28話 「ふたつの国の宗教」 後編
バスで嫌な冷や汗をかいたリアンは、はじめて来る繁華街でバスを降りる。
リアンの気苦労を知ってか知らずか、女性陣ふたりはさっそくブティックの露天で、楽しそうに服を見ている。
時折発言する、耳を疑うような発言さえなければ、アモスもヨーベルもすごく魅力的な女性なのにな、とリアンは思ってしまう。
アモスの異常なまでの攻撃性や、気性の荒さはバークとアートンも危惧するほど恐怖だったし。
ヨーベルはまだリアンぐらいにしか見せていないが、やはりどこか危なっかしい言動が多い女性で、今後何かしでかしそうな潜在的な恐怖を感じさせる。
今はキャッキャと服を選んで楽しそうにしている、一見普通の若い女性ふたりだが、これからの旅、大丈夫だろうかという不安が消えない。
アモスがヨーベルのために、新しい薄い桃色のジャケットを買ってあげている光景を眺めながら、リアンはひとり考える。
そもそも、アモスのあのお金の出処はどこなんだろうか……。
途端にリアンは不安になる。
「桃色は可愛いと思うのです、だからわたしは大好きなのですよ」
新しいジャケットをさっそく着たヨーベルが、ウキウキしながらアモスにお礼をする。
「アーニーズのジャケットはなんか汚らしいし、処分しときなさいよ」
「え~、せっかくいただいたのに、もったいないですよ」
「余計な、荷物になるだけでしょ!」
そういって、アモスはヨーベルからズネミン号でもらった、アーニーズ海運のジャケットを、路地裏のゴミ捨て場にねじ込むようにして捨てる。
リアンは捨てられたジャケットを見て、なんだか物悲しい気持ちになってくる。
必要以上に物持ちのいい性格のリアンにとって、洋服を簡単にゴミ扱いする行動が、どうも理解できないのだ。
「まだ着れますし、もったいないですよ」
リアンは捨てられたヨーベルのジャケットを拾うと、小脇に抱える。
「アーニーズはズネミン号やあたしたちを、オリヨルで沈めようとした、前科のある企業よ! そんなとこの服を、いつまでも着てるわけいかないでしょ! っていうことだから、リアンくん!」
アモスに突然呼ばれ、リアンは何事かと驚く。
「きみの、そのジャケットも新調するわよ。ヨーベル、リアンくんに似合う服、どんなのがいいと思う?」
アモスがリアンを引っ張りよせて、ヨーベルに尋ねる。
「リアンくんに足りないのは、ワルっぽさですね~。良い子過ぎると人気も頭打ちですから、セリフにももっと、痛々しい感じを追加してみたいですね。オドオドしてるのは、割りと可愛いと思うので、保留しましょう」
「服の話しをしてるのよ!」
ヨーベルの興奮気味の早口を、アモスがチョップ一閃で黙らせる。
「でも、この近所には男物の服屋はないわね。リアンくん、見つけたら買ってあげるから、どういうのが欲しいか考えておきなさい。あっ! それとヨーベル!」
アモスはリアンに一方的にそういったあと、ヨーベルに声をかける。
「そういえばさ! 同じオールズの人間として、さっきの僧兵どもみたいな狂信者見て、あんたどう思った? けっこう好意的に見てたようだけど、ヘボだけど、いち神官としての視点では、本心どう思ってるのか聞きたいわ」
アモスは平然と、意地悪な質問をヨーベルに投げかけた。
ヨーベルはアモスの質問に考え込む。
「へっぽこ神官としての意見ですか? え~と……、そうですねぇ。ちょっと、ビックリはしましたよ」
そういって、照れ臭そうに笑うヨーベルを不安そうにリアンは眺める。
「それだけ?」
アモスが不満そうに尋ね返す。
「わたしの頭の悪さでは、これ以上のことはお答えできません~」
必死に考えたようには思えないが、ヨーベルはこういってこれ以上の発言をしない。
「なんか、はぐらかされてる感じしないでもないけど、まあいいわ」
アモスは、これ以上追求するのを諦める。
「所詮宗教なんて、争い事の元凶でしかないわ。信じていれば救われるなんて、嘘っぱちもいい戯れ言よ! 信じなければ皆殺し! 結局は、そう考えているような連中ばっかりよ。どこの宗派だってね」
アモスの宗教嫌いがよくわかる、相当主観に満ちた発言だなと、リアンは黙って聞いていた。
「立場が変わってたら、あそこで反抗してた連中の神も、オールズと同じことしてた可能性あったでしょうしね」
自分勝手な仮定まで交えて、とことん宗教というものをアモスは信用していないようだ。
アモスの自称無神論者というか、単に宗教が嫌いという思考は、どこから来るものなんだろう? とリアンは少し興味を持ってしまう。
前時代、産業革命が起きて人々の暮らしには、宗教がそれほど重要視されなくなった。
さらに、ニカイドという革新的技術も開発されて、文明度が加速度的に上昇した。
それでも宗教を、時代遅れの悪しき文化としてないがしろにするほど、まだ宗教の力は弱まっていない。
人々の暮らしには宗教がまだ根強く生き残り、人としての生き方の道を示す、道徳的観念としてはまだまだ影響力があったのだ。
ただ、オールズ教会に関しては、あまり良い噂を聞かないのは事実だろう。
アモスにとって、宗教はオールズの印象が直結しているのかもしれない。
ひょっとしたらアモスにとって、オールズ教会は何かしら因縁でもあるのかな? リアンはそんな勝手な妄想をしてしまう。
「実際アモスのいうような、危険な教義で動いていたのが、ハーネロ神国だったんだよね。自分たちに反対するものは、すべて破壊するっていう……」
リアンは伝え聞く、ハーネロ神国が侵した、数々の悪行の行動理由を口にして震える。
「ハーネロどもは自分たちの欲望のままに動いて、善人面しない分まだ好感が持てるわ」
「また、そういう……」
アモスの発言に困ったような顔をして、周囲に聞かれなかったかリアンは警戒する。
「でもさ……。そんな“ 破壊神さま ”も、あっさり滅んじゃったからね。いくら強大な力を持っていようが、化け物を操ろうが……。何故か人の力に負けるのよね。何か、理由でもあるのかしらね? 神って存在がほんとにいるのか、とか思っちゃうわ。とにかくよ! 邪神を崇めようとその逆だろうと、神様や宗教なんて、人の営みには不要なのよ。存在が確かでないものを信じるぐらいなら、自分自身の生き方を貫いたほうがいいわ」
かなりの極論だとリアンは思うが、アモスが実際そういう信念で生きているというのは、なんとなく理解できる。
そして、どうしてそう思うようになったのかという、きっかけが知りたいなとリアンは考えてしまう。
でもそこを突けば、アモスのかなり深い闇に踏み込むことになりそうなので、リアンはやはり訊かないでおくようにしようと思った。
(な、なんか怖そうだしね……)
「神か? 悪魔か? いざ訊かん! 己が頼むは人の力のみ! アモスちゃんの、そういうところカッコイイです~」
ヨーベルが、また妙なセリフをいってアモスを褒める。
妙な間が生まれ、アモスはしばし黙り込む。
「……たまにいう。あんたのそのクソポエムって、なんなの? あと、今の絶対、馬鹿にしてるよね? あたしのことをさぁ?」
不愉快そうにアモスがヨーベルに迫るが、ヨーベルはニコニコとしながらそれを否定する。
「アモスはいろいろ、達観しているね。僕も、正直そういう強い心は、ちょっとだけ羨ましいな……」
リアンが割りと本心で、アモスの強さに憧れを持つのは事実でもあった。
「何よぉ! リアンくんまでっ! しかも、ちょっとだけってのは聞き捨てならないわね」
アモスが、リアンの胸に指を突きつけて迫ってくる。
「いや、羨ましい思いは本当で……。僕はいつもオドオドして、意思も弱いから」
リアンが慌ててアモスに弁明する。
「素直にクソサイコ女とでも、思ってくれてもいいんだからね」
反応に困ることをいわれ、リアンは目が泳いでしまう。
「そうだ、ヨーベル! あんたってもう、ジャルダンに帰る気ないでしょ?」
アモスに急にいわれ、ヨーベルは露骨に狼狽する。
「え、ええっと……。そのですね……」
「わっかりやすい反応ねっ! 教会なんか、これを機に辞めればいいのよ! オールズよりも、この旅のほうが楽しそう、とかぬかしてたじゃない。忘れたとは、いわさないわよ!」
アモスの追求に、ヨーベルはしどろもどろになる。
ヨーベルのオールズ神官絡みの話題になると、どうしてもリアンは「例の洞窟での告白」を思いだしてしまい、彼までも困惑したようになってしまう。
「リアンくんも、そう思うでしょ?」
困惑中に、アモスからそう振られてリアンは驚くが、必死に平静を装おう。
「そ、そういうのは本人の判断に任せるよ。ヨーベル自身が、決断すればいいと思うよ」
そういってリアンは、アモスの言葉をはぐらかす。
「フフン! 確かにね!」
リアンの言葉を、もっともだと思ったアモスが、ヨーベルに指を突きつける。
「あんたはこの旅で、自分が今後どうしていきたいのかを、考えていけばいいわ。教会に戻るのか、それともそのまま、ぶっちかますのかね! 考える時間なら、たっぷりあるんだしね! あんたの選ぶ、生き方の落とし所がどこなのか、それもひとつの楽しみではあるわね」
アモスにそういわれ、ヨーベルは考え込む。
「そ、そうですね~。いろいろ検討してみますね……」
「そして、当たり前のように軽い反応っ!」
ヨーベルの深刻さを感じさせない返答に、アモスが声を上げる。
「進退を深刻に考えていないのなら、あんなインチキ教団なんか、きっぱり縁を切りなさいよね! こんな! エロい身体持ってやがるくせに! もったいないんだよっ!」
アモスがヨーベルの胸を鷲掴みする。
街中で行われる痴態に衆目が集まり、リアンは慌ててアモスを止める。
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