98話 「郊外を走る」 前編
遠くにサーザス山の異様な姿が見える。
その山は、かなり奇っ怪な形をした、特徴的な山の姿をしていた。
ギザギザとした針山のような山稜の形は、古くから邪悪な山として、忌み嫌われていたという。
ハーネロ期には、その山にハーネロンを生成する施設があったらしく、禍々しい怪物があの山から生まれていたとも記録されている。
しかしハーネロ戦役後、その施設はフォール軍により破壊され、今は跡形も残っていないようだった。
徹底的な破壊と浄化は、事後、遺跡保護団体のクルツニーデから野蛮な行為、といわしめたほどだったという。
施設で働いていたハールアムと呼ばれた、ハーネロ信者たちは男女問わず徹底的に殺されたという。
逃亡した者も、容赦ない追撃部隊により抹殺され、結局二千人以上のハールアムが殺されたことになった。
そこには、仕方なく施設で働かされていた奴隷のような人間もいたのだが、彼らもハールアムと一括りにされて、粛清の対象になった。
フォール王国建国初期では、こういったハーネロ神国への報復とも取れる、無慈悲な粛清が相次いだ。
このことから、ハーネロよりフォールのほうが恐ろしいとまで、他国では噂されていた程だった。
今でもハーネロをタブー視するのも、実は自国が行ったそれら野蛮な行為に、目を向けさせないという理由も多少存在していたりするという。
そんな曰く付きのサーザス山を目指して、リアンたちを乗せたガッパー車は進む。
「海岸線ルートだと、少し時間がかかっちまうんだよ。エンドール軍が道中、通行規制を敷いてる可能性もあるしな。キタカイへは、可能な限り早めに到着したいんだよ」
ゲンブがそういって、車の運転を上機嫌でする。
サイギン郊外だが、この辺りは少し住宅地も多く、発展している感じだ。
沿道にはレストランや商店の姿も多く、そして街の人々の注目度が尋常じゃない。
「だったら俺たちなんか、誘ってる時間なかったんじゃないのか?」
もっともらしい、アートンの言葉だった。
アートンは車窓から見える、ボロい石造りでできた建物群を眺める。
「それこそ目的の山の案内なら、この近所の住民、雇ったほうが良かったんじゃないのかよ。別にアモスやヨーベルだけが、女ってわけでもないだろ……」
最後のセリフは、どこか声小さめにいうアートン。
「任務より、大事な出会いもあるのさ! ないようでいて、実は在るモノってさ~。総じて人生において、大切なものだったりしない? ねっ? ヨーベルちゃん?」
ケリーが知ったようなことを、隣のヨーベルにいうが……。
「あんたの望むような、大切なモノって。果たして、見つかるかしらね?」
そう凶悪な表情で、アモスがケリーにいう。
「あっれ~……。いつの間に席替わったの?」
いきなり隣の席が、アモスに変化していたので、ケリーが思わず手札を落としそうになる。
「なんだったら、アモスねえさんでも構いませんよ~」
「なんのことだ? ん~?」
ケリーに対して、アモスが圧をかけるようにいう。
さすがにケリーも、アモスの性格を完全に把握したようで、車内でのヒエラルキーも確立したようだった。
ケリーもアモスには一目置き、余計な追求や無駄話で、話題を引き伸ばさないようにしだしていた。
リアンはヨーベルの隣に座って、彼女の手札を見ていた。
ここまで見ていた感じだと、ヨーベルは配当の高い役を狙い撃ちするような一点集中タイプのようだった。
今もすでにそろっていたフルハウスの手札を捨て、さらに上の手札を狙う感じで、リアンの度肝を抜く。
真剣に手札と、捨てられた山のカードを交互に見つめるヨーベルは、完全なギャンブル狂のようだった。
リアンでも声をかけられないほど真剣だったので、諦めて車窓を眺めることにしてみた。
ちょうど車の右手側には、大きな製材所があるようで、車内にまで新木の芳しい匂いが漂ってくる。
かなり大きなトラックが大量の木材を運搬していて、それが製材所に入っていったところだった。
「おお、あれはニカ研の運搬用トラックだよ」
アートンが、リアンの側に来て教えてくれた。
デカい車が大好きなアートンは、ひと目で車の種類を見分けたのだ。
「山から木を切ってるんでしょうね?」
「そうだろうな……」
運搬される木々を眺めながら、アートンは少し寂寥感に包まれる。
ジャルダンでやっていた、森林伐採の工事で知り合った人間の多くが死に、消息不明になったままなのだ。
アートンは同じ製材業の労働者を見て、少しノスタルジックな気分になってしまった。
「あれ?」
ここでリアンが気づく。
さっき見た、木材を大量に積み込んだ大きなトラックに、「サーザス林業」と書かれていたのだ。
ひょっとしたら、目的地のサーザスの村で木を切り出して、運んでいるのかな? と思ったのだ。
しかしトラックは遠ざかり、再確認することができなかった。
チラリとヨーベルを見ると、手札がフォーカードになっていて、リアンは思わず吹きだしそうになる。
ヨーベルの大技狙いのギャンブル魂に、リアンは感心するとともに戦慄すらしてしまう。
「なあ、しつこくて悪いが、もう一度確認いいか? 同行する条件だが……」
バークが、運転席のゲンブに聞こえるようにいう。
バークはバークで、この車内で一番権限があるのは、一応ゲンブだろうと思っているようだった。
実際のところサルガには、一部徒弟関係があるものの、基本的にはスタンドプレイオンリーの集団だった。
だから、ゲンブ、ケリー、エンブルの三者には、誰が一番権限があるとかは、存在していないのだ。
しかし、一番話しが通じるのがゲンブであろうという、バークの判断は間違っていないだろう。
「ああ、お互い干渉はなし! ってことだろ? 大丈夫だ、問題ない!」
ゲンブが、高らかにそういってくれる。
「ホントかしらぁ? 下半身、パンパンにさせた豚が二匹! あたしには、この車内にいるように思えるんだけどねぇ?」
アモスが、ケリーを蔑んだ目つきで見る。
アモスも、ケリーに対する扱いがかなり柔らかくなり、初期のようなよらば殺す! といった殺気は消えていた。
多少、ケリーという軽薄な男に対しても、寛容になってきたのだろう。
「まあ、信じなってっ! 俺たちも後日、キタカイからカイ内海を渡って、エングラスに向かう身なんだ。ここで、あんたらときっかけを作っておきたい、っていうぐらいの下心ぐらい許してくれよ。そういう縁を、最初からシャットダウンしてたら、何も出会いも起きないままだぜ」
ゲンブが下心というワードを使い、かなり本心に近いことをいう。
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