13-6 調査隊の成功基準


 これで全ての建前を排除して、調査隊として集められた冒険者達の本音が聞けた気がする。


 残るは古代遺跡の探索に初めて参加する、俺の本音を皆に知らせるべきだろう。


「これで調査隊の全員の本音が聞けました。残るは俺の本音ですね」


「そうだな。火魔法で全員を焼き殺す話しは聞かされたが、イチノスが今回の調査隊や古代遺跡に何を求めているかを聞いてなかったな(笑」

「ワイアットの言うとおりだな、イチノスの思いを聞いてなかった」

「イチノス、火魔法以外で頼むぞ(笑」


 ワイアットが応えアルフレッドとブライアンが続くと、ギルマスも口を開いた。


「言われてみれば、ここまでイチノス殿が口にしたのは例え話だったね。明確にイチノス殿の考えを聞いていなかった」


「今回の調査隊を考えたギルマスから了解も得られたので、俺が調査隊へ参加する理由を話しましょう。これは建前抜きで本音の話です」


 ギルマスへの前置きを付けて述べれば、皆が俺に視線を集めて次の言葉を待ってくれた。


「俺は金銀財宝よりも、古代遺跡に求めるものがある」


「金銀財宝よりも?」

「古代遺跡に求めるもの?」

「イチノスは何が欲しいんだ?」

「⋯⋯」


「例えば、この魔法円だ。この魔法円は『神への感謝』が描かれていない。こうした魔法円が古代遺跡から得られるなら、それらを手に入れたい」


「イチノス、本当に金銀財宝がいらないのか?」

「独り占めで火魔法は出さないのか?(笑」

「「⋯⋯」」


 アルフレッドとブライアンは何かを言っているが、ワイアットとギルマスは黙している。


「俺は金銀財宝に興味は無いな。俺は知らない魔法円や新しい魔法の方が興味が湧くんだ」

「「「「⋯⋯⋯⋯」」」」


 ここで俺はギルマスへ目をやり促すように告げて行く。


「今回の調査隊を考えたギルマスから意見や条件はありませんか?」

「ここで私の出番か。確かに今回の調査隊は私の考えだな」


 そこまで答えたギルマスが椅子から立ち上がった。


「皆、落ち着いて聞いて欲しい。イチノス殿の言葉を受けて、今回の調査隊の全員に条件を付けさせてもらう」


 ギルマスの行動と言葉に全員の視線が集まる。


「私が出す条件は全員の帰還だ。誰か一人でも欠けたなら今回の指名依頼は失敗したと判断する」


 ギルマスの出した条件に皆が頷く。

 全員が無事に帰って来ない限り、冒険者ギルドは今回の指名依頼を成功と認めず報酬を出さない考えだ。


 報酬もさることながら、冒険者ギルドからの指名依頼に失敗したとなれば、冒険者としての信用は落ちるだろう。

 下手をすると、冒険者ギルドからの指名依頼は二度と受けられないかもしれない。


 これはある意味、冒険者を継続する事が困難に至る可能性を告げているのだ。


「本来、冒険者というものは自分の命は自分で守るものだ。商隊の護衛で盗賊に襲われ命を落としたとしても、それは冒険者の念頭にあるはずだ」


 ギルマスの言うとおりだ。

 商隊の護衛で盗賊に襲われ、時には数で押し切られる場面もあるだろう。

 そうした可能性も考慮して冒険者達は護衛依頼を受けるのだ。


「魔物討伐の依頼も同様だ。冒険者は、日々、魔物に負けないように鍛練を重ね、連携の取れる仲間と組んで魔物討伐へ向かっている。その際にも魔物に襲われる可能性は理解しているはずだ」


 考えてみれば討伐調査で古代遺跡へ出向いたエンリットも、そうした可能性は考慮していたはずだ。

 そして実際にオークに襲われて負傷している。

 これは冒険者が背負っている職業上の危険性があると言うことだ。


「然るに今回の指名依頼は、その目的から、魔導師であるイチノス殿を含めた調査隊の編成まで、全てを冒険者ギルドが主導している。いわば冒険者ギルドが冒険者の皆に甘えている構造だ。私はその点を失念していた」


 よし、ギルマスが俺の意見を踏んでくれたぞ。

 残るは曖昧さを排除して具体的な目標を明確にするだけだ。


「従って、全ての責任は冒険者ギルドにある。だからこそ、調査隊には私の指示に従ってもらう。従えないならば今回の調査隊の指名依頼を辞退してもらってかまわない」


「ギルマス、言い切ったな」

「「⋯!」」


 ワイアットの言葉にアルフレッドとブライアンが互いの顔を見合うが、続く言葉は出てこない。


「今回の調査隊で誰かが欠けた状態で帰還した場合、冒険者ギルドは古代遺跡への探索を全冒険者へ禁じる。これが冒険者ギルドからの条件だ」


 うんうん。かなり曖昧さが無くなってきた。もう一息だ。


「自分の為でもなくギルドの為でもなく、ワイアットが言った俺達冒険者全員の事を考えろと言うんだな」


 ギルマスの言葉に即応したのは、いつの間にか腕を組んでいたアルフレッドだった。

 隣席のブライアンも腕を組み考え始めていた。


 皆の集まる長机の上に静寂が流れる。

 聞こえるのは、ニコラスがメモ書きをする音ぐらいだ。


 そんな静寂を破ったのはアルフレッドだった。


「ギルマス、逆に約束して欲しい」

「アルフレッド殿、何かな?」


「今回の調査隊の全員が帰還したら、古代遺跡の探索を全ての冒険者へ開放する約束をして欲しい」

「おう、アルフレッド。そいつは名案だ」


 アルフレッドの提案にブライアンが腕組みをほどいて賛同してきた。


「そうだな。俺もアルフレッドの考えに賛成だ。ギルマス、約束できるか?」


 ワイアットも賛同し、冒険者からの具体的な条件として、ギルマスへ突きつけて行く。

 これで共通の目標も定まったし曖昧さも消えてきた。

 残るはギルマスの決断だ。


「わかった。今回の調査隊の全員が帰還したら、古代遺跡の探索を皆へ開放する約束をウィリアム様から取り付けよう」


 よし! ギルマスも決断した。

 残るは詳細な調整だけだろう。

 ギルマスの言葉を聞いたニコラスが、新たなメモ用紙を取り出し何かを書き始めた。


「ニコラス、直ぐにウィリアム様へ伝令を出してくれ」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 そう答えたニコラスは急いでメモ書きをしている。

 直ぐに書き終えたらしく、そのメモをギルマスへ渡した。


「うん、これで良いだろう。清書してキャンディスに見てもらってくれ」

「えっ?!」


「サブマスのキャンディスが了承したら、ウィリアム様へ伝令だな。返事は今日の夕方までに貰えるように書き添えてくれるか?」

「いや、ギルマス⋯」


「何だ? これは冒険者の為の最優先事項だよ」

「キャンディスさんは休暇中ですよ」


「えっ!」


 ギルマスの驚く声が虚しく聞こえた。



 その後、改めて確認するように調査隊の成功基準を皆で話し合った。


 まずは全員が無事に帰還すること。

 次に俺が古代遺跡を開けること。

 開けることが出来たならば、ワイアット達は古代遺跡の中を調査すること。


 この3点がすんなりと決まり、皆が期待する金銀財宝については、誰もが手を触れないことで決着した。


 最後の点については、冒険者の皆はよくぞ堪えたと思う。


 ウィリアム叔父さんからの返事は、陽が落ちる前であれば伝令が出ることになった。

 陽が落ちて伝令が出せない場合には、明日の朝、西の関で調査隊へ伝わるようにする事で決着が付いた。

 また、ウィリアム叔父さんからの返事によっては、明日の朝、西の関で調査隊が中止になることも全員が合意した。


 調査隊の会合の終わりをギルマスが告げると、アルフレッドとブライアンが席を立ち、ワイアットと二言三言交わすと階下へと降りて行く。


「えっ、それも書くんですか?」

「もちろんだよ。これが決め手になるんだよ」


「まあ、ギルマスが書けと言うなら書きますけど⋯」


 そんな感じで、ギルマスとニコラスはウィリアム叔父さんへ出す伝令の内容で意見を交わしている。


 ワイアットも席を立つかと思ったが、俺と同じ様に座ったままだ。


「ワイアットはギルマスに用があるのか?」

「イチノスは薬草の件で話すんだろ? ヴァスコとアベルの護衛の件もあるから、俺も聞いとこうと思ったんだ」


 俺とワイアットの会話にギルマスが気が付いた。


「あぁ、薬草の件か⋯ ニコラス、まずはこれを清書して直ぐにウィリアム様へ伝令を出してくれ」

「はい、急ぎ出します」


 そう告げたニコラスが席を立ち上がって階下へ降りて行った。


 俺はギルマスやワイアットと話すために、席を変えて二人の側へ座り直すことにした。

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