワイアット?」


「ワイアット、中へ入れそうか?」


「あぁ、大丈夫だろう」


 二人へ応えるワイアットだが、その目線はダンジョンの入口から離さないのか、頭が動く様子が無い。


 俺が二人へ目線を移すと、アルフレッドもブライアンも、既に片手に剣を持ち、もう一方の手には松明を手にしていた。


「二人とも、すまんがこの匂いを焼いてくれるか?」


 目線を外さないワイアットも、二人が松明を手にしているのに気付いたのか、そんなことを言ってくる。


「おう、直ぐに済ませるぞ」


 ブライアンが応え、開けられた石扉へ松明の炎を這わせて行く。


「ワイアット、前を通るぞ」


 そう言ったアルフレッドが、ワイアットの前へ回り込み、開けられていない左側の石扉の向こう側へ入って行こうとした。


 アルフレッドは何かを感じるだろうか?


 石扉の向こう側へ入ろうとするアルフレッドの足元には、俺の気になる黒っぽい石が並んでいる。

 あの黒っぽい石の並びを跨いだ時に、アルフレッドは何かを感じるだろうか?


 あの『何かを越える』感じを、アルフレッドも感じるのだろうか?


 そんなことを思いながらアルフレッドの動きを見続けるが、何の動きもなく黒っぽい石の並びを跨いだ。

 そして開けられていない左側の石扉の向こうへ姿を消して行った。


 程なくして、ブライアンがワイアットへ声を掛ける。


「一通り焼いたぞ」


「すまんな」


「この臭いのが残ってると、奴らは集まってくるからな」


 なるほど。

 ゴブリンの匂いは他のゴブリンを呼び寄せるのか。

 そうした匂いを消すには火で炙れば良いのだな。


 俺の店や、今も手にしている伸縮式警棒に入れている『ゴブリンの魔石』も、こうした匂い消しがされてるのだろう。

 そんな事を考えていると、ブライアンがワイアットへ交代を申し出た。


「ワイアット、交代するか?」


「アルフレッドが反対側を焼いてるから、それが終わったら、お願いできるか?」


「おう、任された」


 そんな会話をワイアットは頭を動かさず、暗闇の中へと向かう穴=ダンジョンの入口を見詰めながらしている。


 時折、左側の石扉の向こう側からアルフレッドの松明が、チラチラと見える。


「イチノスは?」


「ブライアン、待ってくれ」


 ブライアンが俺へ声を掛けるのを、頭を動かさないワイアットが止めてきた。


「イチノス、アルフレッドが終わるまで、もう少し我慢してくれ」


「大丈夫だ」


 視線を外さないワイアットと俺の会話を、ブライアンは黙って聞いてくれた。


 ブライアンにしてみれば、今すぐ中へ入ってお宝を探したり、ワイアットの目線の先、ダンジョンの入口を見てみたいだろう。


 ダンジョンの入口を警戒するワイアットの様子に、ブライアンは気圧されたのだろうか?

 それともワイアットのような警戒が、本来は当たり前なのだろうか?

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