16-7 我慢できない二人


 アルフレッドが、開けなかった左側の石扉にこびりついたゴブリンの臭いの焼却を無事に終えた。


 そこでダンジョン入口への警戒を、アルフレッドとブライアンの二人と交代することにした。


 それなりの時間、俺もワイアットもダンジョン入口への警戒を続けていたため、この息抜きは本当にありがたかった。


 魔物が出て来る可能性の明らかに高い場所=ダンジョン入口へ集中を続けるのは、高い緊張を強いられるため肉体的にも精神的にも疲労を感じるのだ。


 実際に、ワイアットは魔剣をいつでも抜ける姿勢でダンジョンの入口から魔物が出てこないかを見張り続け、俺もいつでも攻撃の為の魔法を放てるように伸縮式警棒に魔素を纏わせ続けたのだ。


 そうした緊張を解き、ワイアットと二人で石扉の前から離れ自分達の荷物へ向かう。

 一瞬、御茶を淹れる時間があるだろうかと迷ったが、そんな俺の迷いをワイアットが察してしまった。


「イチノス、二人が痺れを切らすから水とパンだな(笑」


「まあ、そうだな(笑」


 ワイアットの言うとおりだ。

 ここで交代した二人に、御茶を淹れてくつろいでいるのを見たら、直ぐに呼ばれてしまうだろう(笑


 パンと水出しの魔法円、それに木製のコップを取り出し、ワイアットと共に軽食を摂ることにした。


 ワイアットの手にするコップへ魔法円で水を出しながら、俺は問い掛ける。


「ワイアット、さっきのは魔剣か?」


「さっきの?」


「魔剣を抜いただろ?」


 すると、ワイアットが微妙な顔を見せてきた。

 その顔はどこか笑っているのだが、目が微妙に笑っていない。

 むしろ、俺を見定めるようにすら感じる目を向けてきた。


「イチノスは見えたのか?」


「あぁ、2回、振ったのが見えたな」


「2回とも見えるとは⋯ イチノスは剣も扱えるのか?」


 そう応えたワイアットが、木製のコップに溜まった水を一気に飲み干した。


「ワイアット。一応、俺も『魔導師』を名乗る身だぞ」


「ん?」


「これは俺の考えだが『魔導師』を名乗るなら、魔素が見えるのは当たり前だと俺は思っている」


「なるほどな⋯」


「さっき、ワイアットが振った魔剣に乗った魔素が見えたんだよ」


「まあ、魔素が見えるなら、俺があれを振ったのも見えるか⋯ イチノス、魔導師は見えるのが当たり前なのか?」


「ククク サノスも魔素は見えるみたいだぞ(笑」


 俺の言葉で、ワイアットの顔が急に緩んだ。

 ここまで見せていた、俺を見定めるようなワイアットの目が、サノスの名前を出した途端に一気に緩んだ。


「そうか! やはりサノスも見えるんだな?! そうかぁ(ニヤニヤ」


 ワイアット、こんなところで嬉しそうな顔を俺に見せるな(笑


「イチノス、サノスはどのくらい見えてるんだ?」


「まぁ、帰ったら、自分でサノスに聞いてみろ(笑」


「そうかぁ⋯ そうだよなぁ(ニヤニヤ」


 何か思うところがあるような、ニヤニヤした表情をワイアットが見せる。

 これが『親バカ』と言うやつなんだろう(笑


 ワイアットの親バカな顔を無視して、俺は話を戻して確認したい事を問い掛ける。


「ワイアットの魔剣は魔素を飛ばすのか? それとも他の何か、風魔法を起こしたりするのか?」


「イチノスは見えてるんだろ?(ムシャムシャ」


 ワイアットがパンを咀嚼しながら答えて来る。


「俺には魔素が飛んでいるらしいところまでは見えたんだが⋯」


「実はな、イチノス⋯」


 ワイアットがパンを食べるのを止め、急に真顔になって言葉を続けた。


「この魔剣を使った時に、何が起きているかまで、俺は詳しい事を知らないんだよ」


 何だそれ?

 使っている本人が知らないなんてあり得るのか?


「切りたい感じを頭に描いて、あれを『切る』と意識して、こいつに魔素を流しながら振る」


 ワイアットが腰の魔剣をポンポンと叩いた手を剣に見立て、片手に持った食べ掛けのパンへ切るような仕草をする。


「すると、思ったとおりに綺麗に切れるんだよ」


 う~ん⋯

 魔剣と言うぐらいだから、何らかの効果が有ることは理解できるが、俺としては魔素を飛ばしているかが知りたいんだが⋯


「じゃあ、魔素を飛ばしているかはわからないんだな?」


「魔素が飛んでいるかとか、どうして切れるかまで、俺も詳しくは知らない。だが、あの技を魔剣で使うと離れた場所の物も切れるんだよ」


「離れた場所の物も切れる?」


 どうやら、ワイアット自身も魔素を飛ばすかどうかまでは、わかっていないようだ。


 俺には魔素を飛ばしているように思えるんだが⋯


 ん? 切れる?


「ワイアット、さっき魔剣を抜いたのは、魔物か何かが見えたからか?」


「スライムが見えたんだよ(ムシャムシャ」


「スライムが?」


 問い掛ける俺に、ワイアットがパンを齧りながら指を2本立ててきた。

 その指の本数から、ワイアットは2体のスライムを切ったと理解した。


「イチノスは、あそこからスライムが出てきたのは、見えなかったのか?(ムシャムシャ」


「いや、見えなかったな⋯ もう一つ聞いて良いか?」


「ん?」


 何の事だと言う顔で、ワイアットが空になった木製のコップを付き出してきた。

 それに魔法円で水を出しながら、俺が見た光の件を話して行く。


「魔剣でスライムを切った時に、石扉の向こう側が光ったのは見えたか?」


「ん? 何か光ったのか?」


 どうやら、ワイアットは魔素の流れや、魔素が魔法事象を起こす時の光までは見えていないようだ。


 さて、ここであの黒っぽい石の並びの件を、ワイアットへ話すべきだろうか?

 黒っぽい石の並びを跨ぐ時に感じる『何かを越える』感覚。


 これから石扉の向こう側へ入るには、あの黒っぽい石の並びを跨ぐよな⋯


 先ほどのアルフレッドは何も感じなかったようだが、ワイアットへ黒っぽい石の話をした上で跨いで貰えば、同じ様な『何かを越える』感覚を知ってもらえるかも知れない。


 今回の調査隊の皆は、古代遺跡入口からの通路で黒っぽい石の並びを跨いだ時に、何も感じなかった気がする。


 けれども、俺がきちんと話して何かを感じた事を知らせた上で跨いで貰えば、もしかしたら、俺と同じ様に気が付いてくれるかも知れない。


 きちんと話せば、ワイアットには協力して貰えそうな気がする。

 あの黒っぽい石の並びを跨ぐ時に、何かを感じるかを確かめて貰うだけだ。

 ワイアットが何も感じないなら、俺の気のせいで済ませれる話だ。


「ワイアット、少し聞いて欲しい事があるんだ」


「ん?(ムシャムシャ」


「あの石扉の向こう側、床に黒っぽい石が並んでるのを見てるか?」


「あぁ、そんな物が床にあったな。それがどうかしたのか?」


 どうやらワイアットは黒っぽい石には気が付いているようだ。


「実はあれと同じ物を跨ぐ時に、俺は『何か』独特な物を感じるんだ」


「独特な『何か』?」


「こう⋯ 『何かを越える』ような感覚なんだ」


「う~ん⋯ 石扉の向こう側だと(ムシャムシャ)アルフレッドは既に入ってるよな?」


「入ってるな。アルフレッドが入る様子を見ていたんだが、何も感じないらしい」


「う~ん⋯」


「これから入るんだろ?」


「わかった。入る時に何を感じるか気にしとけば良いんだな?」


「あぁ、すまんが協力してくれ」


 すんなりとワイアットから協力を得られたので、ブライアンからも協力を得ようと石扉へ目をやると、アルフレッドとブライアンが見当たらない。


 いや、正確には、二人が石扉の中へ入ろうとする後ろ姿が見えた。


「イチノス、どうした?」


 ワイアットが俺の目線を追って、一瞬、困惑を顔に見せると溜め息を混ぜて口を開いた。


「はぁ~ あいつらは、そんなに待てないのか⋯」


「止めるか?」


「いや、自分達で決めたことだ。自分達でやって貰おう⋯」


「なら、俺達は御茶でも淹れて一息入れるか?(笑」


「おいおい、あいつらが魔物に襲われたら、担いで行くのは俺達だぞ?」


「ククク そうだな(笑」


「さあ、イチノスも済ませてくれ」


 そう言いつつも、俺に水を出せと言わんばかりに、ワイアットが空のコップを突き出してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る