29話 「それぞれの夕刻」 前編
買い物をしながら、リアンたちは徒歩で宿の近くまで帰ってきた。
時刻はすっかり夕方になっていて、空も街並みも真っ赤に染まっていた。
サイギンという街に到着して、まだ二日目だというのに、あまりに密度の濃い昨日今日だった。
結局リアンは上着を買わず、アーニーズ海運のをそのまま着ていた。
やけにハイカラな衣装を薦めてくるアモスとヨーベルだったので、そのすべてを断った結果、今のままでいいということになったのだ。
ただ、いつもリアンが持っていたボロボロの、これまたズネミン号でもらったバッグだけは新調させられた。
ボロ布で作られたリアンのバッグは、革製の立派なビジネスバッグに変化していた。
地図やパンフレット、それらを詰め込んでもまだまだ中に入りそうだったので、適当に見つけた週刊誌などを買って入れていた。
バークの情報収集用に買った週刊誌だが、どれも女性の裸体が掲載されていたりしたので、リアンは少し抵抗があった。
「ひとりの時、自由に使っていいからね」
アモスがそんなことを、笑いながらリアンにいってきたりするので、彼は赤面するしかなかった。
「帰り道にも、面白そうな場所いっぱい見つけましたね」
夕闇の街並を、ウキウキしながら歩くヨーベルが楽しげにいう。
つい数週間前までは、節制と慎みに満ちた教会暮らしをしていたヨーベルだが、この街ですっかり普通の年頃の女性に豹変してしまった。
新しく新調した服を着こみ、リアン同様オシャレな黒いポーチを、アモスに買ってもらい上機嫌だったのだ。
そんなヨーベルを見て、ほっこりすると同時に、リアンはやはりアモスの金の出処が気になって仕方ない。
「そうねぇ、この街、なかなか面白いじゃない。一週間、めいっぱい楽しめそうね」
アモスも今は凶暴性を潜め、ヨーベル同様浮かれた普通の女性のようだった。
「途中にあった東洋地区ってのが、すごく興味がありました~。見たこともない建物がいっぱいあって、すごく興味津々です!」
ヨーベルが、パンフレットを見ながらうれしそう。
「確かにね! 妙な屋根の建物が、いろいろ見えたわね、観光プランに加えるのも悪くなさそうね。てか、ヨーベルあんた興奮しすぎよ、顔真っ赤じゃない」
アモスは興奮気味のヨーベルの顔が、やけに紅潮しているのに気づく。
「いやぁ、もう見るものすべてが目新しくって~。興奮冷めやらぬ、といった精神状態なのです~!」
ヨーベルは相当気分が昂ぶってるらしく、酔っ払っているかのようなテンションになっていた。
そんな上機嫌の女性ふたりを前にして、リアンはどこか冷めていた。
「でもさ……。僕らがこうしてる間にも、アートンさんとバークさんは、必死に働いてくれてるんだよね」
リアンが観光を心から楽しめていない理由と、どこか憂鬱な気分は、やはりそこにあった。
男性陣ふたりだけを労働に従事させ、自分たちは遊び回るという行為に、リアンは素直によろこべないのだ。
「ハイッ! ダメよリアンくん! せっかく楽しんでるところに、そんな水を差すようなセリフいっちゃうのは。あいつらは一週間稼ぐって約束して、それで頑張るってヤル気になってるのよ。余計な遠慮をすれば、あいつらのモチベーションも下がるわよ」
アモスがリアンに対してそんな注意をする。
「そ、そういうもの、なんでしょうか……」
アモスの独善的な考えに、リアンはやはり素直に納得できない。
「そういうもの! って、ことにすればいいのよ! このパーティーではね!」
アモスにいわれ、リアンもこれ以上いうのは止めておこうと思った。
アートンとバークのふたりには、申し訳ない気持ちが強いが……。
確かに、空気を悪くするような言動を取るのも良くないと、リアンなりに思ったのだ。
すると、反対車線に停車していたバスが出発するのが見えた。
走り去るバスの後ろに、降車した乗客の姿を見る。
そこでリアンは、ある人物を発見するのだった。
「あれ……」
リアンが反対車線にいる、かなり目立つ人物たちを指差す。
「どうしたんですか~? 珍しい妖精さんでも見つけました?」
リアンに、ヨーベルが尋ねてくる。
「ほら、あの娘、それとあの人たち……」
リアンが指差した先には、宿の娘ヒロトがいたのだ。
さらに、午前中公園で見かけた、気持ちの悪い容姿をした、デモ参加者らしき男性集団も一緒だった。
「ひっどい妖精を見つけたものね、リアンくん。あれって、公園で見た連中じゃない。しかも、あのバカ娘も一緒かよ……」
アモスも、ヒロトたち一団を見つけたのだ。
そして、例の気持ちの悪いデモに参加していた男たちの姿を見て、アモスは露骨に嫌な顔をする。
「あら~、本当です。ヒロトちゃんですね、あの帽子の娘は」
目の悪いヨーベルも目を凝らすことで、なんとか向こうの車線側にいるヒロトを発見できたようだ。
一方ヒロトは、奇妙な男性たちと楽しく談笑している。
男性たちもヒロトを可愛がっているようで、何か食べ物を買ってきて与えている。
しばらくリアンたちは、その様子を遠目で観察していた。
「あいつ、確か学校に行ってないんだっけ?」
朝、リアンが話してくれた内容を思いだし、アモスが彼に尋ねる。
「お母さんとの会話では、そういう感じでした……」
今朝見かけた親子喧嘩を思いだして、リアンは気分が沈む。
「実はね……。公園で、あの人たちと一緒にいた彼女、朝にも見かけたんだ……。あの時は、すぐ死角に隠れて見えなくなったから、見間違いかと思ったんだけどね」
リアンが、午前中にヒロトも、公園の公衆トイレ付近で見かけたことを話す。
「あれれ、そうなんですか~」
必死に目を凝らし、反対車線にいるヒロトたちをヨーベルは見つめる。
「ってことは何? あいつら、朝からずっと一緒に行動してたってわけ?」
アモスが、ヒロトと気持ち悪い男性たちをにらみつける。
「確かあいつら、反エンドールのデモに参加してたわよね……」
嫌悪感マックスな表情でアモスがいい、車道に侵入しそうなヨーベルの服を引っ張りよせる。
「笑っているね、彼女……」
リアンは、今まで見たことない、笑顔のヒロトを見て意外そうにいう。
「仏頂面以外できるんじゃない、あのガキ」
アモスも意外らしく、ヒロトの笑顔で談笑する姿を物珍しそうに眺める。
「変な感じの、人たちだけど……。彼女にとっては、心許せる人たちなのかな?」
「あのキモキモしい、連中がぁ?」
リアンの言葉に、アモスが不愉快そうに口元を歪める。
しばらく観察していたが、ヒロトたち一団は奥の通りに歩いていく。
止めていたバンに、乗り込もうとしていたヒロトたち。
遠目に見ても、けっこういい車だというのがわかる。
キモい男性の中に、それなりの金持ちがいるのだろう。
「いろいろ、気にはなるけどさぁ。あんなの今は、別にどうでもいいわ。あのガキだって楽しそうにしてんなら、それはそれでいいじゃない。ほら、早く行くわよ。おなか空いてんでしょ?」
アモスが、近くのレストランに向かって歩いていく。
ふとリアンが振り返り、ヒロトたちがたむろしている場所を、もう一度確認してみる。
ヒロトはまだバンの前で、デモ仲間らしき男性たちと談笑している。
アモスのいう通り、明るく笑顔で話しているヒロトを見たことで、少し安心した気持ちにはなるリアンだが。
今朝、盗み聞きした内容が、どうしても引っかかる。
母親がヒロトに、「あんな連中と付き合うのは止めておきなさい」と忠告していたのを思いだしたのだ。
あの時は、どんな連中なのかは気にも止めていなかったが、今はハッキリ判明した。
反エンドールのデモ活動という、現状、反社会的な政治活動をしている連中だという事実に。
リアンは、なんともいえない不安な気持ちになってくる。
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