29話 「それぞれの夕刻」 後編

 バンの前で、まだ話している気持ちの悪い集団。

 道行く人々が、彼らの姿を見て、怪訝な表情で一瞥して通りすぎていく。

 バンの車中には、反エンドールを謳った横断幕や、プラカードが詰め込まれていた。

 ヒロトは、羽織っていた「打倒エンドール!」の文字がプリントされたジャケットを、仲間の男性に返す。

「次の活動は三日後ですね、楽しみです」

 ヒロトが、笑顔でそんなことをいう。

 うれしさにあふれ、デモに参加するという点を知らなければ、年頃の女の子が遊びにいくのを楽しみにしているような口調だった。

 デモに参加していた男性の仲間は四人いて、その内三人が、かなり体型がだらしない。

 外見に気を使わないらしい彼らのファッションセンスは絶望的で、道行く人々の好奇の視線も気にならないようだ。


 そんなヒロトたちの、すぐ側。

 歩道に並んだベンチに、ひとりの男が座ってメモを取っていた。

 腕に巻きついたチェーンのアクセサリーが、ジャラジャラと音を立てる。

「ちっ、なんだかなぁ……」

 男はチラリと、バンとその周囲に集まって、談笑している連中を一瞥して舌打ちをする。

 乱暴にメモ帳に書き込みを入れると、深くため息をついて顔を上げる。

 メモを取っていた男は、リアンたちと同じファニール亭に宿泊していた、三人組の内のひとりだった。

 男の名前はケリー。

 面倒な形にセットされた髪型をいじり、また舌打ちをする。


「ったくよう! なんでこんなキモい連中を、連日追い回さなきゃならないんだよ。だいたいヤツらに、何ができるんだって話しだぜ、クソが!」

 ベンチにもたれかけ、ケリーは悪態をつきまくる。

 実は彼も、コマンド部隊「サルガ」の一員だったのだ。

 任務として、危険分子の調査内定をしていたのだが……。

 調査対象がいずれも小物ばかりで、退屈極まりなく不満だらけだったのだ。

 同じような任務に、ファニール亭に宿泊していた他のふたり、エンブルとゲンブも従事していた。

 しかし、そのふたりも概ね、ケリーと同じような気持ちだった。


 ケリーの手帳には、今監視している対象の、調査結果が書き込まれていた。

 調べた結果、この連中も穀潰しのしょうもない連中だった。

 構成員の四人の男性の内、三人は定職を持たない無職のプー太郎だった。

 さらに手帳には、ヒロト・ファニールの名前もあった。

「とりあえず判明したのが……。ガンショップのところのバカ息子が、この団のリーダーってことか」

 ケリーはもう一度、チラリと後ろを振り返る。

 隠密行動をいっさいせずとも、まるで監視に気づきもしない鈍重そうな連中。

 その一団の中にいる、今ヒロトと話しているのがリーダー格の男だった。

 薄い頭髪が、風に吹かれてヒラヒラ揺らめいている。

 黒縁のメガネを掛け、豚のように丸々と肥えた体型と、出っ張った腹部。

 どういうつもりでつけているのか、理解に苦しむ蝶ネクタイが、絶望的なまでに似合っていない。

 男の名前は、ニシムラとかいう男だ。

 そして止めてあるバンには、「ニシムラガンショップ」のロゴが、デカデカと書かれていた。


「ここで注意すべきは、このメガネ豚だけかな……。実家が、銃器を扱っているのと、けっこう金を持っているっと。で、あとは全員、無職のクズっと! それと、このヒロトちゃんだが。あと五つぐらい歳がいってりゃ、俺がなんとでもしてやれたんだがな」

 そういって、ケリーは下品な笑顔を見せる。

 メモ帳に書かれたヒロトの名前の側には、彼女の母親の名前と、「明日落とす!」の文字が書かれていた。

 ニヤニヤと、メモ帳をジッと見ていたケリーだが、不意に真顔になる。

「そういや、こいつだけは確か……」

 ケリーがもう一度後ろを見て、調査対象を観察してみる。

 その視線の先には、ひとり浮いたようにたたずむ、亡霊のように存在感のない貧相な男の姿があった。


「いやっ! 問題ないだろ、あんなモヤシ野郎……」

 ケリーがそう吐き捨てた男は、デブ揃いの集団の中で、ひとりだけ貧相な男だった。

 持っていたペンで、一応貧相な男の情報を再チェックするが、途中でチェックを中断する。

「バカバカしい、何ができるってんだよ!」

 ケリーが毒づくと同時に、ヒロトたちがバンに乗り込んで発車する。

 視線でバンの進行方向を追うが、あの連中はもう、ケリーの興味の対象から消えていた。

「さてと、この情報をいったんまとめてから……。で、あとはどれだ?」

 ケリーはパラパラと手帳をめくる。

「おいおい、こんな有象無象がまだ三つもあるのかよ……。勘弁してくれよ、クソ面倒くせぇ……」

 ケリーがため息混じりに、ベンチに力なく沈み込む。



 同時刻、夕日が沈んで辺り一面、真っ赤になっている工事現場。

 労働者たちが、今日一日の業務を終えて疲れを癒していた。

 そんな労働者の中に、アートンとバークもいた。

 互いに一日の頑張りを労い、帰路に着こうとしていた。

「おいっ! おまえ! なかなかやるなっ!」

 いきなり後ろから声をかけられて、アートンとバークが振り返る。

 そこには、ちっこい現場主任が胸を張って立っていた。

「アートン・ロフェスといったな! 評価してやるっ! 明日も頼んだぞっ! 経理まで取りに行くのが慣例だが、初日ということで、特別に手渡しだ! ありがたいと思ったら、明日も必死で働け!」

 そういって現場主任は、給料袋をアートンに手渡ししてきた。

「つれのおまえは、向こうの集合場所でもらってこい」

 現場主任が、バークに対して指差した先は、一般労働者たちが給料をもらうために列を作っていた。

 現場主任はふたりにいうと、そのままガニ股で立ち去っていく。


 バークが給料をもらってくるのを待ちながら、アートンは重機の側にいて、本社の人間と一緒に整備している若者を見つける。

 色の浅黒い、移民らしき若者だった。

 実は、アートンが重機を動かしている間、時々彼からの視線を感じていたのだ。

 ジャルダンの作業場で遭遇したホモたちの熱視線を想起させ、最初は少し警戒していたアートンだが、彼の輝いたその視線は、アートンではなく重機に向けられているのに気づき、労働中気にはなっていたのだ。

「彼、重機に興味があるようだな……」

 社員と一緒に必死にメモを取りながら、重機の整備を手伝う青年を見て、アートンはつぶやく。

 アートンも元々は、労働用の重機械に興味があった人間で、子供の頃はそういった重機の扱いをしたり、開発をしたいと願っていた人物だったのだ。


 働く車という、普通の自動車とは用途がまったく違う巨大な重機に、ロマンのようなモノを感じていた少年だったのだ。

 軍に入隊した後、余暇に独学で重機の扱いを勉強し、動かせるようになったのだ。

 そんな若かりしアートンと同じ熱意を、移民の青年の頑張りと、目の輝きからヒシヒシと感じるのだ。

 過去の自分を見ているような郷愁感に囚われていると、バークが給料をもらって合流してきた。

 ふたりは宿で待っているであろうリアンたちのために、早く帰ってやろうと思い、寄り道もせずに宿に向かう。


 帰り道は、川沿いに歩くだけで宿に到達できる。

 アートンとバークは談笑しながら、宿に向かっていた。

 北の方向には、ひときわ目立つ市庁舎が、謎の塔と並んで夕陽で赤く染まっている。

 バークは、職場でもらってきた新聞や週刊誌を持っていた。

「情報収集は大事だからな。帰ったら、さっそく読み込むぜ」

「あんま無理するなよ、疲れを取ってからでいいじゃないか」

 バークに、アートンが心配そうにいう。

「いやいや俺は、完全な活字中毒者なんだよ。字を読むのが好きなんだ、無理して読もうって感じじゃないから、安心しなって。むしろ、読みたくてたまらないんだよ」

 そういってバークが笑う。


「そうか、そういうなら余計なおせっかいだな。クウィン要塞が、どうやって陥ちたのかとか、未だにわからないしな。知っておきたい情報は山程あるしな、その辺りはあんたに全部任せるよ」

 アートンが、情報関係の集積全般をバークに全任する。

「ああ、任せておけ。おまえは頑張って旅の資金を稼いでくれ、俺は情報収集と分析をやるからさ。そして何より……。クウィンより先は、旧マイルトロン王国だからな。あの地が、どういった情勢なのかは、旅する上で絶対に知っておかないとな」

 バークは真剣な表情になり、前方をまっすぐ見据え考え込む。


 曲げた人差し指を、アートンはガブリと噛む。

 考え事をする時に、無意識でやってしまうらしいアートンの、あまりお行儀の良くない癖を横目でチラリと見るバーク。

「そうだよな……。マイルトロンを横断するという、大仕事があるんだよな。相当、治安もヤバい地域もあるだろうしな」

 アートンが旅の難易度の高さを思いだし、噛んでいた人差し指をさらに強く噛む。


 クウィンまでの道のりは占領下であっても、サイギンのように融和政策を取っているエンドールのおかげで、比較的旅しやすいと思われる。

 しかしクウィンより北は、まだまだ治安が良くない旧マイルトロン領なのだ。


「ところでさ……。一日の稼ぎとしては、けっこう貰えてる感じだよな?」

 バークが、給料のことについて話題を向ける。

「ああ、上々だよ!」

 そういってアートンが、給料袋の中の金を見せてきた。

 日給でありながら、二万フォールゴルドを超える金額が見える。

「さすがだ! 頼りになるなっ!」

 その金額を見て、バークがアートンを賞賛する。

「この調子で一週間も働いていれば、けっこうな額になるな。あの女も、例のことで、しばらくはうるさいだろうが、まあ我慢だぞ」

 バークがややいいにくそうに、アモスのことをいってくる。

「あの女か……。でもな、なんか最近、慣れてきてる自分がいてなぁ」

 どこか不本意だが、仕方ないという思いも含めた感じで、アートンはいう。


「ずいぶん、適応能力も高いな。やっぱ、デキる男は違うなっ!」

 バークが、頼りになるアートンの背中をポンとたたく。

 すると突然、何かを思いだしたようにバークは真顔になって考え込む。

「どうしたんだ?」とアートンが尋ねてくる。

「そうだな……」

 バークは小声になって、チラリとアートンの顔を見る。

 その様子を見て、アートンが不思議そうに首をかしげる。

「気分悪くしたら、その、済まないんだがな……」

「なんだ?」

 バークの言葉に、アートンが尋ねる。


「その給料、俺が預かるけど、いいよな?」

 バークが、アートンに向けて手を差しだす。

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