3-8 女性の装いをジロジロ見る姿は何故か笑える


「どうだろう? イチノス殿に魔素の充填をお願いできるだろうか?」


 ヘルヤさん。

 返事に困ることを言わないで下さい。


「ヘルヤさん。気を悪くせずに聞いてください」


 俺は前置きしてヘルヤさんへ問いかける。


「これは『本当に』ヘルヤさんのお兄さんの形見ですか?」

「そうした言葉が出ると言うことは、イチノス殿は黒い石の正体がわかっていると言うことだな?」


「ヘルヤさん。先ほども言いましたが、私はハーフですがエルフですよ」


 ヘルヤさんの厳しい問いかけに、それなりの応対をしてみる。

 俺は真っ直ぐにヘルヤさんの目を見つめると、ヘルヤさんも俺を見返してきた。

 だが俺は、手元の漆黒の石が『何か』を口にしない。


「イチノス殿は、その魔石が何かがわかるのだな?」


 ヘルヤさんが俺に問う。

 それでも俺は目の前の漆黒の石について、自らは語らない。


「ヘルヤさん。何度も言いますがエルフにその答えを言わせようとするのは無駄です」

「そ、そうか⋯ そこまで言うということは、これの価値がわかっているのだな?」


「⋯⋯」


 ヘルヤさんの言葉は俺からの返事を誘うような感じだ。

 俺は何も答えず、ペンダントを小箱に入れ、少し冷めたハーブティーを口にする。


「わかった。ハーフとはいえエルフであるイチノス殿が答えたく無いのはわかった。少しこの魔石の謂れについて話を聞いてくれんか?」

「待ってください」


 ヘルヤさんが語ろうとするのを、俺は制した。

 ペンダントを入れた小箱を左手でずらすと、ヘルヤさんの目線が釣れたのがわかった。

 すかさず右手を机の裏に貼り付けた『魔法円』の魔素注入口に這わせる。

 この『魔法円』は商談の際の護身用で⋯ まあ、イロイロと机から噴き出す仕組みになっている。


「ヘルヤさん。落ち着いて聞いていただけますか?」

「なんだ?」


「『答えたく無いのはわかった』とは、どういう意味ですか?」

「あっ、いや、その⋯」


 俺は敢えて詰問するようにヘルヤさんへ問いかけた。

 実際に俺はヘルヤさんを問い詰めたい気分だ。


 俺はヘルヤさんの言葉遣いが気に入らないのかもしれない。

 ここまでの漆黒の石が何かを俺に言わせようとする、そんなヘルヤさんの姿勢が気に入らないのかもしれない。


「今日は、一旦、帰ってくれませんか?」

「えっ、いや、それは⋯」


「申し訳ありませんが、そうした品の依頼を初見では受けられません。『お互いの』ためにも今日はここまでにしましょう」

「⋯⋯」


 俺の言葉にヘルヤさんが固まる。

 そこで俺は畳み掛けた。


「ヘルヤさん、貴女はその品の重要性を理解している。もちろん私も理解しています。けれども残念ながらお互いを理解していません。そんな状況で重要な品について互いを信用して話し合いが出来ると私は思えません」

「⋯⋯」


 俺の言葉にヘルヤさんの沈黙は続いた。


(カランコロン)


 店の出入口の扉に着けた鐘が来客を告げて来た。


「ヘルヤさん、申し訳ないが今日はお帰りください」

「⋯⋯」


 そう述べてヘルヤさんに退店を促すが、ヘルヤさんからは席を立つ様子が感じられない。


(こんにちわ~)


 店舗の方から声がする。

 若い男性の声だ。


「すいませんが、他のお客様を待たせたくありません。今日はお帰りください」


 俺はそう告げて、強くヘルヤさんの退店を促す。


「⋯⋯ わかった。今日はすまなかった」


 沈黙を続けていたヘルヤさんが、退店に同意してくれた。

 ヘルヤさんは小箱の中のペンダントを掴むと、身に着けることなく席を立ち店舗の方へと歩みを進める。

 俺はヘルヤさんに続いて席を立ち、ヘルヤさんの背を追うように後に続いた。


 ヘルヤさんに続いて店舗に出ると、店内に若い街兵士が立っていた。

 若い街兵士の顔に記憶がある。

 昨夜も顔を会わせた、イルデパンと共にガス灯の下に立っていた若い街兵士だ。

 今も昨夜と同じ街兵士の制服で、軽装備を纏っているのが少し気になる。


「お勤めご苦労様です。何かありましたか?」

「いやいや、勤務を終えて帰るところです。イチノス殿にはご安心いただきたい」


 若い街兵士はそう返事をしながらも、カウンターの脇から店内に向かうヘルヤさんから目線を外さない。

 女性のドワーフが珍しいのだろうか?


 若い街兵士の視線に気づいたのか、ヘルヤさんがチラリと若い街兵士を見たが何も言わなかった。

 むしろヘルヤさんはカウンターに立つ俺に声を掛けてきた。


「イチノス殿、本日は大変に失礼な振る舞いをした。深く反省している。どうか気を静めていただきたい」

「いえ、むしろヘルヤさんの気持ちを汲めずに申し訳ありません」


「改めて仲介人を立て、ご相談に伺いたい。その際には快い返事がいただけるよう強く願う」

「お手数をお掛けします」


 そう告げて軽く会釈するとヘルヤさんが応じてくれた。


「それではここで失礼する」

「本日はありがとうございました」


 俺は作り笑顔でヘルヤさんを見送る。

 そんなヘルヤさんと俺の様子を若い街兵士が見続けている。

 いや、若い街兵士の視線はヘルヤさんに向けられ続けている。


 ヘルヤさんは若い街兵士の視線を振り切るように、店の出入口に向かった。


コロンカラン


 若い街兵士はヘルヤさんの動きがわかったのか、店の出入口の扉を自ら開けて、ヘルヤさんを案内した。

 俺は、一瞬、若い街兵士の行動に驚きそうになったが、直ぐに理解できた。

 若い街兵士は騎士学校の教えに従い、女性であるヘルヤさんをエスコートしているのだ。


 若い街兵士がヘルヤさんをエスコートする姿に驚いていると、若い街兵士はさらに俺を驚かせる行動に出た。


 店を出て行くヘルヤさんに続いて、街兵士が後を追うように店から出て行ったのだ。


「あいつは何をしに来たんだ?」


 思わず独り言を呟き、俺もカウンターから出て窓から二人の様子を伺う。

 何故かヘルヤさんと若い街兵士が、店先で立ち話をしている。

 時折、ヘルヤさんが自分の鎧を指差し、その指差す箇所を若い街兵士が覗き込むように見ている。

 どうやら、あの若い街兵士は、ヘルヤさんが纏う鎧に施された彫金細工が気になるようだ。


 そんな二人の様子を傍から見ると、若い街兵士が女性のドワーフの身体をあれこれ見ているようで、どうにも笑いが込み上げてきてしまった。

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