18-23 リアルデイルへの滞在
ムヒロエの尋ねに応じて、アルフレッドとブライアンが自分たちの名前を明かした。
その後、ムヒロエのリアルデイル訪問目的の話になった。
サルタン領を発ち、王都を越えてリアルデイルに到達した経緯を、さきほど俺に聞かせたのと同じようにムヒロエが語って行く。
そして、その旅の目的が、俺に魔石の鑑定を依頼することであることも語って行った。
ムヒロエの語りが一通り終わったところで、ブライアンが確認するようにムヒロエに問いかける。
「じゃあ、ムヒロエさんは魔石の鑑定のためだけに、サルタン領からリアルデイルへとやってきたことになるんだな?」
「そうなりますね」
「イチノスの名はそこまで知れてるんだな(笑」
「うん、さすがはイチノスだ(笑」
ブライアンが言うと、アルフレッドが俺を見ながら褒め言葉を続けた。
二人とも、俺の名前が知れていることを称えてくるが、その顔や口調には含み笑いが見える。
これは、ムヒロエの話に出てくる俺の知名度を酒の肴にしたいのだろう。
「イチノスさんの名を最初に知ったのは、サルタン領を出て王都に入った時でしたね」
「王都でか?!」
「さすがはイチノスだ(笑」
「そうなんですよ。『魔石の鑑定を依頼するなら、魔導師のイチノスに頼むのが正解だ』なんて言われたら、イチノスさんを探しますよね?」
「まあ、そうだな(笑」
「俺もイチノスから魔石を買ったからな(笑」
アルフレッドとブライアンは、微笑みを含ませながら俺を見つめた。
これを『調理される前の魚の気分』と言うんだろうか?
「じゃあ、ムヒロエさんは、イチノスの鑑定が終わるまではリアルデイルに滞在するんだな?」
ブライアンがムヒロエへ尋ねた。
「ええ、そのつもりです」
ムヒロエが答えると、アルフレッドが俺に向かって質問してきた。
「イチノス、魔石の鑑定ってのはどのくらいの時間がかかるんだ?」
どうしてアルフレッドがそんなことを気にするのだろう?
魔石の鑑定は、依頼する側の知りたいことを聞き出してから行うのが通例だ。
俺はそうしたムヒロエとの接点の中で、ムヒロエが『ラトビア語』と言ったエルフ語を話せる理由を掘り下げようと考えていた。
それを掘り下げ聞き出せる時間があれば、後は魔石の種類や魔素の残量を調べる程度で済むだろう。
ここは適当に濁した返事が正解だな。
「まあ、それなりに時間がかかるよ」
「じゃあ、ムヒロエさんはイチノスの鑑定が終わるまでどうするんだい? 他に何か予定があるのかな?」
アルフレッドが踏み込むようにムヒロエへ尋ねた。
その問いに対し、ムヒロエが俺を見つめた。
これは魔石の鑑定に要する時間次第だと言いたいのだろう。
しかし、俺はムヒロエの鑑定して欲しいという魔石の現物を見ていないし、ムヒロエの知りたいことも聞いていないので、何も答えられない。
敢えてムヒロエの目線に答えないでいると、その様子を察したのか、ムヒロエは考え込むように答えた。
「日銭を稼げる仕事を探すか、無ければブラブラでしょうか?(笑」
ムヒロエの返事に耳を傾けたアルフレッドが、ブライアンに目を向けながら何かの仕草をしながら合図を送った。
「そうか! 麦刈りか!!」
そう声を上げたブライアンがムヒロエに尋ねる。
「ムヒロエさんは、農作業はできるかい? 例えば、麦刈りとかは経験があるかな?」
「麦刈りですか? 任せてください! 前にもやってましたから」
ムヒロエは元気よく答えた。
その言葉から、ムヒロエが農家出身であることが分かった。
農家出身なら、麦刈りも経験があるだろう。
「明後日からしばらく、東の畑で麦刈りが始まるんだよ。少しでも人手が欲しいんだ。参加しないか? そんなに日当は出せないけど、手伝いで来てくれれば助かるんだ」
ブライアンの説明を聞いたムヒロエが前のめりになった。
「日当が貰えるんですか? 行きます行きます。私でも使ってくれるなら行きます」
「そうかい、それなら⋯」
「あのぉ~ 賄(まかな)い付きですか?」
話を続けようとするブライアンを遮るように、ムヒロエが『賄(まかな)い』の話を放り込んできた。
「賄(まかな)い? 飯のことだよな? それなら心配するな(笑 親父の畑だから昼飯と⋯ 晩飯付きだぞ」
「昼飯も晩飯も付いて、日当まで貰えるんですか?! それなら大助かりです!」
「ククク」「ハハハ」
ムヒロエの返事にアルフレッドとブライアンが笑い声を上げた。
これでムヒロエがこの街に居る間、ブライアンの家の畑で麦刈りを手伝うことが確定した。
そんなムヒロエに、アルフレッドが興味深い質問を投げかけた。
「ムヒロエさん、宿はもう決めたのか?」
「いえ、まだです。おすすめの宿がありますか?」
ムヒロエの答えに、ブライアンがアルフレッドと意味深な視線を交わした。
その瞬間、俺はムヒロエの宿が決まった気がした。
「ムヒロエさん、まだ宿が決まっていないなら、俺の宿屋に泊まるか?」
「そうだな。アルフレッドの宿なら、イチノスの店にも近いな」
「えっ? アルフレッドさんは宿屋のご主人なんですか?」
ムヒロエが驚きの表情を浮かべた。
「ああ、リア・ル・デイルという宿なんだ」
宿の名前を聞いた瞬間、ムヒロエが今度はアルフレッドに食い付いた。
「リア・ル・デイル?! 東の関で最初に聞いた宿です。最初に名前が出た宿ですから、それだけ評判が良い宿ですよね?」
ムヒロエの言葉にアルフレッドが嬉しそうに微笑みながら、自慢げに話を続けた。
「まあ、この街の名前を冠しているぐらいだからな(笑」
「アルフレッドさん、しばらくお世話になります!」
ムヒロエが頭を下げると、アルフレッドは嬉しそうな顔で頷いた。
そんな二人に向かって、ブライアンが声をかける。
「ムヒロエさん、しっかり働いてくれれば、アルフレッドの宿屋代ぐらいの日当は出せるぞ」
「あの、できれば風呂代も...」
「ククク、任せろ。そのぐらいは出せるから。朝飯はアルフレッドの宿屋で出るんだよな?」
「まあ、宿代に含まれてるな(笑」
「よし! これで宿、食事、風呂の心配がなくなったぞ!」
「ククク」「ハハハ」
ムヒロエが喜びに包まれた瞬間、アルフレッドとブライアンが再び笑い声を響かせた。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ
大きな音が響き渡り、長机の上にエールが満たされたジョッキが何個も並べられて行く。
ワイアットとオリビアさんが一気にエールを持ってきたのだ。
急いで席に座ったワイアットがオリビアさんへ許可を求める。
「ふうー、これで飲んで良いよな?」
「お疲れ様、飲んで良いわよ(笑」
「よ~し、飲むぞ~!」
オリビアさんの許可が出ると、ワイアットはエールジョッキを持ち上げた。
アルフレッドやブライアンも大量に置かれたエールジョッキへ手を伸ばし、俺とムヒロエもそれに続いた。
「じゃあ、改めて乾杯⋯ ん?」
ワイアットが長机に座る全員を見渡したところで動きが止まった。
「イチノスの弟さん? いや、兄さんか? いや、それだと⋯ イチノスの従兄弟か?」
「いやいや、ワイアット。それは不敬で捕まるぞ(笑」
ワイアットが俺とムヒロエを見比べて変なことを口走ると、それをアルフレッドが笑いながら嗜めた。
「王都から来たムヒロエさんだ。俺の店のお客さんだよ」
「ムヒロエです。しばらくこの街にお世話になります」
俺がムヒロエを軽く紹介すると、ワイアットが気を取り直して手にしたエールジョッキを掲げた。
「おう、じゃあ、ムヒロエさんの歓迎も兼ねて乾杯だな」
「「「おぉ~!」」」
皆がワイアットの声に合わせてエールジョッキを掲げ、一気にエールを飲み干して行く。
ゴキュゴキュ、ゴキュゴキュ、ゴキュゴキュ、ゴキュゴキュ
「「「ブハァ~」」」
全員が一斉に飲み干し、吐き出す息も揃っていた。
──
王国歴622年5月30日(月)はこれで終わりです。
申し訳ありませんが、ここで一旦、書き溜めに入ります。
書き溜めが終わり次第投稿します。
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