12-7 残るはギルマスとのお話


 突然、キャンディスが休暇宣言をしてどうなるかと思ったが、タチアナの代行で無事にギルドでの用件が終わった。


 研究所の元同僚宛の手紙を出した。

 イスチノ爺さん宛の手紙と送金も終えた。

 ポーション作りの薬草の依頼も済ませた。

 サノスが描いた魔法円の売却も終わらせた。

 魔石の入札は商工会ギルドで情報収集となった。


 これで俺からの冒険者ギルドでの用件は全てが終わったと言えるだろう。


 残るはギルマスからどんな話をされるかだな。


 それにしてもタチアナの対応には感心させられる。

 急に休暇宣言をしたキャンディスの代行にギルマスから任命されたタチアナ。

 キャンディスの代行なのに、まるでキャンディスと変わらない対応だ。


 タチアナの年齢で、これだけしっかりとした商談が出来るのは、ある意味、素晴らしいことだ。


「ふぅ~」


 おや?

 今、タチアナが吐いたのは息継ぎなのか?

 それとも溜め息なのか?


「タチアナさん、疲れましたか?」

「えっ? いや、何と言いますか⋯ ほっとしました(笑」


 ほっとした?


「実は商談を一人で担当するのは、これが初めてなんです」

「そうなんですか? 随分としっかりしてますよ(笑」


「それもこれも、キャンディスさんのおかげですよ」


 そう言ってタチアナがキャンディスの残していった資料に手を置いた。


 そうしたタチアナの様子から、俺がギルドへ商談に来ることをキャンディスはしっかり見越していたと伺える。

 しかも商談が初めてだと言うタチアナに任せても、ここまで出来るようにキャンディスが事前に準備を終わらせていたということだろう。


「タチアナさん、もしかしてキャンディスさんが事前に準備をしていたんですか?」

「えぇ、昨日の夜もギルドに泊まり込んでたと思いますよ」


「えっ? キャンディスさんは徹夜明けだったんですか?」

「みたいです。私が出勤したら、この資料が準備されてたんです」


 そこまで聞いた俺は、キャンディスの働きに感心させられてしまった。


 これは俺の予想だが、キャンディスは昨日のウィリアム叔父さん主催の会合で公表された内容を、前もってギルマスから知らされていた気がする。


 それらに対応するため、冒険者ギルドでするべきことを考えて、昨夜は泊まり掛けになったんじゃないのか?

 キャンディスは、普段からこうした働き方をしているような気がするぞ。

 徹底して事前準備をして幾多の想定を重ねている気がする。

 それでも討伐依頼を出した際には天候不良の考慮が漏れていたな(笑


 いずれにせよ、ギルマスから振られた仕事に真摯に向き合い、解決策を自分で考えて行く。

 こうした姿勢は一朝一夕で成せるものではないだろう。


 ワリサダとダンジョウが王国では女性が要職に就いていると言っていたが、ここまで働ける女性が要職に就くのは当然のことだろう。


「キャンディスさんは、普段からこんな働き方をしてるんでしょうか?」

「そうみたいですよ。いつもギルドにいますし、時折、私服で机に向かっててギルマスに叱られてますね(笑」


 おいおい。

 それって、休みの日も職場に来てるからじゃないのか?


 もしかしてキャンディスは普段から、ほぼ、休み無しで働いていたから、ギルマスも休暇願いをすんなりと許可した気がしてきたぞ。


「イチノスさん、このままギルマスと話されますか?」

「そうだね、そうしようか」


「では、ギルマスの都合を伺って来ますので、少々、お待ちください」


 タチアナがそう言い残して応接室から出て行った。


 俺は空腹を感じて壁の時計に目をやれば11時を過ぎている。

 ギルマスとの話が終わったら大衆食堂で昼食にして、雑貨屋に寄って帰れば程よい時間だろう。

 どうせなら夕食も買って帰れば、今夜は夕食を求めてフラフラと出掛ける必要も無いな(笑


コンコン


 そんな事を考えていると応接室の扉がノックされた。


「どうぞぉ~」


 ガチャリ


「イチノスさん、案内します」


 応接室の扉を開き、タチアナが告げてきた。


 カバンを手に応接室を出ると廊下の先、ギルマスの執務室らしき部屋の扉から半身を出したギルマスが手招きしていた。


「イチノス殿、こっちだ。入ってくれ」


 通されたギルマスの執務室には、先程の応接室と同じデザインで4人掛けの応接と、大きめの執務机が置かれていた。


「イチノス殿、遠慮せずに座ってくれ」


 その応接に案内され、勧められるままに座ったところで、ギルマスが扉に立つタチアナへ指示を出す。


「タチアナさん。すまないが、イチノス殿に紅茶を準備してくれるかな? 」

「はい、直ぐに準備します」


 返事をしたタチアナが静かに扉を閉めて紅茶の準備に向かった。

 一方のギルマスは、応接に座したままで頭を下げてきた。


「先程は、急にサブマスに休暇をあたえて済まなかった。少々、ギルドの事情もあったのだ。どうか無礼を許して欲しい」

「いえいえ、キャンディスさんの準備とタチアナさんの見事な対応で、私の用件は済みました。安心してください」


「そうか、色々とあってね。イチノス殿の口ぶりからすると、タチアナさんから聞いたのかな?(笑」

「えぇ、それなりに聞きました。ギルマスのご苦労もそれなりに理解できます(笑」


「ククク 嬉しい言葉を言ってくれるね~(笑」


 若干、ギルマスが嬉しそうだ。


 俺としてはおべっかやゴマすりで『理解できます』と口にしたつもりは無い。

 実際に俺も弟子のサノスが、キャンディスに近い状態だと思えたのだ。


 店が休みでも魔導師の修行と称して、店に来たがるサノスとキャンディスが少し被って見えたのだ。

 そうした状態が続いたりしないように、サノスに無理が掛からないように見て行くのは、師匠である俺の役目だろう。


「私もサブマスに仕事を振りすぎているのは理解しているんだ。どうもサブマスの仕事ぶりに甘えてしまうんだよ」

「それは、ギルマスが仕事を抱えすぎるからだと思いますよ(笑」


「なら、イチノス殿に手伝って貰おう!」

「いえ、ギルド内の仕事はギルドで処理してください」


「ククク」「ハハハ」


コンコン


 ギルマスと共に笑いが出たところで、執務室の扉がノックされた。

 多分、タチアナが紅茶を持ってきたのだろう。



「いついただいてもタチアナさんが淹れてくれる紅茶は美味しいね」

「ありがとうございます」


 タチアナが淹れてくれた紅茶を口にしてギルマスが褒め言葉を並べている。

 確かにタチアナが淹れてくれる紅茶は香りが立ち微妙に美味しい。


「じゃあ、1時間ほどイチノス殿と話すから、申し訳ないが人払いを頼んでも良いかな?」

「はい、わかりました」


 返事をしたタチアナが静かに扉を閉めギルマスの執務室から出て行った。


「さて、イチノス殿。これはギルドからのお願いと考えて聞いて欲しい」


 ギルマスが少しの前置きを付けて話し始めた。

 さて、どんな『ギルドからのお願い』だろうか?


「イチノス殿に、冒険者ギルドからの指名依頼を受けて欲しいんだ」

「俺に指名依頼ですか? しかも冒険者ギルドからの?」


「明後日から三日間の指名依頼だ。どうだろう?」


 明後日?

 今日が5月24日(火)だから、明後日は5月26日(木)だよな?

 それから三日間と言うと5月26日(木)~5月28日(土)だよな?


 明日の水曜日は若い街兵士が魔法円を買いに来るのは覚えているが、その先の予定は特に入れていないな。


 新作の魔法円作りもしたいが、三日間なら大丈夫だろう。


 まあ、指名依頼の内容によるが⋯


「明後日から三日間ですね? 特に予定はありませんから、内容次第ですね。どんな指名依頼ですか?」


「古代遺跡の調査に同行して欲しいんだ」

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