17-13 三通目の伝令
冒険者ギルドの2階にある会議室を出ると、ギルマスが廊下の奥にある執務室へ案内してくれた。
「イチノス殿、座ってください」
勧められるままに応接へ座ると、向かい側に座ったギルマスが、二通の封筒を応接机の上に置いてきた。
「この二通の伝令は、先ほどの説明でも見せた物だ。一通はダンジョン発見の報告会で、もう一通はイチノス殿の相談役就任式の件だ」
そう言って置かれた封筒には赤紫の封蝋が為されており、ウィリアム叔父さんの紋章が捺されている。
「さて、実はウィリアム様からの伝令は、もう一通ある」
そう言ったギルマスが、三通目の封筒を出してきた。
その三通目の封筒にも、先程の二通と同様に、赤紫の封蝋にウィリアム叔父さんの紋章が捺されていた。
「この三通目の伝令が、私とイチノス殿の仲を裂いている」
そう言いながら、ギルマスが俺に向かって三通目の封筒を突き出してきた。
これは俺に中身を見ろと言うことか?
だが、俺としては今回のダンジョン発見の報告と相談役の就任式が別れたことに、ギルマスの作為を感じていた。
その為に、素直に三通目の封筒に手を伸ばすことが出来なかった。
むしろ今日ここまで、俺へのギルマスの姿勢や口ぶりに、何とも言えない不満が湧き出してくる。
俺とギルマスは、対等の関係だと思っていたが、ギルマスは違う考えなのだろうか?
そう感じた俺は、思いきってギルマスへ問い掛けてしまった。
「私とギルマスの仲ですか?」
「ん?」
「あなたは、何を言ってるんですか?」
「えっ? いや⋯」
「ベンジャミン・ストークス殿、少し貴殿の物言いを問わせていただきたい」
「えっ?!」
俺は敢えて『ギルマス』と呼ばず『ベンジャミン・ストークス』とギルマスのフルネームを呼んだ。
それを察したのか、ギルマスが俺の問い掛けに応え真っ直ぐに俺を見ている。
「ベンジャミン殿は、ストークス子爵家の継承権を有する貴族の子弟である。だが、ウィリアム領の領主でもなければ領主の代行でもない」
「うむ⋯」
「貴殿がどう考えているかはわからないが、私は貴殿に仕える部下ではない。いわば、私とベンジャミン殿の間には、いかなる関係も存在しないはずだ」
「⋯⋯」
「ベンジャミン・ストークス殿は『仲を裂いている』と言われたが、どの様な仲を裂いているのかを問いたい」
「⋯⋯」
互いに真っ直ぐに目を合わせることになった。
俺は強い意思を込めてギルマスを見据えた。
暫くの静寂の後、目線を逸らしたのはギルマスだった。
「⋯⋯ ふぅ~」
そして、ギルマスは大きな溜め息をついてきた。
だが、俺は反応せず見据えたままで、ギルマスの返事の言葉を待った。
するとギルマスが予期せぬ言葉を口にした。
「イチノス・タハ・ケユール殿、今までの私の応対に不満があるのだな。ならば、ここで深くお詫びする」
そう告げてギルマスが頭を下げてきた。
俺は、そんなギルマスへ問い掛ける。
「ベンジャミン殿、答えて欲しい。今回のダンジョン発見の報告と、相談役の就任式を別けたのは、貴殿の提案の結果か?」
するとギルマスが即座に答えてきた。
「いや、違う。これは全てウィリアム様が決めたことで、私はそれに従っているだけだ」
「わかった」
そこで俺は気が付いた。
確かにギルマスの言うとおりだ。
よくよく考えれば、俺がウィリアム叔父さんと会うのを避けているのを、ギルマスのベンジャミン・ストークスが知っている訳がない。
俺はとんでもない勘違いをしていることに、気が付いた。
「ベンジャミン殿、私もお詫びする。今回のダンジョン発見の報告と相談役の就任式を別けたのは、貴殿の案だと思ったのだ。本当に申し訳無い」
「いやいや、誤解を招く話し方をした私にも非がある。いや、むしろ⋯」
「むしろ?」
「ウィリアム様からの、この伝令に私は振り回されているな⋯」
そう言って、先ほどの応接机に置いた三通目の伝令を指差してきた。
ここで、俺は三通目の伝令の内容に強い興味を抱いた。
ギルマスが振り回されたと後悔の念を口にするほどの伝令だ。
俺はその伝令を読んで、真実を知るべきだろう。
「読んでも良いだろうか?」
「あぁ、是非とも読んで欲しい」
俺は三通目の封筒から中身を取り出し開いて読もうとすると、ギルマスが言葉を添えてきた。
「むしろそこに書かれていること⋯ その伝令が届いた裏側に、イチノス殿が動かれているのかと、私は疑ってしまったのだ。本当に恥ずかしい⋯」
そんなギルマスの言葉を無視して、俺は伝令を読んで行く。
─
リアルデイル冒険者ギルド
ギルドマスター
ベンジャミン・ストークス殿へ
魔法技術支援の相談役に就任する2名の業務概要案と報酬案を至急提出するように
ウィリアム・ケユール
─
あぁ、こんな伝令をウィリアム叔父さんから受け取ったら、俺が裏で動いたとギルマスが考えるのも致し方ない。
俺がウィリアム叔父さんに書かせて送りつけてきたとか、そんな考えに至るのも理解できる。
伝令を読み終えてギルマスの顔を見れば軽く頷いている。
「ギルマス、この伝令を読む私の表情で何かがわかりましたか?(笑」
「わかったよ。イチノス殿が何もしていないことがわかって⋯ 安心したよ(笑」
「それで、どうするつもりです?」
「こればかりはイチノス殿と私の二人で話しても決められない。まずは商工会ギルドともう一人の相談役であるシーラ・メズノウア殿の4名で集まる必要があると思うんだ」
まあ、ギルマスの言うとおりだな。
俺とギルマスが二人で話しても決まることではない。
考えてみれば、魔法技術支援の相談役に就任するのは俺だけじゃないのだ。
ギルマスが言うとおりに、シーラも相談役に就くのだ。
シーラ、ごめん。
俺はすっかりシーラの事を忘れていたよ⋯
「既にギルマスは素案を準備してるんですか?」
「すまん、何もないんだ」
おいおい。
「それって、ギルマスは私とシーラはタダ働きで考えてたんですか?」
「いや、そんなことは無いぞ。きちんとお二人の報酬や条件を詰める必要があると、頭を捻っていたところなんだ」
随分といい加減な返事に感じるな。
これはウィリアム叔父さんが伝令を出した理由を察しそうになるぞ。
さて、ここでギルマスを問い詰めても何も進展しない。
むしろ釘を刺す良い機会かもしれない。
ギルマスは、事あるごとに何の見返りもなく仕事を振ろうとする。
その事も含めて、今後を見据えて釘を刺しておくべきだろう。
「ギルマス、一つ言っておきます」
「な、なんだ?」
「私とシーラが相談役に就いたとしても、それはギルマスの部下になると言うことではありませんよ」
「そ、それは十分に心得ておこう」
「もしもそうした傾向が見えたならば、私とシーラは、即刻、相談役を辞任するでしょう」
「わかった。十分に注意する」
「ククク 私とシーラが揃って相談役を辞任したら、この伝令以上に面倒な事になりますよ」
「う、うむ。心得ておく」
まあ、このぐらいで今回は勘弁してやろう(笑
さて、三通目の伝令へ意識を戻そう。
この伝令の記述からするに、ウィリアム叔父さんは予算関係で頭を捻っている感じがする。
もしかしたら、側近の文官達に予算の事で迫られている可能性もあるな。
いや、もしかしたら俺がギルマスへ指摘したことを、ウィリアム叔父さんは気にしているのかも知れない。
ベンジャミンに任せたであろう組織作りや、その組織の運営をベンジャミンに任せ続けて問題ないかどうか、そうした事を気にしているのかも知れない。
気にしている⋯
待てよ。
いや、あり得ないと思うが⋯
もしかしたら、俺を心配してこんな伝令を出していないか?
いや、そこまで考えたら切りがないな。
何れにせよ、決まっていないことを決めるようにウィリアム叔父さんが求めているのは理解できる。
「ウィリアム様は、今回の公表を実行する組織作り、私やシーラを含めた組織の運営や運用に要する費用が知りたいのかも知れませんね」
「うむ、確かにそうだな⋯」
あっ!
この三通目の伝令って⋯
商工会ギルドのアキナヒも受け取っているんじゃないのか?!
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