97話 「専横の旅路」 前編
ガッパーの高級車は、ますますのどかになる風景の中を進み、そこではあまりにも浮いた存在だった。
農作業をする人々や道行く人々、対向車が珍しい高級車の走る様子を眺めている。
そんな人々の注目を浴びている状況を、ゲンブは最高の優越感を感じながら車を運転していた。
沿道を走って追いかけてくる無邪気な子供まで現れ、強面のゲンブでも笑顔になるほどだった。
しかし、エンブルは終始不機嫌なままで、黙々と助手席で棋譜を相手にチェスをしていた。
後部座席では、またカードゲームが行われている。
今度はケリーを胴元にして、ブラックジャックをしているようだった。
ババ抜きの時とは違い現金を賭けているらしく、千フォールゴルド札がアタッシュケースの上に乱舞している。
リアンも、アモスから幾らかお金を貸してもらい、強引に賭けに参加させられていた。
端金とはいえ、金がかかってるのでケリーは、今度はけっこう真剣にゲームに集中していた。
それでもチラチラと、ヨーベルのことを気にしてはニヤニヤしていたが……。
しばらくはアモスのケリーへの罵倒も、ケリーのヨーベルへのちょっかいもなく、平和的にゲームは進行する。
ヨーベルは相変わらず、楽しそうにニコニコしながらゲームを楽しんでいた。
リアン少年も意外なことに、賭けには真剣に取り組んでいたりした。
そんな中、アモスが不愉快そうな顔をしていた。
アモスがひとり、負けが込んできたのも理由だったのだろう。
よりによって、胴元のケリーに一人勝ちを許したことで、イラついてきたのだ。
快速のガッパー車は、川に架かった石でできたアーチ状の橋を進行することになる。
比較的長さがあり、橋と川までの高低差もかなりある、けっこうな大橋だった。
橋を進む車が、そこのちょうど中間地点ぐらいに来た時に、アモスが大声を出す。
「ねぇっ! そっちの、不細工ペットはなんなのよ? ずっとだんまり決めこんで、見るからに不満そうだわ。雰囲気悪いし、この川にでも廃棄してくんない?」
イラついてきたアモスは、八つ当たりをするようにエンブルに急に絡みだす。
「い、いきなりなんだ? ず、ずいぶん失礼な、言葉遣いの女だな……」
エンブルが、アモスに聞こえるような声でようやくしゃべる。
「んなこと、わかりきってるよ。いまさらかよ? こっちは、誘われてやってんだぞ?」
アモスが配られたカードを見て、また眉をしかめる。
なかなかいい手配がこないことで、さらにイライラが募る。
「てめぇひとり、辛気臭い空気全開で、気持ち悪いんだよ! だんまりの置物なら、もっと可愛らしいマスコットにしろよなぁ!」
アモスの言葉に、さすがに我慢できなくなったのか、エンブルが座席から怒りに満ちた顔をのぞかせる。
「うわっ! こっち見てるし! キモッ!」
「ア、アモスって……」
露骨にエンブルを煽るアモスを、リアンは必死に制止して、代わりに彼がエンブルに何度も頭を下げる。
「この男は、自分がモテないもんだからさ。女を逆恨みするようになった、醜男の末路のようなヤツなのさ」
ケリーがカードで口元を隠し、クククと優越感に満ちた笑いを浮かべてエンブルを見る。
「ああ~。生殖行為と無縁の、生きる価値のない童貞クソゴミ野郎ね! アハハ! 可哀想なこったなぁ」
ケリーにヒットの合図を送り、アモスが嘲るように笑う。
「そんな醜男に、生まれてきた不運を呪うんだなぁ。あたしがせっかくだから、その残念なチ◯ポに、名前でもつけてやろうか? ムファングってのはどうだ?」
それはちなみに、ネーブのファーストネームだったが、そのことを知るのは車内ではアモスとバークだけだった。
気に食わないと見るや、暴言を吐きまくるアモスの言動に、バークやリアン、アートンはいちいちハラハラしていた。
「どっかの、色魔の名前と同じだぞ。来世では、いいことあるといいなぁ。てか、いつまで見てんだ! ぶち殺すぞっ!」
配られたカードが絵札だったこともあり、アモスがエンブルにまた八つ当たりする。
アモスがリアンに服を引っ張られ、制止されながらもエンブルに対する口撃を継続する。
「ムファング! ゲラゲラ! いいねぇ! なんかすっごい勢いで、飛びだしそうだな!」
ケリーも一緒になってエンブルを笑いながら、ひとり勝利したリアンに配当を配る。
元々仲が良くないふたりで、サルガとしての活動でも接点はほぼなく、互いに嫌い合ってすらいたケリーとエンブルだった。
エンブルへの暴言を聞いて、いい気味だと、ケリーは溜飲を下げる。
「く、くそう……」
とてもじゃないが、あの女には勝ち目がないと思ったエンブルが視線を前方に戻す。
「おいっ! 不細工! 後でリアンくんと、チェス勝負するか! リアンくんが勝ったら、おまえを殺すってルールはどうだ? で、おまえが勝ったら、この車からたたき降ろされる! どうせ、つまらん人生だろ? この旅を最後に、しょうもない人生も終わらせて、来世に賭けろよ!」
怒りを押し殺すエンブルが落ち着こうと棋譜を開くが、アモスの暴言はまだ聞こえてくる。
「うっふ~……。ありゃ、すごい女だなぁ。怖いものなしっていうか、狂ってるな」
運転していたゲンブが、エンブルに思わず同情してしまうほどの、アモスの罵詈雑言だった。
「反面、俺はこのルックスと性格で! 実は、すっげぇ紳士なんだぜ! 俺の真実の姿、この旅の間に……」
「おめぇなんか興味ねぇよ、黙ってろ!」
ケリーがいい終える前から、アモスが怒鳴る。
「寡黙な、イケメンのが好みってなら! 即、対応可能だぜ、アモスねえさん!」
「そんなのもいらねぇよ!」と、アモスがケリーに即答する。
「あたしに気に入られたきゃ、従順な下僕にでもなるんだな! おらっ、ヒットだ! さっさと一枚よこせ!」
(ヘヘヘ、元より、あんたなんか眼中にねぇよ!)
そう心の中で舌を出し、アモスにカードを一枚配りヨーベルを眺めるケリー。
「わ~い! ブラックジャックです! やっと狙いの手札が来ました~」
ヨーベルがうれしそうに、両手を上げて21になったカードを高らかに上げる。
「おお~」という歓声が上がる中、ケリーはヨーベルの豊満な胸部の動きを、ニヤニヤしながら見ていた。
「ヨーベル、勝負事には大胆だね……。ひょっとして、ずっと21を狙ってたの?」
不思議と今回は、なかなか勝ちが少なかったヨーベルに、リアンが関心したようにいう。
「流れが欲しかったのですよ~! さあっ! これで、運気が傾きましたよ~!」
ヨーベルらしくないようなことを、サラリという。
「そこで、ご相談なんですが……。せっかくなので、みなさん……」
ここでヨーベルが、小声になって囁くようにいう。
「刺激を求めて! もっと高レートの、賭けポーカーしませんか?」
ヨーベルがあまり見せたことのない、不敵な笑みを浮かべていってくる。
さすがのアモスも、これには驚いたような表情を見せる。
「おもしろそうだなっ! ケリー、俺の代わりにやってくれ! 負けたら承知しないぞ!」
ゲンブが運転しながら、二十万フォールゴルドを束ねた札束を投げてよこす。
「じゃあ、一本は、一万でいいのかい? ヨーベルちゃん」
「それぐらいなら、問題ないですよね、アモスちゃん!」
ヨーベルがアモスに、いつもの感じの元気な口調で尋ねてくる。
「いいけどさぁ……。あんた、ギャンブル狂かよ、はじめて知ったわ」
アモスが驚いた表情のまま、ポーチから結構な額の札束を出してくる。
「うひょうっ! ずいぶん持ってるねぇ! アモスねえさん、負けても文句なしっすよ!」
ケリーが、アモスの出してきた大金を見て、驚きの声を上げる。
運転席のゲンブも、ミラー越しにアモスの大金を見て、軽く口笛を吹く。
「フン! 勝てるもんなら、勝ってみな!」
アモスが、札束から1万フォールゴルドを引き抜くと、さっそくベットする。
「なぁっ! 盛り上がってるところ、水差すみたいで、すまないんだがさぁ。もう一回確認なんだが、いいかい……」
ここで賭けゲームには不参加して、地図をずっと見ていたバークが声をかけてくる。
「この山道を通るってことだが、本気なのかい? ここ、本当に通れるのかい? あんたたち、俺たちをガイドとして、雇ったんじゃないのか? こんな山道、俺も知らないんだけどさぁ……」
バークが、地図を見ながら尋ねてきた。
「ガイドの件は、もう気にすんなって。旅を楽しくするための、俺たちの方便みたいなもんだ」
ゲンブが、最初からガイド目的ではないことを、サラリと告白する。
「で、山道だが! そのためにあるのが、この車だぜっ! ガッパー社の最新鋭、陸軍仕様エンジン搭載の運搬車さまだぜ! 加速がっ! 馬力がっ! デザインもがっ! 価格まで含めて、すべての次元が、突き抜けてるんだぜっ!」
橋を抜けて、広い閑散とした公道に出たので、ゲンブがアクセルを踏み込む。
「車が、いいのはわかるが……。安全運転頼むぜ、こっちは女性と子供もいるんだからさ」
加速を体感しながら、バークが心配そうにいう。
「わかってるって! 安心しなっ!」
ゲンブがそういって標識を見つける。
目的のサーザス山道までの、距離を書いた古臭い標識だった。
「山道を通るってことだが、道中危険はないのか? 運転は信用したとして、迷ったりしないか不安なんだが」
アートンが、バークの地図をのぞき込みながら訊く。
「あんた、見た目の割に心配症だな? 地図を見たろ? ほぼ一本道だぜ、迷うほうが難しい」
ゲンブが、アートンの不安を一蹴する。
そういわれ、アートンとバークが地図を見る。
確かに山道は曲がりくねってるとはいえ、ほぼ一本道で分岐点なども見受けられなかった。
「山の中には、集落もあるんだしな! そこで一泊したとして、二日もあればキタカイだ。なっ! なんも心配ない旅だろう」
ゲンブが、農道へ渡ろうとする馬車の横断を待つために、車の速度を緩める。
そこへ、高レートのポーカーになったので、ゲームを抜けてきたリアンもバークたちの見る地図を見せてもらう。
「どんな村、なんですか?」
リアンが、バークとアートンに尋ねる。
「ここかな? 山の中央にあるけど、山頂の村って感じじゃないね。地図から見るに、盆地にある集落みたいだね」
地図を詳細に見ることができるアートンが、リアンに教えてくれた。
「サーザスの村っていうんですね」
リアンが、村の名前を見てつぶやく。
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