3-6 兄の形見に魔素を充填して欲しい


 サノスの言葉に気がつき、女ドワーフが少し笑みを浮かべ、俺を品定めする視線を向けて奇妙な声を出す。


「ほぉー」


 人の顔を見て口にする言葉じゃないだろうと思うが、そんな事で感情を前に出しても意味がない。


「私の名が聞こえたようですが?」

「この店の主人か?」


「ええ、そうですが?」

「あなたがイチノス殿か?」


「そう言うあなたは?」

「見るからにエルフ⋯ いやハーフエルフだな?」


 俺が名前を聞いているのに、人種を問うのが返事か?

 しかも応対が癇(かん)に触る感じだ。


「あなたはドワーフのようだが?」

「よくわかったな⋯ と言いたいがハズレだ。ハーフドワーフだ」

「ど、ドワーフ? しかも女性のドワーフ?」


 サノスが驚いた声を上げる。

 俺と同じ様に、サノスはドワーフの女性を見たことがないのだろう。

 女ドワーフはサノスの言葉に反応した。


「もしかして女のドワーフは初めてか?」

「す、すいません。私は初めてです」

「⋯⋯」


 どうやらサノスと語らせた方が、喋ってくれそうだ。

 サノスも女で、このドワーフも女だ。

 女同士で話した方が、それなりに話が進むだろう。

 女ドワーフが名を口にするまで、少し放置して俺は観察することにした。


「私は前に食堂を手伝ってたんですけど、その時に何人かのドワーフさんに会ってるんです。全員が髭をはやしてたから男性ですね」

「やはり『女(おんな)』のドワーフは珍しいか?(笑」


「あっ! その⋯ 何かすいません。男とか女とか差別的な話をしてしまって」

「いやいや、気にしなくて良いよ。確かに女のドワーフは珍しいからな」


 うんうん。俺も珍しいと思う。


「やはり珍しいんですか?」

「ああ、人の多い街に出て行くのは男連中ばかりだ。女のドワーフで、しかも一人で人の多い街に出てくるのはワシぐらいだろう(笑」


 女ドワーフさん、自分のことを『ワシ』と呼ぶんですか?(笑


「一人でリアルデイルの街へ来たんですか? 私は『サノス』と言います。その⋯ お名前を聞いても良いですか?」

「おお、言ってなかったな。ヘルヤ・ホルデヘルクだ。ヘルヤと呼んでくれ」


 なるほど。

 この女ドワーフは『ヘルヤ』が名前で『ホルデヘルク』が名字か⋯ いや、違う。

 確かドワーフの場合は名字ではなく、鍛冶屋や彫金師の名前だ。


「ヘルヤ・ホルデヘルク?! し、失礼しました。名字があるとは高貴なお方なのですね。どうかご容赦ください!」


 サノスがそう叫んでペコペコ頭を下げ始めた。

 それを慌てた感じでヘルヤさんが制した。


「高貴なお方? いやいや、待っておくれよ。屋号が『ホルデヘルク』だよ。名字があるからと言って人間のように貴族じゃ無いから安心してくれよ。人間と違って私はドワーフだ。おっと、半分人間のハーフドワーフだな。ガハハハ」

「???」


 ヘルヤさんの言葉にサノスがキョトンとした顔を見せる。

 どうやらサノスは勘違いをしたようだ。


 俺のドワーフに関する記憶は正しかった。

 ドワーフは『名前・屋号』で名乗る。

 この女ドワーフ=ヘルヤ・ホルデヘルクさんは、その名乗りからして屋号が『ホルデヘルク』で名前が『ヘルヤ』さんと言うことになる。

 俺はヘルヤさんが名乗ってくれたので、改めて声をかけることにした。


「ヘルヤさん、私が店主のイチノスです。今日はどういったご用件で?」

「ハーフエルフで名がイチノス。やはりあなたが『魔石造りの名手』のイチノス殿ですね?」


 うっ!

 恥ずかしいからその名前で呼ばないで。


「イチノス殿! あなたが『魔石造りの名手』と聞いて、お願いがある」


 だから、その二つ名は恥ずかしいから止めてください。


「どういった願いでしょうか?」

「魔素を充填して欲しいのだ」


「魔素の充填? ああ『魔石』の『魔素』が空になったんですね」

「うむ、兄の形見の魔石なんだ。何とかならんだろうか?」


 『魔石』の魔素を使い切り、魔素が空になった『魔石』に魔素を充填するのは、俺のような魔道師にとっては一つの生業だ。

 ヘルヤさんの願いのように、形見の品の『魔石』に魔素の充填したり、家庭用の『魔石』への魔素の充填など、お客様の要望に合わせて魔素の充填を行うのも、街で暮らす魔道師の立派な仕事なのだ。


 だが、魔素の扱いに慣れていない魔道師(それを魔道師と呼ぶかは疑問だが)は、そうした依頼を断ることもある。


 断る理由は⋯ 出来ないからだ。

 『魔石』に魔素を充填出来ない、した事が無いからだと聞く。

 『魔石』から魔素は取り出せるが、逆の行為である『魔石』へ魔素を充填するのが出来ないらしい。

 俺も幼少の頃は出来なかったのだが、母(フェリス)の指導で魔法学校に入学する頃には、難なく『魔石』への魔素の充填は出来るようになっていた。


「イチノス。ここに殆ど魔素が残ってない『魔石』が2個あるから、どちらかの『魔石』に魔素を集められるかな?」


 そう優しく指導してくれた母(フェリス)を思い出す。

 そして『魔石』への魔素の充填に成功した俺を母(フェリス)は誉めてくれた。


「イチノス、スゴ~い。良くできました。明日は3個でも出来るかな?」


 そんな感じで、最後には10個近い『魔石』に挑まされた。

 さすがに幼い俺は最後には『魔力切れ』を起こしかけた。


「は~い、イチノス。回復したかな?明日も頑張ろうね」


 そう言っては『魔力切れ』を起こしかけてフラ付き始めた俺に、母(フェリス)は『回復魔法』を施してくれた。

 思い返してみれば、幼い俺に対してかなり乱暴な教育だったと思うな⋯


「どうだろう。お願いできるだろうか?」


 おっと、母(フェリス)との思い出に浸るよりは、まずはお客様の依頼を確認しよう。


「それなりの料金が発生します。それでも宜しければ『魔石』を拝見しますが?」


 俺がそう応えるとヘルヤさん=女ドワーフが俺から目線を外して、ちらりとサノスに目をやった。

 一瞬、何の事かと思ったが、ヘルヤさんとしては、俺以外に『魔石』を見せるのを躊躇っている感じがした。


 ヘルヤさんは、兄の形見と言っていた。

 そうした物には人それぞれの思いがある。

 魔素の充填を依頼する俺に見せるのは致し方ないが⋯ サノスに見せるのは躊躇いがあるのかも知れない。


「サノス、すまんが奥を片付けてくれるか?」

「えっ? は、はい。直ぐに片付けます」


 サノスは何かを察してくれたようで、店舗のカウンターから小走りに奥の作業場へと向かう。


「気を使わせて申し訳ない」


 俺とサノスの様子を見て、ヘルヤさんが頭を下げてきた。

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