3-7 女ドワーフは胸元から黒い石を取り出した
サノスが作業場の机の上を片付けるまで、店のカウンター越しにヘルヤさんと世間話(せけんばなし)をしてみる。
「ヘルヤさんは、鍛冶屋ですか?」
「う~ん。私自身は彫金師なんだよ。祖父が鍛冶屋で『ホルデヘルク』の称号なんだ」
「彫金師というと、今身に着けられている鎧に施している様な、彫金細工ですか? なかなか見事なものですね」
俺はヘルヤさんが身に着けている、所々に金属プレートが入っている軽装備の鎧を眺めながら、そこに施されている彫金について問い掛けてみる。
実際に、ヘルヤさんが身に着けている鎧に入っている彫金細工は、見事な出来栄えだ。
王都にいる頃に、何度か騎士の鎧を見たことがあるが、やはり彫金細工が施されていた。
国王の近衛の騎士達が纏う鎧には、誰も彼も見事な彫金細工が施されていた。
俺は特に鎧を眺める趣味は持っていなかったので、彫金細工の形や細やかさに目が行く程度だった。
今、目の前のヘルヤさんが身に付けているものに施された彫金は、王都で一度も見たことがない形で細工も細かい。
「その、肩の部分にあしらっているのは『薔薇(ばら)』ですか?」
「わかるか?」
「それにしても見事なものですね」
「おぉ、ありがとう。自信の作なんだ。褒められて嬉しいぞ」
「お世辞を抜きにして、王都の騎士にも負けぬ出来栄えです」
「ハハハ、先程もここへの道を尋ねた街兵士に言われたよ。『薔薇を施すとは随分と洒落ている。王都でも見たことが無い。さぞかし名のある彫金師だろう。何より貴女に似合っている』ってな(笑」
ヘルヤさん、それって口説かれてませんか?
街兵士さん、さりげなく彫金を褒めてるけど、さりげなく口説いてる感じがしますよ。
「いやいや、それだけの出来栄えなら鎧や彫金に興味ある人なら気になるでしょう」
「お待たせしました~」
作業場の準備ができたことを告げるサノスの言葉で、ヘルヤさんとの彫金談義は一時中断となった。
ヘルヤさんを伴って店の奥の作業場に入り、魔素を充填する『魔石』を見せて貰うことにする。
作業場の片付けられた作業机には、ハーブティーの準備までされていた。
サノスにしてはそつがない感じだ。
ヘルヤさんを、いつもサノスが座る席に案内し、俺はいつもの自分の席に座る。
サノスが『湯出しの魔法円』でハーブティーを入れてくれたのをヘルヤさんに勧めてから、サノスに声をかける。
「サノス、お使いを頼まれてくれるか?」
「はい、昨日と同じで良いですか?」
「ああ、同じで良いが追加で頼まれて欲しいんだ」
「何ですか?」
「花屋によって欲しいんだ」
「花屋? あ~ぁ。なるほど! それならハーブティーの種も着けますか?(笑」
「そんなことも花屋に頼めるのか?」
「たぶん、大丈夫です」
「じゃあ、それで頼めるか?」
「はい。じゃあ、行ってきます。ヘルヤさん、すいませんが用事を済ませてきます」
サノスがそう言ってヘルヤさんに断りを入れる。
「あぁ、気にしないで。気を付けてな」
「ありがとうございます。じゃあ行ってきます」
ヘルヤさんは明るく応え、サノスはバタバタと台所から両手鍋を持って店舗の方に向かっていった。
(コロンカラン)
店舗の出入口が閉まる音がして、サノスが店を出たのがわかる。
ヘルヤさんが、ごそごそと首に掛けた紐を手繰り始めた。
きっと紐の先に小さな袋が付いていて⋯
黒い紐の先には、漆黒の石を覆うような白銀色のペンダントトップが見えた。
ヘルヤさんは首の後ろに手を回すと、器用に三つ編みにした赤髪をくぐらせ、黒い紐を首から外してペンダントトップと共に机の上に置いてきた。
俺は慌てて席から立ち上がり、棚から空の小箱を取り出して机の上に置く。
ヘルヤさんはペンダントトップを手に取り、状態を確認するように見つめると、俺の準備した空の小箱に入れ小箱ごと俺の方に押してきた。
「充填をお願いしたい『魔石』とは、これの事だ」
「失礼して拝見します」
俺は小箱を自分の前に引き寄せ、ペンダントトップを手に取り、固まってしまった。
「こ、これって⋯」
「フフフ」
白銀色の金属はプラチナだろうか⋯
小指がギリギリで入りそうな磨き上げられた2つの輪で、漆黒の石を挟んでいる。
「見事な細工ですね。これはプラチナですか?」
「⋯⋯」
俺は漆黒の石には触れず、石を挟む金属の材質を確かめる言葉を口にする。
ヘルヤさんは何も言わずに、俺の次の言葉を待っているようだ。
「なるほど、こうした仕組みで魔石を挟み込むんですね。かなり洒落てますね」
「⋯⋯」
俺はもう少し彫金に関して踏み込んだ言葉を口にしてみるが、ヘルヤさんは黙ったままだ。
う~ん⋯ 漆黒の石について俺に語らせたいのか?
「この金属はやはりプラチナですか? プラチナは融点が高く溶かすことができないと言いますが⋯」
「フフフ」
漆黒の石について触れない俺の言葉に飽きたのか、ヘルヤさんが口角を上げた顔を見せてきた。
どうやら彫金師としての腕前を褒めても崩せないようだ。
ヘルヤさんは『魔石』についての、俺の言葉を待っているのがありありとわかる。
俺は諦めて『魔石』についての言葉を口にする。
「この『魔石』は?」
「『魔石作りの名手』と呼ばれるイチノス殿ならわかるだろ?(笑」
やはりヘルヤさんは、俺の口からペンダントトップの『魔石』について言わせるのが目的だと察した。
それでも少し抗ってみる。
「これを他の魔道師に見せましたか?」
「いや、見せていない。ここに来る前の街で魔道師の店を尋ねたんだが⋯」
他の魔道師には見せていないが、店には行ったんだな。
「その店に居るという魔道師が人間の老人の魔道師で『イスチノ』という名だったんだ(笑」
「あぁ⋯」
『イスチノ』の名前に思い当たる節がある俺は、思わず声を漏らしてしまった。
確か80歳に近い老人で、人間の魔道師だ。
俺はヘルヤさんが最初に品定めするような視線を向けてきた理由に行き着いた気がした。
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