98話 「郊外を走る」 後編

「だから、信じてブ~!」と、ケリーが豚鼻をすると、ヨーベルが突然笑いだす。

「こんな、低俗なので笑わない! あんたは、頭の中までガキなの?」

 アモスがヨーベルを叱責するが、ケリーのする豚鼻のたびに、ヨーベルがクスクス笑う。

「まあ、そっちの一匹は……。完全不能、そうだから安心みたいね」

 アモスの言葉に、エンブルがピクンと反応してしまう。

 手にした棋譜がプルプル震える。

「あたしからも警告よっ! 見てわかるように、年頃の男の子もいるわけっ!」

 アモスがリアンを指差す。

「そこんところ! きちんと理解しておくのよっ! 変なこと、しようとしたら……。豚さんたち……、屠っちゃうわよぅ?」

 アモスが、ケリーに向けて凶悪な視線を送る。

「ヘヘヘ……。りょ、了解だブ~!」

 相変わらず豚鼻がツボな、笑いの沸点が低いヨーベル。

「坊やはあれだよな、ほら? まだ、下半身がパンパンになる仕組みも、わからないから大丈夫だよな?」

 ケリーの言葉にリアンは赤面する。


「そういうの、止めろっ! リアンくんに、変なこと吹聴してみろ! もぐぞっ! コラァ! あとヨーベル! もう笑うな!」

 アモスの、ケリーとヨーベルを相手にした突っ込み。

 ケリーに対しての突っ込みが普通になってきたので、バークはかなり安心してきていた。

 最初は、いつナイフで喉を切り裂くんじゃないかと思うほど、険悪だったアモスとケリーだったが、もう大丈夫な感じの雰囲気になってくれていた。

 ケリーもギリギリのラインを攻めて、アモスをおちょくってるようだし、アモスもそれに順応してきている感じだった。

 ふぅと溜息をついて、バークはいくつか用意してあった雑誌を眺める。

 少し漁ったら普通の新聞もあったので、それを読むことにした。

 日付は昨日のだったが、別にいいかと思い、活字中毒のバークは活字の世界に没頭する。

 実は雑誌類の一番下に今日の新聞もあり、昨夜の騒動についての記事があったのだが、バークはそれにまだ気づいていない。


 一方エンブルは、バックミラーをチラリと見る。


(あのクソ女……。ヤツが、この劇団のイニシアチブを握っているようだな……。あっちのオッサンは、マネージャーあたりか……)


 そう思い、古新聞を読んでいるバークを眺めて、「ご苦労なこった」と思ったりする。


(で、ずいぶんヘタレな感じだが、あれは役者か……。見た目は確かにいいが、このパーティーの中じゃ、完全に奴隷扱いじゃないかよ……)


 アートンが今度はアモスに、ポーカーに勝てない原因として、「疫病神こっち見るな!」と八つ当たりされてるのを見る。

 アートンは不服そうな顔をしながら、途中で買った缶詰を開けろと、アモスから缶切りを渡されている。

「使い道ないかと思ったけど、あったわね、これ使え!」

「なんだよこの土産もん、こっちにちゃんといいのあるから、こっち使わせろよ!」

 アートンが手渡された、缶切りのついた模造刀を手にして不満そうにアモスにいう。

「あたしのお土産のチョイスを、使えないとかいっちゃうんだ、怖いもの知らずねアートンくんは!」

「ちっ! わかったよ、使えばいいんだろ!」

 不満そうにアートンは、アモスがサイギンの観光中に買った、模造刀付きの缶切りで四苦八苦しながら缶詰を空ける。

「開けたら紙皿に盛って、きちんと飲み物と一緒に準備しとけよ、木偶の坊!」

「了解ですよ! お姫さま!」


「フ、フヒヒヒ……」

 アモスとアートンの会話を聞いていたゲンブが、不気味な笑いを漏らす。

 いきなり隣からゲンブの、押し殺したような笑いが聞こえたのでエンブルがにらむ。

「なんだよ、気味悪い……」

 棋譜で反省戦をしていたエンブルが、口元を歪める。

「おまえなんかに、いわれたくね~よ! それにしても、気の強い女だぜ……」

 ゲンブが、ミラー越しに見える、アモスを眺めながら小声を出す。

「やっぱ女優ってのは、あれぐらいの気性じゃないと、やってけないんだろうなぁ? 正直、あのジャジャ馬具合は、たまんねぇなぁ」

 ゲンブが、涎を垂らしそうな勢いでいう。

「おいおい……。いくらなんでも、アレはないだろ……。まさか狙ってるのか?」

 エンブルが本気で驚いたように、ゲンブに尋ねる。

「さあね~。道中、手を出せないことに、なってるからなぁ。もったいないよな~。惜しいよな~」

 ゲンブが棒読み気味でいいながら、視界に入った、サイギンの街の出口が近いという標識を見つける。

「……ふん! 自信があるなら、やれるだけやってみるこったな! それでせいぜい、手痛い目にでも遭えばいいさ……」

 エンブルがいった瞬間、ヨーベルの歓声が上がる。

 車内に響き渡る声だったので、驚いてミラーではなく、ゲンブは直接後ろをのぞき込んだ。


「エースのフォーカード! どうですかぁ!」

 ヨーベルの出したカードが、テーブル代わりのアタッシュケースの上に並べられている。

「えええええ~! 嘘でしょ! なんでヨーベルちゃん、そんなデカい上がり方ばっかすんの!? なんか悪さしてない、ヨーベルちゃん!」

 ケリーは、本当に驚いたようにいう。

 自分の手札のフルハウスをたたきつけ、ヨーベル相手だということを忘れ、悔しそうにする。

「うちのヨーベルを、イカサマ師扱いとはいい度胸ね、あんた!」

 アモスがケリーにいい、ケリーが慌ててそれを否定している。


「勝負は流れを掴んだら、大きく圧しまくるのが鉄則なのです!」

 得意満面のヨーベルが、持論のキャンブル論を語ってる。

 テーブル代わりに設置した、アタッシュケースの上で、札束が乱舞する

「おいっ! ケリーおまえ、俺の金は!」

 ゲンブが驚いてケリーに尋ねる。

「そんなもん、ヨーベルちゃんに全部巻き上げられたよ」

「おいこらぁっ!」

 ゲンブがケリーに対して怒鳴る。

「ふん、いい気味だ……。あと、前見て運転しろ、バカ」

 エンブルが、棋譜を見ながらゲンブを鼻で笑う。

「ったくよぉ……。キタカイでの旅費ぐらいは、残しといて良かったぜ。ところでさぁ。ひとつあんたらに、訊いていいかぁ?」

 ゲンブがやけに落ち着いた口調で、運転しながら尋ねてくる。

「そこの、ヨーベル女史だけどさ……。俺が見た時は、もっと髪、長かったと思うんだけど。なんで急に、短くなってんだ?」

 ゲンブの指摘に、バークやアモスが表情を曇らせる。


 しかし……。

「え~っ! 誰かと、勘違いしてませんか? わたしずっと、この髪型ですよ。あっ、ウィッグを被っていた時が、あったかもです~。その時を見たとは、レアですね!」

 ヨーベルが仲間の不安を一蹴するように、サラリと平然とハッタリをかましたのだった。

 そんな、平然と嘘をついたヨーベルを、アートンが用意してくれた鳥の煮つけの缶詰を、紙皿に取り分けていたリアンが、驚いたように見つめる。

「アモスちゃん、そうですよね?」

「お、おうよっ!」

 さすがのアモスも、少し驚いたようにヨーベルに返事する。

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