95話 「凸と凹」 其の二

 路面列車が、向こうの線路で走っているようだった。

 回送らしく、乗客はひとりも載っておらず、速度もゆっくりだ。

 リアンとヨーベルが、列車を眺めてる。

「もっと列車乗って、いろんなところ見たかったですね~。あっ! わたしのせいで、そういうこともできなくなったんでした。ゴメンね、リアンくん」

 ヨーベルが申し訳なさそうに舌を出す。

「もう、気にしなくてもいいよ」

 ヨーベルをなだめるリアンが、後ろでまた騒ぎだしたアモスを見る。


「出発まで、あと1時間あるじゃないの! だったら、少しぐらい、いいじゃない!」

 アモスが、バークとアートンにいっている。

「いや、だから……」と、アモスのワガママにバークが困惑している。

「もう、昨夜の件のこと忘れたのかよ。今は、人目につくわけには、いかないんだからさ。おまえこそ、少しぐらいなら我慢してくれって……」

 アートンが、アモスに対して珍しく強気で諭すようにいう。

「……完全に蔑みの目。あんた、あたしにそんなことして、いいと思ってるの?」

「だからだなぁ……。そういう話しじゃなくて」

 アートンは、バークに助け舟を期待する視線を送る。

「ここに来る間に、どれだけ人目についたと思ってるのよ」

 アモスがそういい、今もアモスたちの口論を、道行く人が見て通り過ぎてる。

 早朝だからといって、ここまでの間、人に出会わなかったというわけでもなかったのだ。

 その辺りは、アモスのいう通りだった。


 だからといって電車の始発の時間まで、この近所をうろつこうというアモスの提案は、アートンとバークには別問題に思えたのだ。

 購入した新聞によると、昨日この近所の公園で、大規模な暴動が発生したらしい。

 アモスは、その現場を見てみたいというのだ。

 まだ現場検証とかして、警察や軍関係者がいるかもしれないのに、暴挙過ぎると反対されていたのだ。

「おはよう! オバチャン! 美味しそうね!」

 するとアモスが、すれ違った行商人の老婆に挨拶する。

「はい、おはよう。元気なおねぇさん、おひとつどうぞ~」

 老婆が、リンゴをひとつアモスにくれる。

 もらったリンゴをかじるアモスと、アートンとバークはそれを困ったように見る。


「ほら、誰もあたしらのこと、気にも留めてないじゃない。はい、リアンくん間接キッス」

 そういって、やってきたリアンに、アモスがリンゴを投げて渡す。

 リンゴをキャッチしたリアンが、アモスに悲しそうな顔をしていう。

「アモス、この街を出るまでだからさ……。ここは、バークさんとアートンさんのいう通りしておこうよ。もし何かあった場合、せっかくみんなとの旅がはじまるのに。こんな出だしで終っちゃうのは、僕としては残念だよ」

 リアンはリンゴを抱えたまま、アモスに訴えるようにいう。

「なぁ、リアンもこういっているんだしさ」

 バークが、アモスを再度説得してくる。

「アモスちゃんと、離れたくないってことですよ~。ね~、リアンくん?」

 ヨーベルがアモスの隣にやってきて、彼女の頬を突つく。

「わかったわよ!」

 ヨーベルの手を払いのけ、アモスが腕組みして不愉快そうにいう。


「ほら、アモス見てよ。駅のホールに、こんな展示物あるみたいだよ。悪趣味っぽいこの感じ、好みじゃない?」

 リアンが、サイギン駅のパンフレットを取り出してきた。

 パンフレットには「世界の拷問器具フェスティバル」の文字が、おどろおどろしいフォントで書かれていた。

 公共の駅構内でやるようなイベントとは思えないが、そういう器具を集めた催しが、現在行われているようだった。

 そのパンフを、アモスがチラリと見る。

「なんか昨日、こういうの見たのよね~。でも、リアンくんに免じて、今回は、こっちで我慢してあげるわよ!」

 アモスがそう宣言してくれる。


(この女、リアンの言葉には、素直なんだよな……。こいつを御する時は、リアンを上手く扱えるように、なっておかないとなぁ)


 そんなことを考えながら、機嫌を直したアモスをバークは見る。


 リアンたちの先を歩いていた、行商人の老婆が、こちらに猛スピードで走ってくる車に気づく。

「あれ~? あの車、こちらに突っ込んできそうですね~」

 老婆と同じタイミングで、目の悪いヨーベルも気がつく。

 目を凝らして車を眺め、「なんかすごい車ですね~」というヨーベル。

 ヨーベルのいった通り、向かってくる車はガッパー車の超高級車に見える。

 緑に塗装されたそれは、まるで軍用車にも見えなくもない。

「ま、まさか?」

 アートンが、不安そうに声を上げる。


(ひょっとして、もう追っ手が……)


 バークの心が、不安でいっぱいになってくる。

 車はリアンたちの真横、歩道に乗り上げるように止まる。

 スモークを張ったガラスからは、車内はまるで見えない。

 緊張に包まれるリアンたち一同。

 すると……。

「ハァ~イッ! おっじょうさんたちっ~! 俺らと、激しい演劇論交えな~いっ!」

 サイドのドアが開き、リアンたちが見たこともないメガネをかけた軽薄そうな、チャラい男が声をかけてきた。

 男は当然ケリーだった。

 しばし困惑しているリアンたちが、他の誰かにいってるのかと思い、周りを見渡す。

 リアンたちだけでなく、突然現れたガッパー車の姿に、唖然としている通行人たちが周囲にはいたからだ。


「あの~? わたしたちに、いってるんですか?」

 ヨーベルが、突然車内から話しかけてきたケリーに尋ねる。

「もっちろんだよっ! さぁっ! この手を取るんだ! 追手はすぐそこだ!」

 ケリーが、ヨーベルに向けて手を差し伸べる。

「追手って、なんの話しだっ!」

 パンッ! と、アモスがケリーの手を払いのける。

「痛てて……。やだなぁ、軽い冗談っすよ~。いっきなりひどいなぁ、綺麗なおねえさん」

 払われた右手を擦りながら、ケリーがアモスにいう。

「んだっ! こらっ! てめえは何者だよ!」

「悪いな、ねえさん!」

 怒り心頭という表情のアモスに、運転席側の窓が開いて、むさ苦しい男が顔を出す。

「このバカの馴れ馴れしさは、完全に病気でな! 気を悪くしたら、すまないぜ」

 窓から顔を出したゲンブがアモスにいう。


「な、なあ……。いったい、あんたら誰なんだい?」

 アートンがやってきた車に、若干興味津々な様子で外観を軽く眺めながら尋ねる。

「そうだなぁ……。ナンパなら悪いが、他当たってくれないか?」

 バークが運転席のゲンブにいう。

「だな、俺ら、ちょい急いでるんだよ」

 アートンもゲンブにいいつつ、ケリーの開いたサイドドアから見える内部を観察する。

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