25-7 『記憶力(きおくりょく)』
シーラを迎える仕度をするからと告げて、俺だけ先に2階へ上がった。
2階の書斎に入ってまず最初にしたのは、母(フェリス)から預かっている『魔鉱石(まこうせき)』を入れた書斎机の引き出しに、鍵が掛かっているかどうかを確認することだった
続けて、書籍を置いていた予備の椅子から書棚へ本を移動して、シーラが座れる場所を作った。
他にシーラに見られて困る物が表に出ていない事を指差し確認してから、廊下へ出て階下へ声を掛けた。
「シーラ、良いぞぉ~」
すると、サノスとロザンナ、そしてシーラの何かを話す声が聞こえて、続いて階段を上がる音が聞こえた。
「お邪魔しま~す⋯」
書斎へ戻ってシーラを待つと、開け放った扉の向こうでシーラが申し訳なさそうな声を出した。
「片付いていないが、我慢してくれ」
俺はシーラを書斎へ迎え入れ、普段から座っている椅子と予備の椅子を選べるようにシーラへ勧めた。
それに応えて、書斎の中を見渡しながら入ってきたシーラが呟いた。
「イチノス君、私が2階に上がって良かったの?」
これは階下(した)でサノスとロザンナに何かを吹き込まれたな(笑
「確かに2階にはサノスもロザンナも入れてないな。まあ、シーラなら問題無いだろう」
シーラは無言のまま、書斎の棚に納めた本や黒っぽい石を入れた箱、それに魔法円を描く際に使う木板などを興味深そうに眺めている。
まあ、同じ魔導師の書斎だから気になるのだろう。
一通り棚を眺めたシーラの目線が落ち着いてきた。
「シーラ、気になるのか?(笑」
「ここは、イチノス君の魔導師としての工房でもあり研究室でもあるのね。ここは良い書斎だわ」
「褒めてくれてありがとう。色々と置いてるから、その付近にあるものには手を触れないで欲しいかな」
そう告げると、シーラが持ち上げようとしていた『改良型魔石光スペクトラル計測器』に掛けられた布から、慌てて手を離した。
「まあ、とにかく座ってくれるか?」
シーラが斜め掛けしていたカバンを予備の椅子に置いたので、俺はいつもの椅子へと座った。
「さて、まずは契約書からで良いよな?」
「うん、これが私に届いた契約書よ」
そう言ったシーラが膝へ移したカバンから契約書を出してきた。
それを受け取りながら、俺はギルドから預かった契約書をシーラの前に差し出した。
「俺が受け取ったのはこれだな」
「まずはお互いに受け取ったのに相違が無いことから確かめる?」
「そうだな、それから始めた方が良いだろう」
やはりシーラは勘が鋭いな。
預かった契約書を交換しただけで、最初に何をするべきかを察してくれた。
互いに預かった契約書を、一言も喋らずに黙って中身を見て行く。
チュンチュン
また外で鳥達が鳴いているな。
シーラの差し出してきた契約書と、俺が冒険者ギルドで預かった契約書、この二つに相違が無いかを洗い出すように読んでいった。
1行ごとに、昼前に記憶に納めた契約書の文言と突き合わせて行く。
結果的に、俺がギルドから持ち帰った契約書とシーラの差し出してきた契約書は同じだと判断した。
ブツブツ
シーラの契約書を読む声が聞こえる。
その読み上げる箇所は契約書の後半だ。
もう間も無く最後まで読み終えるだろう。
「ふぅ~」
最後の一文に続いてシーラの息を吐く声が聞こえた。
俺はそれまで読んでいた契約書を、そっとシーラへ差し出す。
「ありがとう」
そう告げたシーラは、2枚の契約書を並べて1行づつの比較を始めた。まあこれが普通なんだよな⋯
チュンチュン
それにしても、今日は外で鳴く鳥の声が良く聞こえるな。
「同じね」
全ての確認を終えたらしくシーラが口を開いた。
「そうだな、俺も同じだと判断した」
「それにしても、イチノス君は学校の時から変わらないわね」
「ん? 何が?」
「その『記憶力(きおくりょく)』の良さよ。もう自分の契約書は全て覚えてるんでしょ? その『記憶力(きおくりょく)』を私も欲しいわ」
シーラの指摘のとおりだ。
俺は昼前に契約書を読み込んだことで、その全般を記憶の引き出しに納めてしまったのだ。
「そうかな? シーラの『記憶力(きおくりょく)』も図抜けてるだろ。それでなければ、あれだけ良い成績は出せないだろ?」
「ううん。所詮は私の『記憶力(きおくりょく)』は普通の魔導師と同じ程度よ(笑」
「いや、そんなことは無いと思うぞ。例えばだけど、製氷業者の魔道具。あれに使われていた魔法円もシーラは覚えてるんじゃないのか?」
「それはイチノス君も同じ魔導師なんだから覚えてるでしょ? だから同じよ(笑」
シーラと交わすこの記憶力談義も、魔法学校の時から変わっていないな。
実は魔導師として必要な素養には
・魔素が扱えるか
・魔素が見えるか
この2つに加えて3番目に『記憶力(きおくりょく)』がある。
そしてこの『記憶力(きおくりょく)』が、使える魔法の種類、規模や継続性などを左右するのも事実だ。
「イチノス君は『記憶力(きおくりょく)』の話しも、サノスさんやロザンナさんにするんでしょ?」
「するんだろうな。但しこれは『魔素を見る方法』とは違うからな。それに本人の興味や努力、そして反復でも成し遂げれるからな。それでも『記憶力(きおくりょく)』が魔導師にとって大切なことだとは、教えるんだろうな」
「そうだよね、実際に魔法を行使する時にも大切なことだからね」
「サノスに魔法を教える時には、そうした流れで『記憶力(きおくりょく)』については教えるんだろうな」
「イチノス君、聞いて良い?」
「ん? なんだ?」
「相変わらず、イチノス君の『記憶力(きおくりょく)』は、魔法以外ではダメなの?(笑」
「ダメだな」
「そうなんだよね。イチノス君は、昔っから自分が興味の無いことは、まったく覚えようとしないよね(ニヤリ」
シーラ、その緑色の瞳をたたえた顔は可愛いらしいが、『ニヤリ』な口元が鬱陶しいぞ。
「もしかして、相変わらず古代語は覚える気は無いの?」
「無いな」
「わかった覚えたくなったら教えて。私がしっかりと教えて上げるから(フフフ」
「そうだなシーラに教われば完璧だろうな(ククク」
「フフフ」
「ククク」
どうしてこんな話で互いに笑い合うんだ?
まあこれで契約書の件については、問題ないことが確認できたんだ良しとしよう。
「次は商工会ギルドからの伝令の件でいいか?」
「そうだね」
(カランコロン)
シーラと次の話へ進もうとした時に、店の出入口に着けた鐘が鳴った気がした。
シーラにも聞こえたのか、契約書を入れようとカバンへやった手を止めている。
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