91話 「目で追えぬ死闘」 前編

 アモスの目の前には、山のような巨体のルミアートが立ちふさがる。

 アモスを見下すように、ニヤニヤと笑みを受けべている。

「くっ!」

 無言でアモスは、腰のポーチに隠し持っていたナイフを抜くと、ルミアートに問答無用で斬りかかる。

 しかし指先で、そのナイフの切っ先をルミアートは簡単につかむ。

「なっ!」

 アモスはすぐさまナイフを離し、一歩踏みだし強烈な膝蹴りをルミアートの膝横に食らわせる。

 しかし、それですらルミアートはビクともしない。


 危険を察知して、すぐさま後ろに飛び退いてアモスは距離を空けようとした。

 しかし、それに合わせてルミアートが一歩前に前進しただけで、簡単にまた距離を詰められる。

 アモスはそのまま胸倉を捕まれ、軽々と持ち上げられる。

「くそっ!」

 アモスは持ち上げられた体勢で暴れようとするが、何故か身体が動かない。

 手足が石になったようになり、身動きがいっさい取れないのだ。

 ルミアートは奪ったアモスのナイフを、ポイと後ろに放り投げる。

 そのナイフが、ツグングの肉塊が転がる地面に突き刺さる。

 周囲には、彼の装備していたお手製の甲冑の残骸が散らばっていた。


「さっきの力、どこであんた手に入れた? すぐ話すんなら、わたしも意外と鬼じゃないのよ? あの肉塊から話し訊くよりも、あんたみたいなちょっと生意気なジャジャ馬のほうが、訊き甲斐がありそうだものね」

 ルミアートが舌舐めずりしながら、アモスに妙に優しい口調で詰問する。

 この時のルミアートは、目の前に現れた女が、ツグング所長と赤い宝石繋がりで関係していると思っているのだ。

 身体が動くようになったのを感じたアモスは、すかさず宙釣りの体勢のままで蹴りを繰りだす。

 しかし、その脚を簡単に捕まれる。

「あらあら、やっぱりとんだジャジャ馬ね。こういう娘は、ちょっと懲らしめてからのほうが、従順なのよね」


 蹴った足を捕まれ、アモスはそのまま逆さになって釣り上げられる。

 逆さ釣りのアモスの腹に、ルミアートはパンチを一発浴びせる。

 アモスは、ロバのいる小屋に吹き飛ぶと、壁にぶち当たり地面に落下する。

 一方、その時の衝撃で、寝ていたロバのセザンが目を覚ます。

 そしてゆっくり起き上がると、大きくあくびをするロバのセザン。


 うつ伏せのまま、アモスは地面でうめく。

 そのアモスの背中を、ルミアートが踏みつける。

「ほうほう、やっぱりあの程度じゃ死なないか。あんたも“ ディー ”にしては、なかなか出来がいいみたいね。よっぽどここのゴミは、良質だったのかしら?」

 ルミアートは、アモスの頑健さを賞賛をする。

「あんたといい、あの所長さんといい。どういった加工をしたら、そうなったの? わたしたちの知らない、何かコツみたいなのがあるのなら、是非とも教えて欲しいわ」

 ルミアートがそういうと、足元に落ちているツグングが装備していた赤い宝石の一欠片を見つける。

 先ほど処理し忘れていたものが、ひとつ残っていたようだった。


(ビブリオリで「ディー変異化」するのは当然として、まさか加工することで、特殊強化なんてありえるものなの? ただの危険物としか見てなかったけど、こんな利用価値があったとはね……)


 アモスを踏みつけたまま、ルミアートは赤い宝石を拾い上げる。


(こんな発想、これの恐怖を知らない無知だからこそ、できる芸当ね)


「あら?」

 ルミアートは、赤い宝石に気を取られていたが、ここでひとつ大きな発見をする。

 踏みつけたアモスのジャケットが、自分の知っている組織の物だったのだ。

 どこかで見たことがあるとは、薄々思っていたが、今になってハッキリ思いだしたのだ。

「これは、これはっ! 驚いたわっ!」

 ルミアートは、踏みつけていたアモスの襟首をつかむと、片手でまた持ち上げる。

「あなた“ 遺跡屋 ”だったの? なんで、こんな島にあんたらがいるわけよ」

 ルミアートはまさに僥倖といった感じのトーンで、アモスに話しかける。

「看守でもなさそうな女が、どうしてこの島にいるかと思ったら! それが、あんたの正体なわけね!」

 つまみ上げられて、アモスはグッタリしている。


 アモスのジャケットには、「STAFF」という文字が書かれていた。

 これは、ルミアートが知っている、とある競合組織が着用しているジャケットだったのだ。

「吹き飛ばしたあの所長と、あんたら“ 遺跡屋 ”が、どういった関係なのかも興味深いわねぇ? これって棚ぼたってやつ? フフフ。興味が尽きなくて、ドキドキしてきちゃったわ、どうしましょ。あんたも小憎らしくって、イジメ甲斐ありそうだしねぇ~」


 持ち上げられているアモスは、今は抵抗をせずに機会をうかがっていた。

 この大女は、自分の「見えない力」が効かないどころか、こちらの攻撃もまるで通用しないのだ。

 しかし、自分の正体に興味があるようで、すぐには殺しにかかってくる様子はないようだ。

 だからといって、このままではヤバイのには変わりない。

 どうすればいいのかを、今は動けない振りをして、アモスは必死に考える。

 すると、地面に銃だけでなくノコギリ、ハンマーといった凶器になりそうなものが転がっているのが見える。

 確かツグングが、武器モドキとして装備していたもののはずだった。

 銃は、カースが逃げる際に、落としていったものだった。

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