30話 「同じ穴のムジナ」 前編
良い色に焼けた肉が、テーブルの上にあった。
食欲を刺激する、鉄板の上で狐色に焼ける肉の音とソースの薫り。
リアンはさすがにたまらず、生唾を飲み込んでしまう。
でもどこか、表情は憂いを帯びたままだった。
「あら、どうしたのよ?」
アモスが、リアンに声をかけてくる。
「早く食べないと冷めるわよ。あたしの奢りよ、気にすることないって」
リアンたちはオススメ肉料理を食べさせると、パンフで紹介されていた、一件のこじんまりとしたステーキハウスに来ていた。
開店間なしの店内には、まだそれほど客は来店しておらず空席が多い。
カウンターの向こうでは、店主が料理の仕込みをしている。
娘さんらしいウェイトレスは、リアンたちに料理を持ってきてから暇なのか、学校の勉強をカウンターでしている。
「でも……。なら、アートンさんとバークさんも、誘ってあげようよ。一生懸命みんなのために、働いてくれてるんだし」
リアンが、アモスに懇願するようにいう。
「あいつらには、金持ってるのは内緒にしてるのよ? 誘うわけには、いかないでしょ?」
まるで疑問も、罪悪感も無いといった感じでアモスがいう。
「でもそれじゃ、ふたりに悪いし……。一緒に旅する仲間なんだし、別行動するのは……」
リアンが必死に、アモスに訴えかける。
そんなリアンを、アモスはじっとりとした目で見ていた。
そもそもアートンが金をなくしたのが悪い、ということをいおうとしたがアモスは思い留まる。
いくらアモスでも、その件をいつまでもいうのは、いい加減しつこいだろうと自制したのだ。
そして、大きくため息をつくアモス。
「もう~……。リアンくんは、ほんっと優しい子なのねぇ」
アモスが、根負けしたようにいう。
「リアンくんの優しさは、グランティル大紀行いちですよ」
ヨーベルが、モグモグと食べながらいう。
「で……、あんたは躊躇なく食べるのね?」
「冷めたら、美味しくなくなりますよ。アモスちゃんは、リアンくんを悲しませるようなこと、しちゃダメですよ~」
ヨーベルは顎に肉汁を滴らせながら、アモスに笑いかける。
「こぼしながらぁ、しゃべらないっ!」
「あら、失敬」
チョップされたことに動じず、ヨーベルはナプキンで口元を拭う。
「あんたは、ちゃんと残さず食べるのよ。昼みたいに残そうとしたら、また制裁よっ!」
アモスは、ヨーベルの頬をつねり上げる。
「ねぇ、アモス……」
じゃれあっているアモスとヨーベルに、リアンは小声で訴えかける。
じっとアモスのことを、リアンは無言で見つめる。
アモスはやれやれ、という表情になる。
「はいはいっ! わかったわよぅ!」
アモスが、降参したとばかりに両手を上げる。
そして、アモスはポーチから大金を出してくる。
「じゃあこの金、あいつらに渡せばいいんでしょ? それでいいのよね?」
差し出されたお金をジッと見てから、リアンはアモスを見る。
「……そのお金のこと、どうやって説明するの?」
至極、当然ともいえるリアンの質問。
「実は、アモスちゃんがアートンさんから盗んでた説、とか?」
「な、わけないでしょっ!」
ヨーベルは、瞬間的に重々しい手刀を食らう。
「あたしが、個人的に持っていたってこと、でいいでしょっ!」
アモスがそうはいうが、リアンは「う~ん」と訝しむ声を絞りだす。
「何よぅ? その疑いの、目眼差しは。リアンくん、ひっどいわぁ~」
露骨に怪しんでくるリアンの視線に、アモスはわざとらしく悲しむ仕草をする。
そんなアモスを、さらに胡散臭げにリアンは眺める。
「とりあえず、そのお金、預かっておくね」
そういってリアンは、アモスに手を差しだす。
「まったくもう。女の稼ぎを、根こそぎ奪うだなんて、とんだジゴロだこと」
リアンにお金を渡しながら、アモスは少しうれしそうにいう。
「なら、リアンくんも食べることっ! いいわねっ!」
「う、うん……」と弱々しくうなずき、受け取ったお金を、リアンは新品のかばんにしまう。
アモスのいう通り、女性から金を巻き上げている状況に、かなりの罪悪感があったのだ。
「じゃあ、いただきますね」
お金を入れたかばんを、足元に置くとアモスにいう。
「はい、どうぞ」
ようやくアモスも、本心からうれしそうな笑顔をする。
しばらく、レストランで雑談をしてるリアンたち。
パンフレットを広げたり、次の観光地を探したりしていた。街に滞在している予定は一週間。
残りの日数を、どういったプランで巡るか、リアンがメモ帳にまとめていた。
ヨーベルの熱いハーネロ遺跡推しは、気がつけば店内に増えていたお客さんを意識して却下された。
そんな中、リアンがカウンターの酒棚に、あるモノを見つける。
「ねえねえ……。あれって、オールズさまの像だよね?」
リアンが酒棚の隅っこに置かれていた、彫刻に気がついたのだ。
それはオールズ教の最高位に位置する、オールズ神の姿を象った彫刻だった。
ワインのビンほどの大きさで、実際酒瓶の中に埋もれるように普通に置かれていたので、今までまったく気がつかなかったのだ。
そのオールズ神の像は、ジャルダン教会にあったのとはまるで別人のような、豪奢な僧衣を纏った形で作製されていた。
オールズ神はそれといった明確なポーズや形が確立されておらず、時代によって作者の自由な感性で作成されることが多いモチーフだった。
年老いてくたびれた老人として描く人もいれば、荘厳化され、威厳に満ちた壮年の僧として描かれることもあるのだ。
オールズ教会というのは、実は布教されだして三百年ほどの、歴史的に見れば、新興宗教に近い見方をされている宗派なのだ。
カウンターにある彫刻は、凛々しい顔をした綺麗な僧衣をまとった威厳に満ちたものだった。
「あら、やだっ! ねえ! マスターっ!」
ここでアモスが立ち上がり、カウンターの店主に声をかける。
リアンが驚いて、アモスがまた何かしでかすのではと不安になる。
同時に、オールズ絡みの話題を自分から、また振ってしまったことをリアンは激しく後悔する。
リアンの不安を助長するように、店内の他の客もアモスに注目する。
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