13-3 いつもと変わらない街並み


 俺は気持ち切り替え、まずはサノスへ問い掛ける。


「サノスの予定はどうだ?」

「さっきも言いましたけど、私は型紙の出来具合を師匠に見てもらって、問題が無ければ木板に描き始めます」


「何日ぐらいで書けそうだ?」

「型紙を使って描くのは初めてなので、少し時間がかかると思います」


「じゃあ、俺が調査隊で戻ってきてから見れば良いな?」

「はい、師匠が戻ってきたら見てください」


 その予定で大丈夫だと思っていると、次は私の番だとロザンナが俺を見てきた。


「私は型紙作りを始めます」


 ロザンナが嬉しそうな顔で告げてくる。


「薄紙はきちんと張れたのか?」

「はい、今回は大丈夫です」


「じゃあ、御茶を飲み終わったらロザンナは店を開けてくれ。サノスには洗い物をお願いしよう」

「「はい!」」


 二人の返事は清々しいまでに元気と明るさがこもっていた。



 サノスが洗い物で台所へ向かい、ロザンナは店を開けて作業場へ戻ってきた。

 直ぐに自分の棚から薄紙に包まれ四方を洗濯バサミで止めた魔法円を取り出し、作業机の上へと置いてくる。


「イチノスさん、どうですか?」


 ロザンナの差し出す薄紙に包まれた魔法円は、一目見て薄紙が張り詰めているのがわかる。

 前回と違って皺も無くかなり良い状態だ。


「これなら大丈夫だな」

「じゃあ、始めてもいいですね?」


「あぁ、頑張れよ」


 俺の返事に、ロザンナは自分のカバンからペンを取り出して型紙作りを始めた。


 そう言えばペンなどの小物を入れておく箱をロザンナに渡していない。

 俺は棚から空の小箱を出してロザンナへ声をかける。


「ロザンナ、ペンとか小物を入れておく箱が欲しいだろ。これを使ってくれるか?」

「はい、ありがとうございます」


 そう返事をしてロザンナが素直に受け取ってくれた。


 しばらくロザンナの型紙作りを眺めていると、洗い物を終えたサノスが作業場へ戻って来るなり、自分の棚から薄紙で包まれた魔法円を取り出した。

 それを作業机の上に置いたサノスは、腰に手を当ててどこか得意気な感じだ。


 俺はサノスが作業机に置いた魔法円を一目見て、その完成度に目を見張った。

 サノスが得意気になるのも頷ける。

 ほぼ完璧とも言えるほどの出来栄えなのだ。


「サノス、スゴい出来栄えだな。これなら木板に描き始めても何ら問題無いぞ」

「師匠、ありがとうございます」


 そう答えたサノスは、今まで見たこと無いほどに明るい顔をする。


「サノス、魔素転写紙の扱いは問題無いよな?」

「大丈夫です。魔道具屋の女将さんにきっちり教えて貰いました」


 まあ、サノスに一人でやらせるのも修行だな。


「わかった、まずは女将さんに教わった方法で挑んでくれ」


 俺がそう声を掛けると、サノスは鼻歌混じりに洗濯バサミを外して行く。


 こいつ、俺の話を聞いてない気がするぞ(笑

 まあ、悩んだり迷ったら自分で解決方法を考えるのも良いだろう。

 型紙がダメになったら書き直せば済む話だし、魔素転写紙がダメになったら、やはりやり直せば済むだけだ。

 やり直しは何度でも出来るんだ。

 慌てず落ち着いて考えれば、きっと解決策は見つかるはずだ。


「サノス、一度で全て成功させようとするなよ。無理をする前にやり直しも考えろよ(笑」

「は~い」


 ようやく俺の声に気がついたサノスの顔は、嬉しさが先だって俺の言葉など気にしてないようだ(笑


「じゃあ、俺は着替えて出掛けるから」


 そう言い残して俺は2階の寝室へ向かった。



 2階の寝室で着替えて作業場へ戻ると、サノスが作業机に置かれた新しい木板の前で腕を組んで悩んでいた。


 木板の脇には、魔素転写紙とサノスが書き上げた湯出しの魔法円の型紙が置かれている。

 どうやら、魔素転写紙と型紙を重ねて木板へ固定する方法で悩んでいるようだ。

 その作業をどうするかをロザンナと意見を交わしている。


「じゃあ、行ってくるな」

「行ってらっしゃ~い」

「う~ん⋯」


 ロザンナは俺に気が付いて見送る言葉をくれるが、サノスは腕を組んで悩んだままだ。

 まあ、自分で考えた方が良いな(笑


カランコロン


 店の外へ出ると、昨日と同じ二人の女性街兵士が王国式の敬礼を出してくる。

 俺もそれに王国式の敬礼で応え、労いの言葉を掛け冒険者ギルドへと足を向ける。

 もうこうした行為が日常になり始めている自分を感じる。


 昨日も歩いたこの時間の街並みは、昨日と何ら変わりがない感じだ。


 日々、自分の時間は進んで行き、冒険者ギルドの指名依頼を受けるなど変化をしている。

 けれどもリアルデイルの街には変化が無い。

 なぜかそうした様子を面白く感じている自分がまた面白く感じる。


 冒険者ギルドの前、歩道に張り出されている幾多のテント達。

 張られているテントの数も色の並びも変化を感じない。

 それでこそ一年前と変わりがない気もしてくる。

 いつもの西町のいつもの風景だ。


 唯一変化を感じるのは、交番所になる魔道具屋ぐらいだろう。

 今朝も荷車が店の前に置かれ、大工姿をした男達が魔道具屋から出入りしている。


 俺が古代遺跡の調査から戻ってきた頃には、どこまで進んでいるのだろう。


 そんなことを考えながら、俺は冒険者ギルドへと足を踏み入れた。



 冒険者ギルドの様子も昨日と同じだ。

 特設掲示板も変わらず、依頼が張られている掲示板も変わらない。

 いや、伝言が増えている感じがするが気のせいだろう。


 そんな掲示板を少し眺めていると、受付カウンターの向こうから俺の名を呼ぶ声が聞こえる。


「イチノスさん、おはようございます」

「タチアナさん、おはよう」


「ニコラス! イチノスさんが来たよ~」


 笑顔で俺を迎えてくれたタチアナが、彼女の後ろに座っていた若い男性職員へ声を掛ける。

 すると直ぐに若い男性職員が立ち上がった。


「イチノス殿、おはようございます。直ぐに案内させていただきます」


 俺を案内しようとする若い男性職員は『ニコラス』と言うんだな。

 前に聞いたことがあったが、忘れていたことはナイショにしよう。


 ニコラスの案内で冒険者ギルドの裏の研修所へ案内される。


「ニコラスさん。もう、みんな来てるのかな?」

「えぇ、揃ってますよ」


「俺が最後なのか?」

「いえ、イチノス殿は時間どおりです(笑」


 そんな会話をニコラスとしながら研修所の2階へ上がると、想定どおりのメンバーが集まっていた。


 その顔ぶれは、まずは冒険者ギルドのギルドマスターであるベンジャミン・ストークス。

 古代遺跡の証と言える魔法円を見つけたワイアット。

 そしてワイアットの仲間のアルフレッドとブライアンが座っていた。


   ギルマス  ニコラス

 ┌────────────┐

ワ│            │イ

イ│            │チ

ア│            │ノ

ッ│            │ス

ト│            │

 └────────────┘

  アルフレッド ブライアン


 ここまでは想定どおりなのだが、当然いるだろうと思っていたエンリットが見当たらない。

 確か今回の調査隊が終わったら、南町の新しく出来た店へ皆で行くとエンリットが⋯

 ワイアットがそんな話をしていたよな?


 ニコラスに勧められた空いてる席に座りながら、エンリットはケガの具合が悪いのだろうかと考えているとギルマスが口を開いた。


「ニコラス、エンリット殿は無理だったか?」

「はい。昨夜、急遽連絡が入って今回は受けれないとのことです」


「そうか⋯ 仕方がない始めよう」


 ギルマスの言葉を受けて、ニコラスが皆に1枚の紙を渡してきた。


「お渡しした紙に書かれている日程で、皆様へ古代遺跡の調査をお願いします」

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