1-4 母の再婚
ハーブティーを一口飲んだ後に、母が今日の本題を口にした。
「母さんね、結婚するの♡」
マジですか?
母さん、あなたは自分の年齢を忘れたんですか?
母はハーブティーの入ったカップを優雅な所作でソーサーに置いた。
俺はそんな母さんに何を言えば良いのか言葉を探る。
「相手は⋯ ウィリアム叔父さん?」
「あら、イチノスにしては勘が良いわね(笑」
勘が良いも何も無い話だ。
既に街の酒場にたむろする野郎達や、話好きな市場の奥様連中では、その話が囁かれている。
ウィリアム叔父さんと言うのは、俺の父親のランドル・ケユールの弟で、この街を含めた伯爵領の領主だ。
そもそもはウィリアム叔父さんの正妻として母のフェリスは嫁ぐ予定だった。
それがこの王国の貴族共による国王への具申(愚申?)で、母(フェリス)は父(ランドル)の側室におさまり俺が生まれたのだ。
そんな父(ランドル)も正妻(ダイアナ)との間に跡継ぎのマイクが生まれ、後に戦死して母(フェリス)も正妻(ダイアナ)も未亡人となった。
「良いと思うよ。おめでとう」
「ありがとう。イチノスに反対されるかと心配だったの」
「いつごろ公表するの?」
「フフフ」
「マイクの叙爵の後かな?」
「フフフ。正解♪︎」
マイクとは俺の異母弟のことだ。
父(ランドル)と正妻(ダイアナ)の間に生まれた異母弟がマイクだ。
父(ランドル)が戦死した事で、侯爵の地位は一旦国王の預かりとなった。
父(ランドル)が戦死した際に、異母弟のマイクは未成年だった為に『侯爵』の地位を継ぐことが出来なかったのだ。
そのマイクも半年後には16歳で成人となる。
成人すると共に国王から『侯爵』を叙爵することが既に決まっているのだ。
「マイク様が侯爵に成られれば、ウィリアム様の侯爵継承派も黙るでしょう」
執事(コンラッド)がマイクの叙爵話に、貴族同士のゴタゴタを添えてくる。
「へぇ~まだそんな連中がいるの?」
「私もウィリアムから話を聞いて驚いたぐらいよ(笑」
「けど、叔父(ウィリアム)さんは『継承権』を放棄したんだよね?」
「それでも諦め切れない人達が居るみたいね」
「ウィリアム様への陳情の1割ほどがその類いだそうです」
魔王国との戦争に父(ランドル)が駆り出されたのは、王国議会の決定であると共に、国王が条件付きで承認したものだった。
通常は貴族の爵位継承者が未成年の場合には戦争に駆り出されない。
何故なら当人が戦死すると、爵位の継承でゴタゴタが起きるからだ。
これは王国議会での慣例でもあった。
にも拘わらず、王国議会は父(ランドル)を戦場へ送り出す決議をした。
父(ランドル)が侯爵であることを望まない者。
父(ランドル)が側室にエルフを迎えたのを良く思わない者。
父(ランドル)にハーフエルフの長男(俺が)いることを良く思わない者。
父(ランドル)の弟のウィリアム叔父さんに侯爵を目指して欲しい者。
とにかく、そうした貴族同士のやっかみや思惑があらぬ方向へ進み、不思議な団結を生み、慣例を破って父(ランドル)が戦地へ向かう決議が王国議会で成されたのだ。
この王国議会の決議にウィリアム叔父さんは大いに憤慨した。
その憤慨の表れがウィリアム叔父さんの『侯爵継承権の放棄』であった。
この王国での貴族の爵位継承はこんな感じだ。
1.爵位保有者の家に生まれた男子であること
2.爵位保有者に男の子がいない場合には当人の弟
3.叙爵は成人してから
父(ランドル)の場合は男の子供がおらず、俺が生まれるまではウィリアム叔父さんが爵位継承者だった。
俺(イチノス)が生まれた事で、爵位継承者は俺(イチノス)>ウィリアム叔父さんの順番となった。
異母弟(マイク)が生まれて、俺(イチノス)>異母弟(マイク)>ウィリアム叔父さんの順番となったが、母(フェリス)の発案で俺(イチノス)が爵位継承権を放棄して、異母弟(マイク)>ウィリアム叔父さんの順番となった。
そんな状況で慣例を破った王国議会の決議である。
その決議を受けて、ウィリアム叔父さんは即時に国王に爵位継承権放棄を宣言した。
これにより爵位継承権を持つのは異母弟(マイク)だけとなり、しかも未成年なのだ。
そもそもウィリアム叔父さんは、ケユール家の当主は兄のランドルであって、自分は弟だから当主も侯爵も目指さない考えだった。
父(ランドル)の息子、異母弟のマイクが爵位を継承する立場だとハッキリさせたのだ。
このウィリアム叔父さんの考えは、俺(イチノス)が継承権放棄をした際に、『俺も放棄する』と父(ランドル)に告げていた程だった。
王国議会の慣例を破った決議に憤慨したウィリアム叔父さん、その行動に国王はいたく関心を示した。
結果的に国王は王国議会の決議に父(ランドル)の戦地行きに条件を着けた。
その条件とは、父が戦死したならば侯爵の爵位は国王が預かる。
異母弟のマイクが成人したならば、国王の裁量で叙爵し侯爵を与えると。
この国王の条件に王国議会は反論できなかった。
そもそも後継者が未成年の貴族を戦地に向かわせるという慣例を破った決議を王国議会がしたのだ。
その決議に国王が付けたこの条件は、貴族連中に釘を刺すものとなった。
父(ランドル)と同様に、今後も後継者が未成年であっても戦地に送り込む、その際には戦死覚悟で望めと。
しかも貴族が戦死した場合には、その爵位は国王預かりになってしまう。
未成年の爵位継承者が成人しても、その者への叙爵は国王の裁量となってしまう。
こうした国王の承認条件に含まれた意味が、貴族連中を大いに黙らせるものとなった。
それまで安穏としていた貴族連中は、いつ何時、自分が戦に駆り出されるかがわからなくなった。
中には爵位継承者をわざと未成年にしていた貴族も平然と戦地に送られることになる。
例え戦死しても、子孫に爵位継承が確実に成されるとは限らない。
あくまでも爵位の叙爵は国王の裁量になってしまう。
自分達が父(ランドル)にやったことが、今度は自分自身に返ってくる大きな墓穴を掘ってしまったのだ。
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