6-24 中身の濃い一日が終わろうとしています


 冒険者ギルドを出ると、既にガス灯に明かりが点っていた。


 空腹を感じている俺は、道路向かい側の大衆食堂に目をやる。


 どうするか?

 一瞬だけ迷ったが、俺は空腹を解消する最短の方法を選び、道を渡り大衆食堂に寄ることにした。


 道を渡り終えた途端に、大衆食堂の出入口の扉が開いた。

 開かれた扉を給仕頭の婆さんが抑え、ヴァスコとアベルの二人が担架に大鍋を乗せて登場した。


「二人とも、こぼすんじゃないよ!」

「「おぉ~ まかせとけぇ~」」


 俺に気づかず、担架に乗せられた大鍋を運ぶ二人を見送り、給仕頭の婆さんに声をかける。


「婆さん、あれ、なんだい?」

「おや、イチノスじゃないか。あれはギルドの皆への夕食だよ」


「なるほど⋯」

「どうする? 席は空いてるよ。寄って行くんだろ?」


「あぁ、エールを1杯と俺にも夕食を頼む」


 そう告げて、婆さんに続いて再び大衆食堂へと俺は入っていった。


 エール1杯分と夕食分の銅貨を婆さんに渡して木札を受け取る。


「イチノスさんを ごあんな~い」


 店の奥に声を張り上げる婆さん。

 その声に応えて俺を見てくる何人かの見知った冒険者達。


 その冒険者達の中に、ワイアットと賭けをした二人が手招きしているのを見つけた。

 俺とヘルヤさんが『付き合っていない』方に賭けた二人だ。


 俺は木札を片手に、二人と同じ長机の席に座ることにした。


「イチノス、ポーションは出来たのか?」

「出来たぞ。キャンディスさんに渡してきた」


「ワイアットはどうしてる?」

「サノスを見守ってるよ」


 俺が二人に告げると、互いに顔を見合わせ、手にしたエールを一気に飲み干した。


「イチノス、すまんが用事が出来た」

「おう、俺もなんだ。イチノス、すまんな」

「わかった。明日は頑張れよ」


 俺がそう応えると、若干、急ぎ足で二人が店の外に出て行く。


ドンっ


 俺だけになった長机に婆さんがエールを置いてきた。

 婆さんに木札を渡すと、婆さんがヒソヒソ声で聞いてきた。


(イチノス、ポーションは出来たのかい?)

(ああ、出来たが?)


 思わず俺もヒソヒソ声で返してしまう。

 

 すると婆さんが腰に手を当てて店内を見渡し、響き渡る声を上げた。


「ギルドでポーションができたってよぉ~!」


 途端に、それまで周囲の長机に座っていた冒険者の連中が一斉に手にしたエールを飲み干すと、我先にと店を飛び出して行った。



 冒険者の連中が店を出て行くと、店内の客は俺一人になってしまった。


 そんな中で婆さんが運んできた夕食を一人で食べて行く。


 今日の夕食は鶏ガラと干しキノコの出汁で作られたスープだ。

 若干の塩味で整えられたスープには、ほんのりと生姜が効いて大量の刻んだオオバが乗せられている。

 ぼやけそうな塩味なのだが、生姜と大量のオオバがスープの味わいを引き締めている感じだ。

 添えられたパンを浸して食べるには向いてないが⋯


「ほら、客がイチノスだけになったろ(笑」


 周囲の長机を片付け終わった婆さんが、エプロンで手を拭きながら俺の前に座ってきた。

 婆さんに言われて再度店内を見渡せば、確かに客は俺だけになっていた。


 婆さんの声で席を立ち、店を出て行った連中は、冒険者ギルドへ向かったのだろう。

 冒険者の連中は、ギルドがポーションを提供できると表明するまで、この大衆食堂で時間を潰してくれたのだろう。


「じゃあ、俺が帰ったら店仕舞いするのか?(笑」

「そうなるね。連中は明日に備えて今日は全員が家族と過ごすだろうね」


「婆さん、討伐依頼が出されるといつもこうなのか?」

「先月の⋯ あれ? いつだ? まあ、とにかく前の討伐依頼が出た時、イチノスはどうしたんだい?」


「前の討伐依頼の時はポーション作りで追われてたから、彼らがどうしてたかは知らないんだよ」

「おや、イチノスは知らないのかい? そうだね⋯ 何年前だろうね⋯ 今回と同じで南と西の街道で大討伐の依頼が出た時には、ギルドが終了を宣言するまで連中は誰も来なかったよ」


「いやいや婆さん、俺はこの街に来て1年だよ。そんな昔の話をされても(笑」

「あれ? そうだっけ? もっと前からいると思ったよ(笑」


 婆さんとそんな話をしていると、ヴァスコとアベルが店に飛び込んできた。


「婆さん、あの鍋って明日まで借りてて大丈夫?!」

「なんだい? 鍋が必要なのかい?」


「「サノスさんが」ポーションを作るのに「必要なんだって!」」


 お前らハモリ方が微妙だぞ(笑


「ギルドで探したけど、サノスさんが言う大きさの鍋が無いんだって!」

「それで、あの鍋を使うから許可を貰って来いって言われた!」


 あぁ、サノスがポーションの原液を作る鍋まで考えていなかった。


「オリビア、鍋をギルドに貸して大丈夫かい? サノスが使うんだって」


 婆さんが厨房に声をかけると、オリビアさんがエプロンで手を拭きながら出てきた。


「鍋? 大丈夫だと思うけど⋯ サノスに伝えといて、ちゃんと洗って返すんだよって。苦いのが消えるまで洗うように言っといてね」


 ククク ポーションを漬け込んだ鍋を洗うのは大変だからな。

 きっと、サノスはギルドに持ち込んだポーションの原液を作った後で、洗い方が足りなかったんだろう(笑


「婆さん、ありがとう!」

「オリビアさん、伝えとく!」


 そう言って二人は店の外へと走って出て行った。



 大衆食堂での夕食を終えて、ガス灯に照らされた店舗兼自宅への夜道を歩いて行く。


 魔道具屋の前には今夜も街兵士が二人で立っていた。


 彼らも来月にはポーションを使うのだろうか?

 いやいや、街兵士に向けて納められたポーションの使い方は、ストークス家で考えることだな。


 それにしても、今日は中身が濃い一日だった。


 そろそろ店を休みにして、丸一日、何もしないで過ごしたいな。


 そうだな⋯ 休むなら明日が良さそうだな。

 教会から届いた初等教室の教本でも読みながら、一日をゆっくりと過ごしたいな。


 明日は⋯

 朝から裏庭の整備で3人が来るのか。

 それも昼までだよな?


 その後は⋯

 ヘルヤさんが店に来るのか⋯


 ダメじゃん。

 明日は店を休みにして、ゆっくりなんて出来ないじゃん。


 そう言えばサノスが最後に休んだのはいつだ?

 あいつは日当に釣られて、毎日来るからな(笑

 もっとも店も毎日開けていた俺が悪いのか(笑


 思い出す限り、開店してから今日まで店を休んだ記憶がないな。

 そろそろ店の休みを設定しよう。


 五十日(ごとおび)を休みにするか?

 そのぐらいのペースで休みを作って行こう。


 そんなことを考えながら、俺はガス灯の照らす夜道を店舗兼自宅へと歩いて行った。


五十日(ごとおび)

毎月の、五と十のつく日。

納金などの日にあたり、道路が混みやすいとされる。

5日、10日、15日、20日、25日、30日のことで、「ごとび」とも呼ばれます。

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