99話 「大老ヘムロニグス」

「ん?」

 ゲンブが前方で、人だかりと渋滞ができているのを見つける。

 公道のど真ん中である。

「何だありゃ……」

 車のスピードが緩む。

 目的のサーザス山までは、もう少しといった感じで、周囲にも木々の姿が多くなっていた。

「検問か?」

 エンブルの言葉に、バークたちに衝撃が走る。

 アートンが、思わずバークと顔を見合わせる。

 アモスが何故か、ふたりをにらみつけてるように見てくる。

 一方ヨーベルは、ケリーとゲンブから巻き上げた金を勘定して、リアンに見せびらかしている。

 彼女に、危機感がないのはいつものことだった。


「まさか、あいつらは……」

 エンブルが、特徴的な衣装を着て、検問をしている連中を見て気づく。

「おいおい、マジかよ! ありゃ、ヘムロニグスの一団じゃないかよ……」

 ゲンブが驚いて声を上げる。

 ゲンブのガッパー車は検問のため、五台の車の後部で止まる。

「ヘムロニグスだって?」

 バークは検問が、警察関係ではないことを確認して安心する。

 と同時に、驚くような名前を聞いて、身を乗りだしてくる。

 前方に、中世の貴族のような衣装を着込んだ集団が見える。

「警察、ではないんですね?」

「みたいだね……、で、ヘムロニグス? どっかで聞いた名前だな?」

 リアンとアートンがコソコソと話す。

「ヘムロニグスかぁ……」

 バークが思いだしていると、意外と早くゲンブたちの車の番になる。

 ガッパー車の外には、威厳のある髭を蓄えた老剣士の姿があった。


 まるで舞台衣装を着たような老人に、リアンは思わず見とれてしまう。

 腰に帯剣したその鞘には、綺麗な装飾が施され、それだけで価値のある逸品というのが無知なリアンにもわかる。

 まるで剣自体に、命が吹き込まれているかのように、存在感を放っているのだ。

「あ~と……。何かあったんですかい?」

 ゲンブが窓を開けて、生きる伝説といわれるヘムロニグスに直接尋ねる。

「急いでいるところ、申し訳ないな」

 ヘムロニグスが頭を軽く下げるが、眼光鋭くいってくる。

 この車の前までの検査は、地元の人間だったのですぐに解放されたが、今回はヘムロニグスが自ら調査しに出向いてきた。

 あまりにも場違いな、ガッパーの高級車だったから、当然といえば当然だろう。

「この先はサーザス山という、忌まわしき山がある。君たちは地元の人間かな? そうだったら何も問題はないのだが、どちらかな?」

 ヘムロニグスがゲンブが開けた窓から、車内を観察するように訊いてくる。

「え~と……。そうですねぇ……」

 ゲンブはヘムロニグスの眼力に負け、思わず口ごもってしまう。


 そしてダッシュボードにある地図に、サーザス山の山道の地図を、目ざとく見つけるヘムロニグス。

「いかなる要件があって、その地に向かわれるのかな?」

 ヘムロニグスが、ダッシュボードの地図を指差す。

 その眼光が、ますます厳しくなっている。

「い、急ぎでキタカイに、向かわないといけなくなりましてねぇ」

 ゲンブは珍しく狼狽したように、下手に出るような口調で話す。

 老人とは思えないほど、威厳に満ちたオーラを発するヘムロニグスの、覇気に威圧されているようだった。

「キタカイ?」

 ヘムロニグスが怪訝な顔をする。

「ええ、そうっすよ。正規ルートは、戦闘予定地で通行できないでしょ? 山岳ルートには、途中小さな集落もありますからね」

 ゲンブがそういうと、ヘムロニグスの従者たちも、この車を注目しだしている。


 ナンバーや識別番号を控えている従者までいるが、その辺りは別にどうでもいい。

 どうせ行き着くのは、エンドールの軍本部なのだから。

 こまごまと動く従者はすべて若く、まだ全員が二十代の若者ばかりで、全員が中世風の衣装を着ている様は、それこそ若手劇団員か何かのようだ。

「ずいぶん、良い車だな……。むむ、女性と子供もいるのか?」

 窓から車内を見ると、リアンやアモス、ヨーベルの姿も確認したヘムロニグス。

 リアンはなんだか嫌な予感がしていたので、先んじてアモスの隣に行って、彼女が何もしでかさないように、そばに陣取ることにした。

 車の周りを少し歩きながら、ヘムロニグスが車体を観察する。

「君たちは、サーザスの村と、何か接点があるのかね?」

 車の後部まで確認して、戻ってきたヘムロニグスがゲンブに尋ねる。

 視線はフロント部分にあるガッパー車の、独特の鉄仮面のエンブレムに集中している。

「いえ、特に何もないんすけどね……」

 ゲンブがそう応える。

 嘘をいうのも考えたが、億劫だったのと、なんだか面倒な展開になりそうと判断して、正直に答えたのだ。


「何もない?」と、ヘムロニグスがやけに驚いたようにいう。

 そして、また厳しい顔つきになる。

「あの村は、余所者を特に嫌う……。道中、村での宿泊は、あてにしないほうがよいぞ」

 ヘムロニグスがそんなことをいう。

「なんすか、その村は……。文明でも絶ってるんですかい?」

 やや冗談交じりにゲンブがいう。


(なんでエンドールの大老が、他国の辺鄙な村のことなんかに詳しいんだ)


 ゲンブとヘムロニグスの会話を聞いていたエンブルが、不思議そうに思う。

 そして、そういえばとエンブルが思いだす。

 このヘムロニグスは、かつてはフォール軍とともにハーネロンの駆逐や、ハールアムの残党狩りに尽力した人物だと。

 当然、サーザス山でのハールアム狩りにも、相当深く関わっているはずだ。


「戦闘予想区域を迂回して、キタカイに向かうなら……。東の海岸線沿いに、行ったほうがいいと思うが? 女性と子供がいれば、なおさらにな」

 ヘムロニグスが、そんな提案をしてくる。

 どうしてもサーザス山には、行かせたくないような印象のヘムロニグス。

「距離的には、こっちのほうが早いんですよ……」

 ゲンブが頭をかきながら、困ったようにいう。

「それにほら、この車どうですよ! 最新鋭のエンジン積んでるんですよ! 馬力が、違うわけですよ!」

 ハンドルをバンバンとたたくゲンブ。

「退屈な海岸線をまったりドライブなんて、宝の持ち腐れってもんですよ! 悪路のほうが、この車の真価を、発揮できるってことっすよ! 峠を攻める! 俺のドライビングテク……」

「サーザスには向かうな!」

 ゲンブの軽口も、ヘムロニグスの有無をいわせぬ強い口調に、沈黙を余儀なくされる。


「君たちのために、もう一度いっておこう。サーザスへは、向かうな! 行くのなら、海岸線沿いにしろ」

 ヘムロニグスの強引な物言いに、不穏な空気が辺りに漂いだす。

 ヘムロニグスだけでなく、彼らの従者たちも、ゲンブたちの車を威圧してきているようだった。


(……そうかヘムロニグス、この人あれだ。ハーネロ戦役で戦った……)


 ここでリアンが、やっとこの老人の正体を思いだす。


「た、大老っ! た、大変ですっ!」

 そこへ、若い従者が慌てて駆け寄ってくる。

「たった今、入った報告によりますと……」

 従者は、ヘムロニグスに何事かを耳打ちする。

「なっ! ネーブが?」

 ヘムロニグスが、驚いてそういった瞬間だった。

 激しいアクセル音と、タイヤが空回りする爆音で周囲に土煙が舞う。

 途端にガッパー車が、物凄いダッシュで検問を突き破り、スピードを上げて走り去っていく。

「じゃあなっ! ジジイ!」

 ゲンブが捨てセリフを吐いていく。

 空いた窓から、ヘムロニグスたちに見せつけるように、ゲンブが中指を立てていく。


「くっ! 無礼なぁ!」

 舞い上がった土煙でむせながら、従者たちが激怒している。

「つ、追跡されますか! 大老?」

 従者が土煙の中に消えた、轟音を轟かす車を見ながら尋ねる。

 やや間があり、ヘムロニグスは静かにいう。

「……いや、捨てておけ。あの村の件は、もう……」

 土煙など物ともせず、歴戦の勇者は直立したままポツリとつぶやいた。

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