6話 「捜索開始」

 いきなり銃声が鳴り響いて、リアンたちが驚く。

 森から鳥たちが、鳴き声を上げて一斉に飛び立つ。

 パローンとネーティブを探しにいくための、探索の準備をしていた時だった。

「ついに始まったようですな」

 役場の老紳士がそうつぶやいた。

「パルテノ主教による猿駆除ですか?」と、バークが眉をしかめていう。

「……ええ、ですな」

「爺さん、本当はあんた、あんまノリ気じゃないのね?」

 アモスが、老紳士にニヤニヤ笑いながら話しかける。


「そりゃあねぇ……。あんな連中でも、かつては村の守り神として祀っていたんだからね」

「もう少し、やり方ってなかったんですかね?」

 アートンが、ついそう訊いてしまう。

「あんたほんと馬鹿ね。そんなの無理に決まってるでしょ? 相手は獣よ。話し合いなんかできるわけないでしょ」

「そ、そりゃわかってるけどさ……」

「村人が決めたことなのよ、それに部外者が異を唱えるってどうなの? どう思います? この優等生ぶった奴、ムカつくでしょ?」

 アートンを指差し、アモスが老紳士に嘲るように訊いてみる。

「猿害に苦しんでいた人たちが、さんざん悩んで、出した結論なんだろう。ここは、何もいわないでおこうや」

 バークもアートンをそう諭す。

「そ、そうだな……」

 アートンは、バカなことを口にしたなと、後悔を含めてうなだれる。


「じゃあ、ヨーベル行ってくるが、ひとりで留守番大丈夫か?」

 バークが出発の準備を終えて、ひとり留守番をすることになったヨーベルに向き直る。

「ちょっと不安ですけど、行ってもきっと迷惑かけちゃいそうなので……。お留守番しているのが一番いいかと。ポイくんと遊んでおきますよ」

 ヨーベルが胸の懐中時計をいじりながらいう。

「昨日作ったメガネは、明日完成するんだよね?」リアンが尋ねる。

「はい、そうみたいです。完成今から楽しみです」

 ヨーベルはうれしそうにいう。

「なるべく、明日の朝には帰ってこれるようにするよ。留守番よろしく!」

「はい、お待ちしていますね」

 バークに向かって、ヨーベルが笑顔で敬礼をする。


「ていうかさ、あのふたり、名前が覚えられないわ、なんだっけ。」

「パローンとネーティブな」と、バークがアモスに教える。

「そのふたり、きちんとその観察所に行ってるんでしょうね。途中で迷ってたりしてないでしょうね」

 アモスが若干不安そうに、用意された荷物を車の後部座席に乗せる。

「わたしどもも、それが心配です。神官様に、もしものことがあったら、大変です……。なんとかお会いできることを願っておりますよ」

 老紳士が願うようにいう。

「まったくです。彼らが観察所ってところに、無事到着していることを信じて」

 バークがリュックを背負う。


「さあ、行くか!」

 アートンが出発の宣言をすると、村が用意してくれた車のドアに手をかける。

「ある程度までいったら、約束通り、リアンにレクチャーするよ」

 アートンが、後部座席に乗り込んだリアンに向かって小声でいう。

 森の中をしばらく行ったら、リアンに運転を教える予定だったのだ。

 リアンはかばんの中から、キタカイの本屋で購入した車の教本を取りだしてうれしそうにする。


 こうして、リアンたちは森の中へ車を走らせる。

 森に向かう車に向かって、ヨーベルが手を振っている。

 そのすぐそばには、可愛い猿たちが人と触れ合ってるファンシーな、古めかしい看板があった。

 東の森からは、激しい銃声が断続的にとどろいている。

 そちらの方向を向くと、不安そうに眺めるヨーベルは、胸にある壊れた懐中時計をせわしなくいじる



 時刻はすっかり、夕暮れになっていた。 

 ヨーベルは、宿の裏庭でたたずんでいた。

 そこで森の中を、キョロキョロと見回していた。

 ヨーベルは、探しものをしているようだ。

「あっ! いたっ!」

 ヨーベルが、昨日餌をあげた仔猿を見つけた。

 仔猿は可愛らしい鳴き声を立てながら、愛嬌たっぷりの仕草でヨーベルに近づいてくる。


「こんばんは、おチビちゃん、ご飯持ってきたよ。これぐらいだったら大丈夫だよね」

 ヨーベルは、夕食のパンを少し残して持ってきたのだ。

 餌をやるなといわれていたのにも関わらず、ヨーベルは懲りずに餌を与えようとする。

 本人は悪いことをしているとは、微塵も思っていなかったりするので厄介だ。

「これ以上はないけど、我慢してね~」

 餌を食べる仔猿を見て、ヨーベルはホッコリする。

 すると、食べ終えた仔猿が森の中に入って、ずっとヨーベルのほうを見ている。

「あれ? どうしたんだろ?」

 なんだか誘っているような動きを、仔猿はする。


 ヨーベルは、気になってそちらのほうに足を踏みだす。

 ヨーベルが危険な森の中に入っていこうとする。


 すると……。


「おねえちゃん、危ないよ~」

 ホイの息子のポイが、声をかけてきた。

「あっ! ごめんね~」

 慌てて振り返り、ヨーベルは申し訳なさそうに謝る。

「森の中は、危ないから入っちゃダメだよ。そこに行くと、お父さんすごく怒るんだよ。バ~ンってね!」

「わおっ、やられたぁ。……そ、そうなんですか?」

 ポイのおもちゃの銃に撃たれた振りをしながら、ヨーベルは許しを請うように胸に手を当てる。


「すっごい目つきで怒られたんだ。あんな怖いお父さん嫌だから、こっちにはひとりで来ないようにしてるんだ」

「そうだったのですね~」

 ヨーベルはポイの頭を、軽くなでてあげる。


 すると……。


「やっぱりこっちにいた! ダ、ダメですよぉ! お客さん、こんなところで何を! ポイもここには来ちゃダメっていったろ!」

 ホイが慌ててやってきた。

 けっこうキツい言葉を聞き、ポイの目元が潤んでくる。

 ポイがいったとおり、けっこうな剣幕のホイだったのでヨーベルも驚いて頭を下げる。

「す、すみません」とヨーベルは真剣に謝る。


「猿に会いませんでしたか? あいつらの凶暴性は本当に危険なんですよ。お願いですので、森のほうには、もう二度と行かないでくださいね」

 ホイが森の中に目を光らせながら、手にした銃で前方を警戒する。

「ご、ごめんなさい……」

 ヨーベルは、銃を出してきたホイに驚きつつ謝る。

「何かあったら大変です……。お客様にもしものことがあったら、他のお仲間さんに申し訳が立ちません」

「あっ!」と、ホイが前方の森の中に何かを見つける。

 ホイが、銃口を森の中に向けながら警戒する。

 ヨーベルがホイの指し示す方向を見た。


 そこには猿たちが、木々の陰に隠れるように身を潜めていたのだ。

「わあ……、こんなにもいる……」

 ポイがすごく怯えている。

「どうしてだろう? 今まで、ここまでの数いなかったのに……」

 ホイが若干怯えながら、たむろする猿たちを銃で威嚇する。

「ヨーベルさん、ちょっとうるさいですよ!」

 ホイが手にした銃を一発、森に向けて撃つ。

 耳をふさぐヨーベル。


 銃声に驚いた猿たちが、蜘蛛の子を散らしたように森の中に消えていく。

「わあっ! 父さんその鉄砲! カッコイイ!」

 ポイが銃を撃った父親を見てよろこぶ。

「今日支給してもらったものだよ! さあっ! いよいよ人間さまの反撃開始だぞ!」

 ホイはさらにバンバン! と銃をぶっ放す。

 銃声にヨーベルは驚く。

「どうだ! 今まで手出しも何もできなかったが、これからは違うぞ!」

 ホイがまるで、人が変わったように怖い顔をして森をにらむ。


「やったぁ! やっと猿を殺せるんだね!」

 ポイもそんな物騒なことをいいながら、その場でピョンピョンとジャンプする。

「ああ、今日は西の森のほうで百匹は駆除したぞ! 明日は北で、あさってはこの森だ! 忌々しい糞猿どもめ! 皆殺しにしてやるからな!」

 ホイはまた銃をぶっ放す。

「楽しみに待っていろよ!」

 目を剥いてホイが怒鳴る。

 ヨーベルが、オロオロとしながらその光景を見ていた。



 ヨーベルは暗くなった村を、ひとりで歩いていた。

 その足取りはどこか憂鬱で、疲労感を感じさせるものだった。

 村の中心にある、噴水のある公園にヨーベルは向かっていた。

 手には、村が観光地だった時代のパンフレットを持っていた。

「噴水の周りには、いっぱい売店があったんですね。でも、今は何も残っていないんですね……」

 噴水の周囲にある廃屋を眺めて、ヨーベルが寂しそうにつぶやく。


「これがみなさんが、探してる花の種なんですね。種まで綺麗な、宝石みたいなんですね」

 パンフレットに書かれている、コーリオの花のモデルとなった、花の種のイラストを見ながらヨーベルは村を歩く。

 夕飯の時間に近づきだし、家々からは炊煙が上がっている。

 すると、ヨーベルの鼻腔に生臭いにおいが漂ってくる。

 なんだろうと思い、立ち止まるヨーベルが周囲を見回す。

 そしてヨーベルは、それを発見する。


 一軒の家の前に、大量の猿の死体が積み重なっているのを、ヨーベルは見つけた。

 猿の死体は地面を血で濡らし、うずたかく積み上げられていた。

 血のむせかえるような臭いに、ヨーベルは吐き気がこみ上げてくるのを感じる。

 おぞましい猿の死体の山と対比するように、家々からは楽しそうな笑い声と明るい光が漏れている。

 ヨーベルは広場にあった噴水の縁に腰掛けると、夜空を見上げる。

 満点の星空が、上空には広がっていた。


「人の怖さを、感じてしまいます……」ヨーベルがポツリとつぶやく。

 いつもなら人の悪意だ血の歴史だとか、そういうワードを自分から発するのに今日はそういった面が表に出ず、ただただ悲観的な表情のヨーベル。

 そんな時、夜空を眺めるヨーベルの側を、オールズの僧兵がふたり早足で通り過ぎる。

 僧兵はクルマダとストプトンだった。

 ストプトンは噴水の側にいる女性になど、この時は気にも留めずに歩いていく。

 ヨーベルとストプトンともに、過去に特殊な接点があったにもかかわらず、ここでは双方まったく気がつかない。


「この村でのイベントは、正直気分のいいものではなかったですね。楽しいものになると思っていたのに残念です……。次のイベントは、みんながニコニコできるのがいいですね」

 そうつぶやいたヨーベルが立ち上がり、宿に帰ろうとした。

 その瞬間、ストプトンが噴水の側にいた女性に気がつく。

 ストプトンは振り返り、立ち去ろうとしている女性の背中を見つめる。


(おや? どこかで会ったか……)


 ストプトンが、女性の後ろ姿を見つめる。

 しかし、ヨーベルはサイギンで会った時よりも髪が短くなっていたので、以前会って因縁ある関係であるのに、ストプトンはその時は気がつかなかった。

 しかし、やはりどこか女性の雰囲気に見覚えがあるストプトン。

 気になり声をかけようとしたら、大きな呼び声がする。

「ストプトン! 女の尻を追っている場合か! こっちだ!」

 先を歩くクルマダが、せわしなく手招きしている。

 ストプトンは心の中で舌打ちする。


(くそっ……。クルマダのヤツ、いい加減うっとおしいな……)

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