25-16 種族の共存と王都の影

 

「イチノス、いま、幾多の『人種(じんしゅ)』と言ったが、それはお前さんのようなエルフや、ヘルヤさんのようなドワーフのことを言ってるのかい?」


 目の前にいる婆さんが、王都に関する感想めいた周囲の声を制するように、一瞬の間を置いてから、鋭い言葉を口にする。


 その視線は、既にヴァスコやアベルから聞いていた話を裏付けるように、深い洞察を示していた。


 俺の発した『人種』という言葉に即座に反応したのは、その背景を婆さんは既に理解していたからだろう。


「そうですね、王都は『人種』も多いのは知ってますよね?」


 俺は婆さんの眼差しに冷静に応じながら、少し意図を含ませて答えた。


 目の前の婆さんを見つめると、婆さんはゆっくりと頷いた。


 すると、俺の隣へ座ったロレンツの親父さんが割り込んできた。


「おう、確かに王都はドワーフもいるし、獣人も見掛けたことがあるぞ」


 ロレンツの親父さんの声は、場を和ませるように響く。


 俺はその言葉を借りて、周囲の皆へ告げて行った。


「最近、俺のようなエルフだけじゃなく、ドワーフや獣人をリアルデイルの街で見掛けたことがある人もいますよね?」


 俺の言葉が響き渡ると、周囲の人々が反応し、同意の声が聞こえてきた。

 

(ドワーフなら、ついこの間も来てたよな?)

(そうだ、俺も見たぞ)

(獣人は⋯)


「それって、ヘルヤさんとお仲間のことだろ?」


 婆さんの追いかける言葉で、俺は瞬時に理解した。


 やはりあの時、この大衆食堂で見かけたのは、ヘルヤさんのお仲間だったんだと確信した。


 だが、獣人に関わる言葉が乏しいな。


 どうやら、カミラさんとレオナさんの二人は、それほどリアルデイルの街中を歩き回ってはいないようだ。


 そんなことを思いながら、皆を手で制し、仕切り直すように話を続けた。


「さて、ドワーフについては、ヘルヤさんと飲み比べをして仲良くなられた方もいらっしゃるようですから、皆さんもご存じですよね?(笑」


(お、おう⋯)

(ハハハ⋯)

(ククク⋯)


 それとなく、ヘルヤさんと飲み比べをして潰れていた連中に向けて声をかければ、笑い声が聞こえ、肘で小突き合いが始まる。

 そして、婆さんと目が合った奴らは、バツが悪そうに顔を背けた。


「半分エルフの俺が目の前にいますから、エルフについてはご存じの方も多いと思います(笑」


(ハハハ、そうだな(笑)

(そうだ、そのとおりだ(笑)


 笑いのこもった周囲の反応を確認しつつ、俺は言葉を続けた。


「そもそも、エルフという人種は人間と共に暮らすことが少ないんです。そんなエルフの中には変わり者の女エルフもいると思ってください(笑」


(おいおい)

(それってフェリス様のことか?)

(変わり者はイチノスだろ(笑)

(ガハハハ)


 俺は周囲の反応に微笑みながら、話を続けた。


「ドワーフは度々このリアルデイルにも来ているから、皆さんも知ってますよね?」


((((うんうん))))


 周囲の全員が頷いた。


「そして王都にはドワーフだけじゃなく、獣人もいるんですよ」


(獣人?)

(あの耳がこういう奴か?)


 俺の言葉に応えるように、人垣の中の誰かが呟き、頭の上で手を動かし、獣人の耳を模している。


「獣人は主に王都の向こう側、サルタンに多いですね。他には近場で言えばストークス領に『リザードマン』がいるのを知ってますよね?」


(そうだ、リザードマンもいたな)

(いたいた、あいつら力が強いんだよ)


 人垣の中の数名の頷きを見ながら、俺は言葉を続けた。


「とにかく、そうした多種多様な人種がこの王国には住んでいます。そして王都にはそうした幾多の人種が集まっているんです。むしろこのリアルデイルの街では、そうした幾多の人種は王都より圧倒的に少ない感じです」


「イチノス、そういういろいろな人種やいろいろな人達が王都では多くなり過ぎたんだな。その増え過ぎた人達をこの街で引き受けるってことか?」


 ロレンツの親父さんは、ここまでの話をまとめるような言葉を返してきた。


「そのとおりです。王都では人種も人も増え過ぎた。それを各領主の領地で引き受ける策を考えろと、国王から宿題を出されたんでしょう」


「じゃあ、王都から来るという開拓団ってのは、そうしたいろいろな人種の集まりってことか?」


 親父さんが確かめるように問いかけてくるのに、俺は頷きながら答えた。


「人種構成で言えば、王国に住む全ての人種が混ざっている可能性が高いです。ただし、この王国は人種で言えば人間が多いのですから、開拓団がドワーフや獣人だけとは限らないでしょう」


「イチノス、それはあの魔王討伐での戦(いくさ)の影響かい」


 給仕頭の婆さんが、静かに、そして核心を突く言葉を出してきた。


 そんな彼女の目には、経験豊富な年長者の冷静な輝きが宿っている。


 俺はその言葉には何も応えず、ただ、深く考える素振りを見せるだけだ。


 俺と婆さんのやり取りから、周囲に集まっていた人々がこの場に急に現れた重い空気を感じ取り、互いに顔を見合わせた。


 婆さんの言うとおり、王国へ侵攻を始めた魔王軍を退ける戦で、俺の父であるランドルの戦死へ考えが繋がったからだろう。


 それに、王都に幾多の人種と幾多の人々が集まってしまったのは、今のこの王国が抱えている深刻な問題だ。


 そして、その原因が魔王討伐戦であるのは事実だからだ。


 あの魔王軍との戦いには、幾多の人種と幾多の人々が参加した魔王討伐合同軍を、父であるランドルが率いて挑んだ。


 魔王討伐合同軍は、王国の有している軍隊に加えて、魔王軍の進行に脅かされた隣国の軍隊、獣人府の軍隊、そしてドワーフ中央府の軍隊、さらに傭兵として南方のストークス領から参加してくれたリザードマンなど、多数の人種と多数の人々が参加していた。


 彼らは一致団結して共に戦い、結果として魔王軍を退けることに成功した。


 でも、それは多数の人種と多数の人々の犠牲、そして俺の父親であるランドルの戦死を伴って幕を下ろしたのだ。


 その後、戦場から引き上げた魔王討伐合同軍は、王都へ凱旋した。


 彼らは約束された報酬を国王から受け取り解散に至った。


 本来なら故郷や各人種の集まる府へ帰るのだろうが、以前から王都で暮らしていた同じ人種=同族を頼りに、王都に居着いた連中も少なくない。


 そうしたことから、王都の人口が急増したのは事実だし、幾多の人種が王都周辺の街へと広まったのも事実だ。


 この幾多の人種が、それまでの各人種で集まっていた府を出て、この王国、そして王都周辺の街で増えた状況は、確実に今後の王国の行く末に影響を与えるだろう。


 これは魔王討伐戦の明らかな影響であり、同時に今後の王国に課せられた課題にもなっている。


 俺は、そうした現実をヴァスコとアベルにも伝えたのだ。


 ヴァスコとアベルにした話を思い出していると、色鮮やかなベストを纏った商人が手を上げて聞いてきた。


「ロレンツさん、それにイチノスさん。王都からいろいろな人々が開拓団として来るのは分かりました。このジェイク領への西街道の整備とストークス領への南街道の整備は、開拓団が到着してからですよね?」


 そう俺へ問い掛けながらも、商人はロレンツの親父さんへ目線を送っていた。


 改めて商人の纏う色鮮やかなベストを確かめれば、先ほどまでロレンツの親父さんを捕まえていた商人だ。


 問い掛けてきた商人は、魔王軍との戦争という開拓団の背景や成立ちの話よりは、今後このリアルデイルの街へ来る開拓団の規模や到着の時期が知りたいのだろう。


 きっとロレンツの親父さんに王都などの東方の様子を問い掛けたが、確たる返事が得られなかったのだろう。


 だが、この集まりはヴァスコとアベルへ俺が何を話したかの集まりだ。


 俺はあの時、ヴァスコとアベルにはここまでの話しかしていない。

 もう少し話すつもりだったが、二人の理解力ではこの付近までが限界だったのだ。


 俺は手を上げて、問い掛けてきた商人へ答えた。


「すいませんが、それはこの集まりで話す範囲から外れてますね」


「イチノス、どういう意味だ?」


 人垣の誰かが声を上げ、それに俺は応えて行く。


「この集まりは、新人冒険者のヴァスコとアベルに俺が何を話したかを皆さんへ伝えるんですよね?(ニッコリ」


 俺は精一杯の笑顔を作り、ここ数日、散々見てきた『ニッコリ』を真似た笑顔を周囲の人垣へお披露目した。

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