28話 「ふたつの国の宗教」 前編
リアンたちは、一触即発の危機のあった地区から帰ることにした。
ファニール亭方面に向かうバスを見つけたので、帰路はそっちを使うことになった。
あんな騒ぎがあったせいで、この地区をあまり観光できなかったのが残念だったし、見たくもない大騒動を見たのも、リアンは少しショックだった。
何よりも、大事には発展しなかったとはいえ、初めて目にしたオールズ教会の僧兵たちのインパクトが、リアンには強烈だった。
どんな修羅場をくぐってきたら、あそこまで凶暴そうなオーラを発するようになるというのか。
戦闘行為で、多くの人を殺してきたという実績や自信が、人をあそこまで変えてしまうのか。
そんな陰鬱な思考に陥っていると、リアンの視界に実際に人殺しを披露した、アモスの姿が飛び込んでくる。
アモスは、ヨーベルにまたタバコの火を点けさせて、満足そうにしている。
湧き上がる不安な気持ちを振り払い、リアンはアモスのことを今は、深く考えないようにする。
バスの停留所には、リアンたち以外の人は誰もいなかった。
ベンチに腰掛けて、リアンたちはあと三十分後に到着予定のバスを待つ。
「あのオールズの僧兵さんたちって、独特の雰囲気でしたね~。神官っていうより、騎士さまみたいでした~」
ヨーベルが、そういえばと前置きして、そんな話題を振ってくる。
リアンとしては、もう思いだしたくない話題だったが、ヨーベルはウキウキしている。
ヨーベルにとっては、ああいった狂人のような連中も、興味を引く対象なのだろう。
「まるで、中世の時代からやってきたかのようでした! とても貴重なモノが見られて、大満足です」
ヨーベルが、一歩間違えば大事件に発展しかねなかった、さっきの騒動を喜々として語る。
彼女のオカルト好きは、やはり常軌を逸しているような気がするリアンが、ここではどういえばいいのか悩んでしまう。
「だね……」
だが結局、リアンは無難に同意しておくことにした。
「ヨーベルのいう通り、時代錯誤な連中だったわね」
アモスもタバコを吸いながらいう。
「わたし最初、お祀りのコスプレ内容で、揉めているのかと思いましたよ~。あと、あの羽飾り、やっぱり欲しかったなぁ」
ヨーベルが頬を紅潮させて、ウキウキしながらいう。
「そういえば、さっきの集落の人たちって、どこの国の人なんだろう? 僕は、はじめて見る民族でしたよ……」
「ず~っと、西の海を渡った先にある、大陸の人たちですよ」
リアンの疑問に、ヨーベルが答えてくれる。
「へぇ~、そうなんだ……」
妙なところで博識なヨーベルに、リアンは感心する。
「ヨーベル、あんたさっきから、やたら浮かれてるわよね?」
アモスがここで、怪訝な表情で尋ねてくる。
「そんなことないですよ~。怖かったです~」
あからさまに、そう思っていないのがわかるような、ヨーベルの軽い言葉。
アモスは何かをいいかけるが、彼女らしいと判断したのか、突っ込むのは中断したようだった。
「さっきの騒動で、再認識したんですけど。フォール王国は、宗教に関しては自由だったんですよね。初代フォール王が、無神論者だったとかで」
リアンが、多国籍、多宗教国家として成り立っている、この国のルーツを思いだす。
「あら? ブロブ・フォールって無神論者だったのね。なるほど、あたしと気が合いそうね」
アモスがうれしそうにいう。
「オールズ教しか認めていないエンドールと、これからどんどん、宗教絡みで揉めそうな予感がするね……」
リアンが不安そうに、今は平和そうに街での生活をしている人々を見てそういう。
「それは、楽しみな展開ね。宗教絡みの抗争は、大量の血が流れてくれるからね」
刹那、アモスがそんな物騒なことを平然と口にする。
「また、そんなことをいう~」
リアンの言葉に、アモスがフフフと笑う。
「でもさっ! その予感は、さっきの僧兵どもの容貌から、ビンビンに伝わってきたじゃない? 違わない?」と、アモスが尋ねてくる。
「う、うん……」
リアンは先ほど見た、あれだけの劣勢でありながらも、対決姿勢をいっさい崩そうとしていなかった、オールズの僧兵たちを思いだした。
あの僧兵たちを思いだすだけで、リアンは強烈な寒気と恐怖を覚える。
「時代錯誤なクソダサい連中だったけど、狂信者としての覚悟は、マジもんだと思うわ。ハッタリで、あんな格好してるような連中でもなさそうだしね! あれ、軍の仲裁なかったら、普通に殺し合いはじめてたわよ。ったく、余計なことしやがってよ」
アモスが忌々しげにそうにいい、騒動が未然に防がれたのが悔しいという感情を、隠そうともしない。
「中世暗黒時代の、宗教戦争の騎士さまみたいでしたね~」
アモスに同調するように、ヨーベルも楽しげにいう。
「ふたりとも、他人事みたくうれしそうに……」
リアンが困惑したようにいう。
「でも……。こういう争い事、これからますます増えてくるんだろうね……」
「でしょうね~」
リアンの不安そうな言葉に、アモスが当たり前じゃない的な軽さでいう。
「な、なんとか、ならないのかな……」
「なんとかなんか、なるわけないわよぅ。リアンくんなら、平和的に解決できる秘策でもあるのかな?」
リアンの言葉をすぐに否定して、アモスはさらに意地悪な質問をしてくる。
「いえ、特に何も……」
何ひとつ、解決策が浮かばずにリアンはしゅんとする。
「でしょっ! でも、リアンくんが落ち込んだり、悩んだりする必要はないのよ。争い事なんて、当事者の好きにやらせておけばいいのよ。リアンくんは無関係なんだからさ! 部外者がしゃしゃり出てきても、何も解決なんかしないわ。ましてや、国家や宗教が絡んでるのよ。無力な人間のおせっかいなんてねぇ。第三者から見て、滑稽を通り越して不快なだけよ」
アモスが、リアンの良心を完全否定するような言葉を、容赦なく投げかけてくる。
「それは、そうかもしれないけど……」
アモスの無慈悲な言葉に、かろうじてそう答えるリアンだが……。
「不幸になろうが、どちらが勝者になろうが、そんなことねぇ。あたしらには、関係ないのよっ! 気の済むまで、争わせておけばいいのよ! この街のことは、住人たちが判断して、決めていけばいいんだからさ!」
アモスにそこまでいわれ、何もいい返せずにリアンは黙ってしまう。
「あの~」
すると、ヨーベルが挙手しながら話しに参加してくる。
「オールズ教会は神の使いですし、そんなにひどいことしないはずですよ。さっきの人たちも、一応聖職者さまなんですし~」
ヨーベルが、こんな言葉をアモスにいってくる。
「なんか、ビックリするような妄言を聞いた気がするわ。あんたやっぱり、あたしの外道キャラのお株、奪う気なの?」
アモスがキョトンとした表情でいう。
「え~? どうしてですか?」と、ヨーベルは不思議そうだ。
「マジでいってるなら、あんたが一番ヤバいわよ」
「わたし、また何か間違えてる感じですか?」
アモスに不安そうに尋ねるヨーベルが、リアンに助け舟を求めるように視線を送ってくる。
「思いっきりねっ!」
アモスはキッパリと断言する。
「神官やっていたのに、オールズの歴史を知らずにいたわけなの?」
「エヘヘ、面目ないです……」
アモスの質問に、ヨーベルは照れ臭そうにいう。
そんなヨーベルを、リアンは無言で眺めていた。
リアンだけに、ヨーベルはかつてジャルダンで、とんでもない告白をしてきた。
自分は、オールズの神官などではないと……。
真っ暗な洞窟の中、小さな灯りを頼りにリアンとヨーベルは身をよせあっていた。
その時のヨーベルの言葉が、忘れよう、触れないようにしよう、と思っても何度も去来する。
「まったく、しょうがない娘ねっ! まあ、都合の悪いことは、教えたりはしないわよね。今度教えてあげるわ! オールズ教会が過去、信仰の名の元にどれだけの弾圧と虐殺を、行ってきたかっていう、血の歴史をね」
沈黙しているリアンの異変に気づかずに、アモスはそうヨーベルに約束する。
「おおおっ~! とっても興味があります!」
そして、嫌がる素振りを見せもせずにヨーベルはよろこぶ。
盛り上がるふたりの女性の言葉に、リアンは反応しないように努める。
すると、予定よりかなり早く、目的のバスがやってきたのが見える。
リアンはバスが来たことを伝え、そうすることで今のふたりの話題を、打ち切ることに成功した。
ガラガラのバスの最後尾にリアンたちは陣取り、車窓から見える風景を眺めていた。
なるべくさっきの話題に戻らないように、リアンは進んで観光地の案内パンフを取りだし話しをする。
リアンの努力の甲斐あって、バス内では明日以降の観光プランの話しで盛り上がっていた。
バスが街の中心地に戻ってくる。
車窓から見える風景は、賑やかな雑踏と高い建物群だった。
バスにも自然と乗客が増えてきた。
そんな時、信号待ちで止まった車窓から、不自然な更地があることにリアンが気づく。
建物が乱立するその通りにあって、ポッカリと空いた土地。
更地の中心には看板が立ち、オールズ教会建設予定地の文字が書かれていた。
「ここも、教会に買収された土地みたいだね。やっぱりネーブ主教って人が買ったのかな?」
そこまでいって、リアンはハッとしてしまう。
自分で触れないようにしていた教会絡みの話題に、また触れるという失態をしてしまったからだ。
「こんないい場所を買い占めるとか、やっぱ相当金持ってるのね。この近所でも、さっきの場所みたいな揉め事が、後々起きるのかしらね。フフフ、人が多い分余計に大事になりそうね。あたしらが滞在してる間に、面白い展開でも起きないものかしらね」
リアンが思わず頭を抱えてしまいそうになるほど、アモスが邪悪な希望をまた平然と口にする。
「アモス~、そういうのは口にするの止めておこうよ。聞いてて正直、憂鬱な気分になるから……」
さすがに、リアンがアモスに苦言を呈す。
「あら? あたしらには無関係な街なのに、リアンくんはほんと優しい子ね」
しょんぼりしているリアンの頭を、アモスがくしゃくしゃとなで回す。
「アモスちゃんは、リアンくんを悲しませるようなことは、控えるべきだと思います~」
自分の言動も、リアンを苦悩させている一因だというのに、ヨーベルがぬけぬけという。
リアンは苦笑いするしかなかった。
そんなヨーベルに「うるさいわよ!」と、アモスはチョップをかます。
じゃれ合っているいつもの光景なのだが、今日はリアン的に複雑な気分だった。
そんなリアンの、複雑そうな表情を察してアモスがいう。
「リアンくんは、今後の街の悪化ばかり気に病んでるけどさ。この街にとって、案外いいことも多いかもしれないわよ。だって、エンドールは圧政を敷くわけでもないんだし。ここの空き地にも、案外いいもの建つかもしんないわよ。さっきのあたしの予想だって、ちょっとしたジョークよ」
そういうアモスだが、リアンには彼女の言葉はジョークとはとても思えない。
「ひょっとしてリアンくんは……。虐げられてる人を、見るのが苦手なの?」
アモスが、理解に苦しむようなことを訊いてくる。
「に、苦手じゃない、人っているの?」
リアンの当然ともいうべき反応。
「あたしは平気よ」
しかし、アモスはサラッという。
リアンは困ったように、思わず「う~ん」とうなってしまう。
「でもね! 戦時下だものっ! この街は占領されたんだものっ! フォールは、戦いに負けたんだからねっ! 敗者は勝者に従うしかないの」
アモスはかなり大きな声でいったので、周りの乗客が何事かと、後部座席のリアンたちに注目する。
衆目に気づいたリアンが、座席から立ち上がりペコリと頭を下げた。
リアンのその行為で、バスの乗客は何事もなかったように視線を元に戻す。
無駄に愛国心の強い市民が同乗していなかったおかげで、トラブルに発展することがなかったのは運が良かった。
リアンは胸をなで下ろすが、アモスはニコニコとこの状況を愉しんでいるようだった。
どこまでも、トラブルや揉め事が好きな女性なようで、リアンはさすがにアモスのそういった言動に対して辟易してくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます