4-2 何事も無理矢理は良くないですね


「コツコツと描いては魔素を通す。地道な作業を積み重ねた、そんなサノスが頑張ったと言ったんだが理解できんか?」

「いえ、師匠から褒め言葉が出て驚いただけです(キッパリ」


 サノス、そこまで言うのか?

 俺は少し悲しいぞ。


「それで何が悪いんでしょうか? 師匠は『神への感謝』を口にしましたよね?」

「ああ、口にしたな」


「その『神への感謝』がこの『魔法円』だと機能していないんですか?」

「待て待て。慌てずに、まずは褒められた事に反応しろ」


「似合わないです」


 突然、サノスがブーたれた顔で変な言葉を口にしてきた。


「師匠が私を褒めるなんて似合わないです。あっ! もしかして、この『魔法円』の出来が悪いんで私を慰めてるんですか? だとしたら、そんなの要りません。悪いところを教えてください。むしろその方がいいです。指摘されれば、それを直すことも出来ます。無駄な慰めより絶対にその方が良いんです!」


 はいはい。

 朝からテンション高めで喋るな。

 それに若干うるさい。


 俺にはギルマスのように、部下を褒めるセンスが無いんだと、サノスの言葉で痛感した。

 俺は気を取り直してサノスに問い掛ける。


「いま、サノスは魔石に手を置かなかったよな? それでも魔素を取り出せるのか?」

「それは問題ないです。両手が使えるのは便利ですよね」


「右手で注いで左手で受け止めていたが、逆も出来るのか? 左手から出して右手で受け止めるんだ」

「出来ますけど⋯ 左手から出すのは、ちょっと量の調整に自信が無くて⋯ 少しだけ流す時は右手になちゃいます」


 なるほど。

 こうして聞いてみると、サノスはかなり魔素を自在に流して受け止めることが出来るとわかってきた。

 少々、俺はサノスの実力を侮っていたのかも知れない。


「もう一つ聞いてよいか? 左手で受け止めた魔素はどうしてる?」

「それはこうして右手に移動して再び流してます」


 サノスは右手で左手を指差し、その指を腕までなぞり胸から右腕に戻して行く。

 その様子から、サノスは魔素の体内循環も出来ているのがわかる。

 ここまで出来ているなら、魔導師の素質としては十分かも知れない。


「師匠、私から聞いても良いですか?」

「ん? なんだ?」


「さっき師匠は私が右手から注いだって言いましたけど、どうして右手からだってわかったんですか?」

「??」


「師匠ってもしかして魔素が見えてます?」

「ああ、見えるよ。待て、サノスも見えてるよな?」


「ええ、集中してると見えます。ボーッと光る感じで見えてますけど、かなり集中しないと⋯」


 そこまで話を聞いて、サノスは魔素が見えてるのに『魔法円』の欠陥に気が付かないのは何故だと感じた。


「『魔法円』に魔素を注ぎながらだと集中がし辛くて、全体を見ることができないんです⋯」


 あー、わかった気がする。

 『魔法円』に魔素を注ぎながらだと、それに集中してしまって『魔法円』に流れる魔素を見るのに集中できないって事だな。

 しかもサノスは魔素の体内循環も同時に行っている。

 『魔法円』への魔素注入、魔素の体内循環、そこに加えて魔素を見ることに集中する。


 これらを同時に実行することが、今のサノスには難しいと言うことか。


「サノスは、まだ複数の事に集中できない感じなんだな」

「ええ、言われてみれば⋯ そうです」


「じゃあ、俺が魔素を流すからサノスは魔素の流れを見ていろ。そうすれば、この『魔法円』の何処が悪いかが見えるだろ?」

「師匠! 素晴らしい案です。それでお願いします!」


 サノスが目を輝かせ、意気込んだ声で返事をしてきた。

 椅子に座り直して、机の上に置かれた『魔法円』を俺に向けて置き直してくる。


「じゃあ、流すぞ」

「待ってください。今、集中しますから」


 サノスが両手を胸元で重ねて目をつむり、祈るような仕草をする。


「すぅ~はぁ~ はい!」


 深呼吸に続けて掛け声を発し、カッと目を見開いた。

 見たことがないサノスの顔に驚いたが、俺は平静を装って『魔法円』の魔素注入口から魔素を流した。


 やはり『魔法円』の『神への感謝』が反応していないのがわかる。

 魔素注入口の脇にある『神への感謝』に魔素が流れはするが、そこで魔素が拡散して行くのがわかる。


「あっ! ここで消えてく感じがする⋯」


 そう言って、サノスが『神への感謝』の部分を指差してきた。

 俺はサノスの指が視界に入ったところで、魔素の注入を止めた。


「師匠! ここで魔素が消えて行きました!」


 サノスの声がうるさい。

 まあ、何処が悪いか見えたなら少しは前に進めるな。

 俺は椅子に座り直して胸元に手を置き、念のために自分自身に『回復魔法』をかける。


 サノスは『魔法円』の向きを直すと、棚からお手本の『魔法円』を取り出して並べて置いた。

 『神への感謝』部分を目を凝らして見詰めると、自分の描いている『魔法円』に何かを見つけたのか両手の指を添えた。


「すぅ~はぁ~」


 サノスが深呼吸をして魔素を流し始めた。

 右手の人差し指から出た魔素は『魔法円』に流れるが『神への感謝』全体に拡散して消えて行ってしまい、サノスの左手には拡散して行く魔素の一部しか届いていない感じだ。


「ふんっ!」


 急にサノスが気合いを入れる声を出してきた。

 その声と共に、サノスの指から大量の魔素が『魔法円』へと流れるのがわかった。


「サノス、止めろ!」


 俺は慌ててサノスを制した。


 サノスがビクリとし、慌てて『魔法円』から指を離した。


「サノス、いま、何をしようとした」

「えっ! はい、その⋯」


「無理やり魔素を流そうとしただろ」

「は、はい⋯」


 サノスが申し訳なさそうな声を出してきた。


「魔素の通りが悪いからと無理矢理流すのか? 前にも同じことをしたんじゃないのか?」

「は、はい⋯」


「そんなやり方をしてたら『魔力切れ』を起こすのは当たり前だ」

「す、すいません⋯」


 椅子に座るサノスが縮こまって見える。

 いかん。ちょっと叱りすぎたか?

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