96話 「厄介な同乗者」 後編

「ヒャハハ! ほら、あの宿に女の子いたろ?」

 そんなヒステリックなアモスを笑い、ゲンブがそう答える。

「あ~、ヒロトちゃんですね~」

 ヨーベルが、アモスの持っているジョーカーを確認しながら、ヒロトの名前を出す。

「うんうん、そんな名前だったかな~。なんか無理に、ダークな雰囲気出そうとしてさ、健気にふるまってた感じが、可愛らしくってさぁ~」

 そうケリーが笑い、剥き甘栗を一個口に入れる。

「そうそう、その娘だ! 調査対象の、怪し気な連中とつるんでたみたいでなぁ。で、その連中がさぁ」

 ゲンブの言葉に、バークとアートンの表情が強張る。

「昨日の夜に、どえらいことやらかしてくれてな! そうなんだろ? ケリー?」

 ゲンブが、嘲笑うようにケリーに質問する。

「さあて、なんのことだろうかね~。気のせいじゃね?」

 ケリーがゲンブの言葉を無視する。


 リアンも表情が固くなり、凍りついたようになっているバークとアートンを見る。

「あの……」と、いつものごとくリアンは挙手して話しだす。

「ヒロトのこと、ずっと調査してたんですか?」

 リアンの質問は、アートンやバークたちも知りたいことだった。

 黙ってリアンの質問への回答を、待つことにしたふたり。

「あのお嬢ちゃんだけじゃなく、調査対象は山ほどいたさ。当然、危険極まりない連中もいてさ! 常に危険と隣り合わせの、過酷な任務だったんだぜ!」

 ケリーが薄ら笑いを浮かべながら、リアンにそういう。

「まあ、すごい~!」

 反射的に、ヨーベルが素直に感心する。

「でしょ?」と、うれしそうにケリーがヨーベルを見る。

「でも、俺ぐらいの人間だと! やり遂げることが、できるのさ。カッコイイ?」

 ケリーがそういい、アモスにもチラリと視線を送る。


「うっさい! こっち向くな! でぇ! ヒロトは、どうだったのよ?」

 アモスがケリーを無視して、運転手のゲンブに怒鳴るように訊く。

「俺としては、一切問題ないと思ったんだけどね~。あの娘の仲間のバカどもが、本気で悪さしちゃってさ~。まさかって感じだぜ、あんなキモい連中のくせによ! おかげで、俺の輝かしい経歴に瑕がついちまってさ~」

 ゲンブではなくケリーが話しだしたので、アモスは彼をにらみつける。

 慌ててリアンが彼女を制止する。

 そんなケリーの言葉に、アートンとバークが顔を見合わせて青くなっていた。

「そうだ、俺の傷心! ヨーベルちゃんの、愛の力で癒してくれない?」

「え~、やです~」

 ケリーの下心を、ヨーベルがキッパリ断る。

「合間合間に、くだらないこと、いってんじゃね~よ! だからヒロトは、どうなったんだよ!」

 もうババ抜きどころじゃなくなったアモスが、手札のカードをアタッシュケースの上に置いてまた怒鳴る。

「おんやぁ~? アモスおねえさん、そんなにあの娘、気になるの~? あと、ジョーカー見えちゃったよ、へへへ」

 ケリーが、メガネをキラリと光らせてアモスにいう。

「……てめぇ。何、もったいぶってんだよ。あんま、調子乗ってんじゃね~ぞ、こらぁ」

 アモスの口調が、いよいよヤバい感じになってくる。

 リアンは、なんとかアモスのポーチから、例のナイフを奪えないか考えだす。


 すると……。

「あの娘は、特に問題ないだろう。出頭してきた仲間が、彼女は無関係だから見逃してくれと頼みこんだって話しだからな。警察も、あの娘は、不問にするってことだ」

 いきなりゲンブが、どこまで信じていいのかわからないが、かなり具体的なことを話してきた。

「おいっ! こらぁっ! 何、あっさり教えてるんだよっ!」

 ケリーがゲンブに怒鳴る。

「俺はゴリラでも~。親切な、クソゴリラだからな、ウホウホッ!」

 そういってゲンブがドンドンと、運転中なのに胸をたたく。

「そ、そうか……。ヒロトちゃんは、大丈夫なのか……」

 ゲンブの言葉に、アートンとバークが揃って安堵の表情になる。

「っていうか、あんたたち、ほんとに警察関係者なの? どうも信じられないわね、その頭悪そうで軽薄な感じ! 主に、おまえだよ!」

 アモスはケリーを口撃すると睨みつける。

「ヘッヘッヘ! 男には、いくつもの顔があるってもんさ、アモスねえさん? 一面で、すべてを知った気になるんじゃ。アモスねえさんの男見る目、俺がもう少し鍛えてあげないとな?」

 アモスを前に、ケリーがそう軽口を叩く。

「そのドヤ顔……。メガネごと、たたき割っていいかしら?」

 アモスがケリーにいうが、口調がかなり落ち着いている。

 おそらくヒロトが、大丈夫との情報を知って多少余裕も出てきたのだろう。


「わかりました~! みなさんは、探偵さんなのですね!」

 ヨーベルが、いきなりそんなことを大声でいう。

「あっ、それいいね~。探偵! これもモテそうだもんね! ヨーベルちゃん、また俺に惚れたかい?」

「いえ、別に~」

 ケリーの言葉に、ヨーベルはやっぱりサラッと回答する。

 ここでヨーベルが、いきなり考え込む。

 何事だ? と、隣のケリーもヨーベルの異変に興味を持つ。

「そうですね~。カッコイイと、いえばですね~。う~ん……」

 ヨーベルまでババ抜きのことを忘れて、手札を座席に乱雑に置く。

「やっぱり、文学的名称を冠した! しかるべき政府機関の工作員、とかのがいいですね! 当然!」

 パンッと、ヨーベルが手を打っていう。


「衣装は真夏でも、黒づくめのスーツなんか着こんでですね~。たくましさとは無縁の、優男風情でありながら! 実は、失われた文明の技術を開放した、絶対的強さを持っていてですね! 顔色の悪い、怪しげな笑みを常に浮かべて、胡散臭そうな部下を、ゾロゾロ引き連れているべきなんです!」

 ヨーベルの一気にまくし立てられた、理想の悪役論を呆然として聞いていた車内の人間。

「ハハ……。なんだい? その妙に鮮明なビジュアルは?」

 さすがのケリーも、少し面食らってヨーベルに尋ねる。

「そういう設定は、絶対大事なのです! じゃないと、キャラが立ちません! 物語も、最後まで追ってくれる人が、いなくなります! 設定といえば、きっとそういう人は、変身できたりもすべきですね! そうそう! あと、カッコ良さには“ 翳 ”がないといけません! かげです! かげっ! だからメガネさんは、もうアウトなのです!」

 ケリーをも圧倒する、ヨーベルの早口だった。


(……なんだ、このバカ女は。そういやこの連中、妙に宿の娘に、固執していたな。ただの情なのか? それとも、他に何か理由が……。いや、そもそもこんな連中を同行させるなど、ありえるか! 旅の劇団員、だとはいっているが……)


 エンブルがそんなことを思いながら、郊外でなんとかして、連中を追いだす方法がないかを考えだしていた。



 郊外に来たところで、アモスが車外で車の三人組と話している。

 正確には、エンブルは省いてゲンブとケリーを、アモスは相手にしていた。

 エンブルは話しに聞き耳を立てて、交渉決裂のチャンスが来たら、参加してやろうと思っていた。

 場所は、すっかり田舎の寂れた街、といった感じになっていた。

 畑の姿がやけに目につき、水車を回す風車の姿なんかも見える。

 民家は大きく、ポツポツと点在している感じだ。

 リアンたちは、寂れたレストランの駐車場にいた。

 リアンは、車の三人と交渉しているアモスを眺めている。

 アモスが任せろといったので、任せたのだが、リアンは不安でいっぱいだった。

 アモスが、三人にいきなり襲いかかったりしないかと思っていたのだ。

 同じように、バークとアートンも思っていたが、当然口に出さない。


(どうしてバークさんは急に、あの人たちに同行するなんて、いい出したんだろ。でも、ここはアモスに任せておけば、きっぱり断ってくれるかな)


 リアンが、不安そうな表情で交渉を眺めているバークを見つめる。

「なあ……」

 するとアートンが口を開いた。

「アモスの話しがついたら、きちんと話すよ……。だから、もうちょっと待ってくれないか。面倒なことになって悪いな……」

 バークがアモスを見つめながら、視線を動かさずにいってくる。

「いえ、大丈夫ですよ。きっと、何か理由があったんだろうって、思ってましたから」

 リアンがバークにいう。

「こうなりゃ、あいつに任せるしかないよな。こういう時にこそ、あいつの理不尽極まりない性格が役立つよ。ただ……。血を見るようなことに、ならなきゃいいんだがな……」

 さすがに、そこまではしないだろうと思っているバークだが、不安は尽きない。


「お待たせです~!」

 ここでヨーベルが、レストランのゴミ集積所に、例の断髪した髪の毛を処分して帰ってきた。

「ゴミはきちんと、処分してきましたよ~。向こうのゴミは、処分できそうですか?」

 ヨーベルの言葉にバークが絶句する。

「さらっと怖いこというな、君も……」

「あっ、お話しついたみたいですよ~」

 ヨーベルがうれしそうに指差す。

 見るとアモスが、こっちに向かってひとりで歩いて帰ってくる。

「うまく、断ってくれてたら、ありがたいな」

 アートンが緊張した面持ちでいう。

 アモスがリアンたちの側にやってきた。

「なあ、どうだった?」

「連中、諦めてくれたか?」

 バークとアートンが、アモスに切羽詰まった表情で尋ねる。


「キタカイまで、だってさ! それぐらいなら、いいんじゃない?」

 アモスの言葉に、凍りつく一同。

 ヨーベルだけ、よくわからないといった表情をしている。

 例のガッパー車のエンジン音がかかると同時に、レストランの駐車場に一台の、ボロっちい車が入ってくる。

 バークとアートンは絶句したまま、まだ動けずにいた。

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