25-15 人垣の中での解説

 

 俺の年齢の話題で、リリアとハンスが驚きの声を上げた。

 どうやら二人は、俺の年齢について何か勘違いをしているらしい。


 往々にして、エルフは人間種から年齢を間違えられることがあるのは、母(フェリス)からも聞かされて理解している。

 そして魔法学校時代にも、研究所時代にも経験していることだ。


 これはエルフが人間種よりも長寿であることが理由だ。

 見た目は同い年ぐらいでも、実はエルフの方が年上だろうという、人間種の意識があるのだ。


 俺は少し戸惑いながらも、要らぬ誤解を解こうと二人に向かって言葉を発した。


「リリアもハンスも、ちょっと待ってくれるか。二人とも、俺の年齢を勘違いしていないか?」


 俺がそう言うと、リリアとハンスは互いに顔を見合わせた。

 すると、その様子を眺めていた婆さんが、腕組みしたままで俺をじっと見詰めて、嗜めてきた。


「イチノス、お前さんの年齢なんかより、この間のヴァスコとアベルにした話をしてやりな。あれから若い奴らは私にまで聞いてくるんだよ」


「!!」

「?!」

「??」


 婆さんの言葉で、場の雰囲気が一気に変わった。

 俺は思わず固まり、ハンスが軽く腰を浮かし、リリアがここで出すべき言葉を考えた。


「イチノス、もう忘れたのかい? こないだヴァスコとアベルに、その資料で教えてただろ? それをハンスやリリアにも教えてやってくれないか。あの二人の話じゃ、皆が首を傾げてるんだよ」


 婆さんの言うとおりに、俺はヴァスコとアベルに公表資料の話を伝えた記憶がある。

 あの時のことを、婆さんは覚えていたんだな。


 それにしても、何でこんなことになるんだ?

 あの話を、ここでリリアとハンスにするのか?


 そう思ってリリアとハンスを見やると、二人が口を開いた。


「イチノスさん、ヴァスコとアベルに教えた話を聞かせてください」


 ハンスは、ヴァスコとアベルに捕まった口だろうから、気になるよな。


「おばさん、イチノスさんがこの資料でヴァスコとアベルに何を教えてたんですか?」


 リリア、お前も話を聞きたい奴らに仲間入りか?


 俺は二人の声を聞きながら、酔いの回り始めた頭で記憶をたどって思い出した。


 公表資料の読み方を教えたんだ。


「すまん、ちょっと用を済ませてくる」


 そう告げて、俺は長机を離れようとして周囲からの視線を感じた。


 ◆


 用を済ませて手を洗い、胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、酔い醒ましの魔法を全身へ巡らせれば酔いがすっと引いて、頭が冴えた。


 うん、念のために回復も掛けておこう。

 再び魔素を取り出し、回復魔法も全身へ巡らせる。

 しっかりとした力が体中に広がり、これで準備は万全だ。


 これでヴァスコとアベルにした話を、酔いに任せず再びハンスとリリアに話せるだろう。


 そう思いながら便所から出て、短い廊下を進み、長机の置かれたホールへ出ようとして、漏れ聞こえてくる話し声に耳が牽かれる。


(ほら、何回も言わせるんじゃないよ。イチノスの席は、きちんと空けとくんだよ)


 婆さんの声だよな?

 そう思いながら扉を開けて、強い違和感を覚えた。


 今まで、俺が着いていた長机、それに空いていた両隣の長机を囲むように、人垣ができているのだ。


 他の長机へ目をやれば、客が着いているのが見当たらない。

 いや、人垣の向こう側に酔い潰れたカールが机に突っ伏し、それを介抱するようにシンシアが隣に座っている長机があるな。


 用を済ませている間に、人が移動する音というか、気配がしていたが、この並びと人垣は何なんだ。


 そう思っていると、人垣が割れて、俺を先ほどの席へと導いてきた。


「おう、イチノス、長い小便だな。皆待ってるぞ(笑」


 それまでハンスが座っていた席を、ロレンツの親父さんが陣取って促してきた。

 席を譲ったハンスはカールの座っていた席に着いていた。


「みんなわかってるね。自分勝手な質問で、イチノスの話の腰を折るんじゃないよ。イチノスの話が終わるまで注文はお預けだよ」


 俺の席の向かい側、空いていた席には給仕頭の婆さんが座り、人垣へ注意を添えて嗜めている。


 これって何なの?

 もしかして、店にいた他の連中も、俺がヴァスコとアベルにした話を聞きたいと言うことなの?


 そう思いながらも、俺は人垣に促されて元の席へ座り、新たにエールが満たされたジョッキから一口飲んで、喉を整えてから語り始めた。


「俺がヴァスコとアベルに何を話したかだよな?」


『うんうん』と頷きながら、周囲の人垣は俺の口から出る次の言葉を待っていた。


「俺がヴァスコとアベルに話したのは、この公表資料の『造(つくり)り』だよ」


(資料のつくり?)

(何のことだ?)

(イチノスは何を言ってるんだ?)


「静かにおし! 今度口を開いたら出禁にするよ」

((((⋯⋯))))


 俺の言葉でガヤガヤとしだした皆を、婆さんが一喝して、静寂が戻った。


「まず『なぜ』この公表資料が作られたかを、ここにいる皆さんは考えたことがありますか?」


((((⋯⋯))))


 婆さんからの注意が強すぎたのか、誰も口を開かず、むしろ首を捻り、この場に似合わない静寂が支配していた。


「それってウィリアム様や周囲の文官の連中が作ったんじゃないのか」

((((うんうん))))


 彼らの疑問を払拭するように、ロレンツの親父さんが口を挟んできた。

 そして、その言葉に周囲の人垣が頷いて行く。


「さすがはロレンツの親父さんですね。おっしゃるとおりに、この公表資料はウィリアム様と仕える文官達が作った物です」


「そうだろう、そうだろう」


 ロレンツの親父さんが得意げに返してきたが、それに俺から踏み込んで返して行く。


「では、何のためにこれを作ったんでしょうか?」


「何のために?」


「はい、何のためにウィリアム様や文官達はこの公表資料を作ったんでしょう?」


「そ、それは⋯」

((((⋯⋯))))


 俺の問いに対し、ロレンツの親父さんを含めて皆が答えに窮していた。

 それでもロレンツの親父さんが口を開いた。


「いや、何のためにって⋯ 貴族や領主ってのはそういうもんで、ウィリアム様は領の発展やここにいる領民のことを考えてじゃないのか?」


((((うんうん))))


「イチノス、やはりそうなのか?」


 皆が頷いたことで、ロレンツの親父さんが後押しされたように言葉を続けた。

 俺はその言葉を肯定しながら話を続ける。


「それは当たっています。ですが、半分は国王からの宿題に応えて作ったんですよ」


「国王からの宿題?!」

((((⋯⋯))))


「ここにいる皆さんは、貴族や各領主は何年か毎に国王から宿題を課されるのをご存じですか?」


((((!!!))))


 俺の言葉に、ロレンツの親父さんを含めた人垣が目を丸くし動揺を見せてきた。


「今回は多分ですが、国王から『王都の民(たみ)を受け入れるように』とか、そんな課題というか宿題が出たんでしょう」


「王都の民(たみ)を受け入れる?」


「そうです。皆さんは今の王都には、幾多の人種と大量の人が溢れているのをご存じですか?」


(確かに、王都は人が多いな⋯)

(そうだな。王都はどこもかしこも人だらけだ⋯)


 今の王都の様子を知る連中が、思い思いに言葉を重ねてくる。


「イチノス、いま、幾多の『人種(じんしゅ)』と言ったが、それはお前さんのようなエルフや、ヘルヤさんのようなドワーフのことを言ってるのかい?」

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