97話 「専横の旅路」 後編

 時間は少し遡る。

 寂れたレストランの駐車場で、アモスが同行を宣言した後の会話。

「じゃあ……。その時の神官と、鉢合わせしそうだったから?」

 アートンが、周囲を気にしながらバークに尋ねる。

「ああ、ひどいタイミングで、登場してきやがる……」

 バークが、壁に貼られたボロボロの案内板を見ながら、悔しそうにつぶやく。

 活字中毒のバークは、こんな時でも、案内板の掲示物の文字が気になるようだった。

 バークの話しによると、ヨーベルを救出する際に出会った僧兵のひとりと、あの道であやうく遭遇しかけたということだった。

 仕方なくその場を逃れるために、ゲンブたちに同行することになったのだ。

「あんたがあいつを、昨日、仕留め損ねなけりゃねぇ~。こんなことには、ならなかったのにさ!」

 アモスの言葉に、嫌な顔をするバークと、驚いたような表情をするリアン。

「こ、殺そうと、したわけじゃないよね?」

 リアンが慌てて、バークに確認を取る。

「誰も殺していないよ、大丈夫!」

 バークが焦り気味のリアンに、安心させるようにいう。

 ホッとひと安心するリアンが、掲示板に貼りだされているポスターを、凝視しているヨーベルに気づく。

 ヨーベルは、興味津々という感じでポスターを眺めている。


「もしくは、あれね! 誰かひとり、この中にとんでもない、疫病神がいるとかね!」

 アモスがアートンを見ながらいう。

 その言葉に反応しないように、アートンはアモスに尋ねる。

「なんでわざわざ、キタカイに行くんだよ? あそこで、連中と別ようって話しになってたのに……。ガイドに雇うって、どう考えても、人選間違ってるだろ……」

 アモスの挑発を無視してアートンが、また人差し指を曲げて、ガブリと噛む癖を無意識にしてしまう。

「そ、そうだぜ……。なんで一緒に行こうなんて、流れになったんだよ。おまえも、あんなのとは嫌だって、いってたのによ」

 バークが、不満そうにアモスに尋ねる。

「ちょっとぐらいなら、より道したって、いいじゃない」

 アモスがサラリという。

「より道?」

 リアン、アートン、バークの三人が一斉に訊く。

「そうよ、何か問題ある?」

 アモスがすました表情でいう。

「何か? じゃないって! 問題ありすぎだろ……、うう……」

 アモスのひとにらみで、たちまちアートンが黙り込んでしまう。


「理由、知りたいかもです……」

 やっぱりリアンが挙手して、アモスに尋ねる。

「理由? もう~、簡単よリアンくん。観光よ、観光!」

 アモスの当然でしょ? と、いわんばかりの軽い言葉に、リアンたちが絶句する。

「キタカイなんて、名前ぐらいしか知らない街じゃない。一度ぐらい、行ってみたくない? この機会を逃したら、一生足を踏み入れることない街に違いないわ。ヨーベルはどうよ?」

 アモスが、掲示されているポスターを見ているヨーベルに声をかける。

「行ってみたいですね~。それにカイ内海の海の底には、すっごい遺跡があると聞きます! ほらっ! これですよ!」

 ヨーベルが壁に貼ってある、さっきまで凝視していたポスターを指差す。

 どうやらそれは、クルツニーデが貼りつけた遺跡案内のポスターらしかった。

 ポスターによれば、海中に没した、ハーネロ期の遺跡があるというのだ。

 ティチュウジョ遺跡という、かなり読みにくい名前の遺跡らしかった。


「海中にある~、遺跡ですよ! すごいです~。潜って見ることは、できないのでしょうか~? わたし、素潜りけっこう得意なんですよ!」

 ひとり興奮している、ヨーベルを眺めるリアンたち。

 完全に興味の対象が、海中の遺跡に移行していて、現状の問題を忘れ去っているようなヨーベルだった。

 そんな時、リアンはあれ? と思う。

 このポスターの遺跡、どこかで見たことあるような? とリアンは思う。

 そして、すぐに思いだす。

 確か、ファニール亭に展示されていた、海の上に浮かぶという遺跡の絵と同じものだということに気づく。

 ティチュウジョ遺跡……、確かに読みづらい遺跡の名前だとリアンは思った。

 宿の従業員も、ややこしい名前だと、いっていたのを思いだす。


「ほら、リアンくんも行ってみたいでしょ?」

 遺跡について思いだしていると、アモスから声をかけられて、リアンは我に返る。

「えっ? 僕ですか?」

「きみ、別に早く帰りたいって、わけでもないんでしょ?」

 アモスが何故か、リアンのまだヒロトにしか吐露していない本心を、見透かしたようにいってくる。

「えっと、それは……」

 アモスの言葉は、リアンには図星だった。

 だがそのことは、さすがにバークやアートンを前にしては、リアンは口に出せない。


「北にあるカイの街だから、キタカイの街ですよ! 海を渡った南側の街は、ミナミカイの街っていうんですよ! わかりやすいですよね?」

 何故かリアンの手を握って、ヨーベルがそういってくる。

「そ、そうなんだね……」

 リアンははじめて知った知識だった。

「急ぎではない、とはいえだな……。あんな連中と、一緒だなんて……」

 バークが、向こうの車で待っているふたりの胡散臭い男と、車内に残るふたり以上に胡散臭気な醜男を見る。

「そうだぜ……。なんかすごく、ヤバそうな連中じゃないか」

 アートンも不安そうに車を見るが、どうしてもガッパー車のフォルムに自然と目が行ってしまう。

「どこまで、本当か知らないが。警察と関係して、調査活動をしているっていうし。俺たちが、たたけば埃が出る身だって、おまえでも理解してるだろ?」

 バークがアモスにいう。

「なんでわざわざ、面倒なことを……」

 アモスの鋭い視線におののきながら、アートンもいう。


「あいつらの調査対象はヒロトみたいな、しょぼい反乱分子っていってたじゃない。あたしらとは無関係よ! だからいちいち、オドオドする必要もないでしょっ! ちょっとあんたらって、ビビリすぎなのよねっ! 男なら、もっとしっかりしてよねっ!」

 ここでアモスが、叱責するように大声を出してくる。

「なんだったらさぁっ! あたしが、リアンくんとヨーベルの引率役になって、あんたらふたりクビにするわよ! そっちのほうが、旅も楽しそうだしねっ!」

 アモスが仁王立ちしながら、バークとアートンにいう。

「どうするのよっ! そんなに嫌なら、あんたらふたりは、ここで消えてくれない? あいつらと一緒だと、怖いんでしょ? 怖くて怖くて、たまんないでしょ? この臆病な、玉なしどもがっ!」

 アモスの挑発するような叱責を、バークは好意的に、叱咤激励と捉えることにした。


「わかったよ、腹をくくろう。お前に従うよ……」

 アモスの案に乗ることにして、キタカイに向かうことをバークは決意した。

「で、本当に、キタカイまででいいんだな?」

「そうよ、そこまでの契約よ」

 バークの質問に、アモスが即答する。

「契約って、口約束だろ? 連中、本当に守るのか? ほら、そもそもあいつらの狙いって……。その、なんだ……」

 アートンが言葉を濁し、言い難そうに視線を厄介な同行者に向ける。

「何よっ! その奥歯に、モノが挟まったいい方! 男のくせに、ハッキリしないヤツねぇ! あいつらが、あたしとヨーベルの身体を、狙ってるってことでしょ? そんなの知ってるわよ!」

 アモスがアートンに向かっていう。

「……だったら、どうしてだよ?」

 アートンが、アモスから視線を逸らして小声で訊く。

「あたしが、そう簡単に落とせる、ビッチだとでも思ってるの?」

 アモスの自信満々の言葉で、その場に沈黙が訪れてしまう。


「……おまえなんかは、どうでもいいが。ほら、ヨーベルだよ」

 アートンがやっぱりアモスを見ずに、遺跡のポスターを見ているヨーベルを指差す。

「今の微妙な間と、“ おまえなんか ”っていう言葉! あたし、絶対忘れないからね! とりあえず、ヨーベルは平気よ! あたしが、守るんだからさっ!」

 不思議と信頼できるアモスの大言壮語に、バークとアートンは顔を見合わす。

「ていうかよぉ~……。男ならさぁ! 率先して、守ってやろうって気概を見せてよね! リアンくんもいるんだし、もっとシャキッとしなさいよねっ! あんたらふたり、男として頼りなさすぎんのよ!」

 アモスに強烈なダメ出しを食らってしまった、アートンとバークが困惑顔をする。

「この道中で! あんたらふたりが、“ 漢 ”として信用に値するかってのを、チェックすることにするわ! 最初にいっとくけど、あたしの査定は厳しいわよ!」

 アモスが腕を組んで、鼻息荒くそう宣言する。


「なんでおまえが、そんなこと決めるんだよ……」

 アートンが、やっぱり弱々しい声でアモスの目も見ずにいう。

「てめぇが、頼りないからだよっ!」

 すぐさま、アモスに突っ込まれるアートン。

「バークッ!」と、アモスが腹の底から声を出す。

「な、なんだよ……。この使えないデカブツ、しっかり面倒見るのよ! あたしはあんたの意外な強さ、きちんと評価してるんだからね! いいわね! 頼りにしてるわよ、事務員さん!」

 アモスがそういうと、再びゲンブとケリーのいる方向に歩いていく。

「う~ん……」

 そう異口同音で、アートンとバークはうなるしかできなかった。

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