96話 「厄介な同乗者」 前編

 大きな黒いアタッシュケースが、後部座席の空いたスペースに置かれている。

 その上に乱雑に置かれたトランプ、そしてヨーベルを釣り上げた、剥き甘栗と蜜柑が置いてあった。

 そのアタッシュケースを囲むように、右方向にケリー、ヨーベル、アモスが座っていた。

 左方向の長椅子には、バークとアートンが不安そうに座っている。

 そしてリアンが補助席を出してもらい、両サイドの椅子の中間地でカードゲームに参加していた。

「おんなじ、方向に向かうんでしょ~。だったら~。楽しいほうがいいじゃんっ!」

 ケリーがカードを出して、腕を伸ばしてきたリアンに引かせる。

「仲良くしようよ~。ねっ? ねっ!」

 まるでリアンの存在なんてなかったように、ケリーが馴れ馴れしくヨーベルにいってくる。

 後部座席側のケリー、ヨーベル、アモス、リアンはババ抜きをしていた。

 ヨーベルが食いついたババ抜きを、さっそく車内で開始したのだが、ケリーがとにかくしゃべりまくるのだ。


「おいっ! 馴れ馴れしい態度と、近づくの禁止っていったろ! このライン越えて、ヨーベルに触れたら承知しないわよ!」

 アモスが長椅子の敷居線を指差して、ケリーに眼光鋭い視線を送る。

 しかし、アモスの言葉に恐れもせずに、ケリーが指を鳴らす。

「おっ! ヨーベルちゃんね! やりぃ、やっとお名前ゲット!」

 ケリーにしてやられてしまった感じのアモスが、相当イラついてるが、側に座っているリアンが彼女を必死になだめる。

「この焦らしプレイと、情報小出しゲーム。俺、大好きよ!」

 ケリーが、ニヤニヤしながらアモスに話しかける。

 無知は力というか、アモスの恐ろしさを一切知らないケリーは、車に同乗してから一貫して同じような感じだった。

 なのでむしろ、バークやアートンのほうが、怖くて生きた心地がしないほどだったのだ。


「次は黒髪の、おねえさんのお名前も知りたいな~。あ、代わりに! 俺の名前教えてあげる!愛欲の堕天使ケリーさ! どうぞよろしく!」

 ケリーが、アモスに手を差し伸べる。

 アモスがその手を当然無視する。

「何それダサい~。よろしくです~、アハハ」

 代わりにヨーベルが食いついたので、ケリーはヨーベルと握手する。

「こらっ! 余計な接触は、避けろっていってるでしょ!」

 アモスがヨーベルを叱責する。

「おねえさん、人を汚れモノみたいに~。ひっどいな~」

 ケリーが笑いながら、ヨーベルの出したカードから一枚引く。

 八がそろったので、アタッシュケースのカードの山に、ケリーがセットのカードを捨てる。

「こらっ! あんた今、カード取る時ヨーベルの指、触れたでしょ!」

 ケリーに対して、アモスがいちいち突っかかる。

 なんだかアモスが翻弄されているような、かなり珍しいケースだった。

 しかし、それが対面にいるバークとアートンには恐ろしくてたまらなかったりする。


「ア、アモス、ちょっと……。少しは落ち着いて、カードも見えるし」

 リアンが、アモスの服を引っ張って、彼女を必死になだめる。

 リアンの視界には、アモスがいつも携帯している、ポーチに収納されたナイフがチラチラ目に入るのだ。

 何をきっかけにして、アモスがそれを取りだすかわからないので、リアンは不安だったのだ。

「おおおおおっ? アモスさんですね、坊や、まいどあり!」

 ケリーはリアンに礼をいい、アモスの名前もゲットに成功する。

 思わずアモスに、リアンはゴメンと謝ってしまった。

「う~ん、アモスねえさん! その綺麗な黒髪なでたいな~、ダメ? ダメ?」

 ケリーの軽薄な言葉に、アモスが凶相を帯びてくる。

 そして、バークとアートンが凍りつく。


「なあ、バーク……。どうして、こんな連中と……」

 アートンが、車内に充満するアモスの殺気に怯えながら、隣のバークに耳打ちする。

 それに対してバークは無言。

 今はまだ言葉が出ないというか、考えがまとまっていない感じのバーク。

「それに、キタカイって……。全然、方向違うじゃないか……」

 アートンがバークの腕を軽く突く。

「あとで説明するよ……。だから、もう少し待っててくれ……」

 それを聞いたアートンが、深いため息をつく。

「おまえのことだからさぁ。きっと、何か理由があるとは思ってるけどさ……」

 アートンがいったと同時に、バークが運転手のゲンブに声をかける。

「なあ、運転手さん! ちょっと訊いていいか? あんたらって、いったい何者なんだ?」

 バークにしてはらしくない、テンパり気味を隠さない単刀直入な質問だった。


「おいおい、お父さん! ゲームは、まだ途中だぜ! そっちも情報欲しけりゃ、もっと楽しくやっていこうぜ!」

 ケリーがバークに、手をパンパンとたたいて注意してくる。

「いや、あんたは今、黙っててくれないか」

 バークがケリーにピシャリといい、彼を無視する。

「フハハ!」

 ケリーに対する、バークの冷徹な突っ込みが面白かったゲンブが笑う。

「俺たちはそうだな。フォール警察の連中から、依頼を受けて活動してるフリーの傭兵みたいなもんさ!」

 ゲンブの言葉に、バークやアートンが驚く。

「フォール警察の傭兵ですか……?」

 同様に驚いたリアンが、アモスにカードを引かせ尋ねる。


「傭兵って、具体的に何するんだ? 依頼ってのは、なんだい? なんでキタカイに?」

「ヘイヘイ、色男!」

 アートンの矢継ぎ早の質問に、またケリーが煽るように手をたたいて注意する。

「そんな核心情報、簡単に教えられるかよ~」

「てめぇ、いい加減にしとけよ……」

 アモスが、かなり低いトーンの声でケリーにいう。

「フハハ! 俺も、ねえさんに同意だな! ケリー、おまえはちったぁ空気読め。どんどんそっちのねえさんが、機嫌悪くなってるだろ。おふざけも、ほどほどにしとけって」

 ゲンブが、ミラー越しにそういってくる。


「だから、答えられる範囲で、いろいろ教えてやるよ。まず、そこの色男の質問に、回答するとだな。俺たちゃこの街の反乱分子を、調査してたんだよ」

 ゲンブの言葉を聞きながら、助手席のエンブルがただでさえ不細工な顔を、さらに歪めていく。

「反乱分子を?」

「調査してた?」

 バークとアートンが、同時に反応して驚いたような顔をする。

「ちっ、もうちょっと、引っ張れるのによ~。ま、いいかっ! ヤツのいう通り、この街の反乱分子どもを調査してたんだぜ!」

 ケリーがそういって、リアンにカードを引かせる。

 ケリーの持っていたジョーカーが、リアンに引き抜かれるがケリーは無反応だった。

「ひょっとして、警察関係者なのか?」

 バークがゲンブに尋ねる。

「まあ、それに関わってるから、一応、そうなのかもな?」

 肝心な部分には、ゲンブは確証を避ける。


 エンブルがついにここで、開いていた棋譜をバンッ! と音を立てて閉じる。

「お、おまえらペラペラと! いい加減に、しとけよっ! 何勝手に、重要機密しゃべってるんだよ!」

「なんだ、この不細工、しゃべれたのかよ! てめえは、参加してくるな! 絵面が汚くなるんだよ! それに話したのは、おまえの飼い主だろ! ペットが、飼い主に噛みついてんじゃね~よ! おまえらも、ちゃんと躾けとけ!」

 アモスのエンブルへの暴言が、今までのストレス解消とばかりに、一気に吐きだされる。

 アモスの暴言のキレの良さに、ゲンブとケリーがうれしそうな顔をする。

 エンブルは棋譜を握りしめ、プルプルと汚い肌を震わせていた。

「どういうことよ? もっと詳しく、教えなさいよ!」

 アモスがいい、ヨーベルにカードを引かせる。

「アモスねえさんも、俺に興味津々かい?」

 ケリーが、またアモスにニヤケながら絡む。

「興味なんかね~よっ! 黙ってろ! クソメガネっ!」

 そう怒鳴ると、アモスはリアンのカードからジョーカーを引く。


「ちっ! おいっ! クソゴリラっ! さっきの件、もっと詳しくだ!」

 ジョーカーを引いたのも手伝って、アモスの言葉がどんどん乱暴になる。

「ア、アモスって……」

 リアンがまた、アモスのポーチのナイフに目が行きつつ、彼女の服を引っ張ってなだめる。

「フハハハハハハッ! ねえさん! 気持ちいいぐらい活きがいいね~」

 無知からか、ゲンブがアモスの凶暴性を活きの良さと勘違いして笑う。

「ゴリラ! 笑ってないで、いいから質問に答えろっ!」

 アモスが、ババ抜きのことなんかもう忘れ去ったように、頭に血が登り怒鳴る。

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