95話 「凸と凹」 其の三

「俺たちゃ、これからキタカイに向かう、愛の伝導者なのよ~!」

 開けたサイドドアから、ケリーがそういってきた。

「キタカイに?」

 異口同音でバークとアートンがいう。

「愛の伝導者な!」

 ケリーが余計な一言を推してくる。

「お互い、南下するんだからさ! ここは仲良く、一緒に行くってのはどうよ? 旅費も浮いて、あんたらにも、デメリットなんてないだろ? 道中の食事も、こっちで用意してやるよ。ちなみに、そっちのバカの言葉は、無視していいからよ」

 ゲンブが、バークたちに交渉してくる。


「南下!?」とバークが驚く。

「ちょっと待って、どういうことなんだ? っていうか、あんたらほんと誰よ?」

 バークは突然登場してきた連中と、キタカイへ向かうという提案に、かなり狼狽している。

 咄嗟のことすぎて、脳が対処できていないようなバークは、アートン以上に焦っていた。

「俺はゲンブ! こっちのバカが……」

「恋の求道者ケリーですよ、バカじゃないのでね、黒髪のお姉さん!」

 ゲンブから紹介されたケリーが、また手を差し伸べるがアモスに再度払いのけられる。

「おまえ、ウザいんだよっ! 何者なんだよっ! てめぇらはよぉ!」

 アモスがかなりイラついている様子で、ケリーではなく運転席のゲンブに詰問する。

「いや、だから親愛の使徒ケリーって名乗ったじゃん」

「てめぇは、黙ってろっ! ……ん?」

 ここでアモスが、助手席で黙り込んでいるエンブルの存在に気づく。

「そっちのチビは何よ? ペットにしちゃ、悪趣味ね」

 アモスの嘲るような言葉に、棋譜を読んでいたエンブルがピクリと反応する。


「こいつはエンブル。まぁ、見たまんまの感じのヤツだよ。あんま、こいつは気にしなくていいよ。チェスのことにしか、興味がない、クソつまんね~野郎だから」

 ゲンブがそういい、エンブルを軽く紹介する。

「でだっ! あんたらエングラスに向かう、劇団員だろ!」

 ゲンブの断定的な言葉に、驚く一同。

「え……? ど、どうして、……それを?」

 やはりバークが一番狼狽して、ゲンブに確認をする。

「そんなに意外か? あんたらあの宿で、やたらそう話していたじゃないかよ。ずっと、同じ宿にいたんだぜ。聞こえてたに、決まってるだろ?」

 ゲンブが、薄ら笑いを浮かべながらバークにいう。

「お、同じ宿……。そ、そうだったのか?」

 バークが、アートンと顔を見合わす。

 同時に、アモスの凶悪そうな表情を見てしまう。


「どうよ? 目的地は、同じ方向なんだろ?」

 ゲンブが再度誘ってくる。

「そうそうっ! 旅は、にぎやかなほうが楽しいって!」

 ケリーがいい、車内にある氷室をゴソゴソとしだす。

 そのケリーの後姿を見て、アートンはハッ! とする。

 いつか見た、宿の女将さんと、昼間から抱き合っていた男と同一人物だとアートンは直感したのだ。

「こっちの車はデカイし、全員じゅうぶん乗れるしよ! ほら、食料品は大量にあるし、欲しいのがあれば買い足すぜ!」

 ケリーが、氷室から酒や食料を見せてくる。

「う~ん……。すまないんだけどさ。せっかくの誘いで、申し訳ないが……」

 バークが、ゲンブに断りの言葉を述べようとしたら、前方の路面列車の踏切方面から来る人影に気づく。


 前方から歩いてくるのは、大人数のオールズ教会の僧兵集団だった。

 目立ちまくる白い僧衣をまとった僧兵たち。

 先頭の大柄の男が、手下の僧兵を引き連れている。

 バークは、その僧兵集団に見知った顔を見つけたのだ。

 ネーブのペンションに侵入した際に、最後の最後で顔を見られた大柄な僧兵。

 その人物が、先頭を闊歩しているのだ。

 鼻には大きな絆創膏が貼りつけられ、首にコルセットを巻いていたが、その体格と顔をバークは忘れようがなかった。

 そしてバークだけではなく、もうひとり僧兵の存在に気がつく人物がいた……。


(やだ……、あいつ……、あの夜の僧兵じゃない!)


 アモスもあの夜、バークと鉢合わせ、後ろから殴り飛ばして昏倒させた僧兵の存在に気づいたのだ。

「あっ! ちょ、ちょっと、待ってもらっていいか!」

 露骨にバークが狼狽して、考えを巡らせている。


(バークも、ヤツに気づいたか! ちっ! どうする……)


 ここでアモスが、反射的にポーチのナイフに手をかける。


「中も、こんなに広いしさっ!」

「カードもあるし、みんなで楽しくババ抜きしよう~よ!」

 ケリーの言葉にヨーベルが超反応する。

「み、みんなでババ抜き!」

「旅のお供のフルーツにほら! 剥き甘栗、なんてのもあるんだぜ!」

 ケリーが栗の入った袋を見せてくる。

「最初から剥いてあるですと!」

 吃驚仰天のヨーベルが、剥き甘栗に興味を示す。


「むっ!!!」

 僧兵たちが、道を塞ぐデカいガッパー車に気づく。

「おいっ! 貴様ら! 歩道に、乗り上げるんじゃないっ! 邪魔だぞっ!」

 怪我の治療跡が生生しい、大柄の僧兵がそう怒鳴る。

「へいへい~! 神官さま、すぐどかしますよ すみませんね~」

 ゲンブが、そういって車を発進させる。

 ガッパー車はゆっくりUターンして、路面列車の線路の方向に走り去る。

 その車の後ろ姿をにらみながら、大柄な僧兵が振り返る。

「でっ! その情報は、確かなんだなっ! ガセだったら、タダじゃ済まさんぞ!」

 怒鳴りちらす僧兵は、相当イラついているようだ。

「ええ、クルマダさま、問題ありません。この先の川の近くの風俗街で、金髪の女神官を目撃した人間が多いんです。早朝、人を出してみたところ、実際目撃者と数人接触できました。残念ながら、当人は見つけられませんでしたが……」

 部下の僧兵が、そう上官のクルマダという僧兵に話す。


「よしっ! では徹底的に、周辺で訊き取りだ! あの胡散臭い大女を、なんとしても見つけだすのだ!」

 クルマダはそう宣言して、周囲の部下もオールズ式の会釈をして応える。

「しかし、クルマダさま……」

 ひとりの僧兵が、不安そうに声をかけてくる。

「我らだけで勝手に行動しても、良いものなのでしょうか? 軍や警察の協……」

「この事件で殺されたのは、我らの主だぞっ! それを忘れるなっ!」

 臆病な部下の言葉を、クルマダが怒鳴って一蹴する。

「犯人は、我らの手で必ず確保するっ! 絶対にだ! 行くぞっ!」

 そう宣言してクルマダたち僧兵集団が、リアンたちが宿泊していたファニール亭の方向に歩きだす。

 クルマダたちの後方では、回送の路面列車が走り、踏切前にさっきのガッパー車が停車していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る