27話 「一触即発」 其の四

「正直な話しね! 俺らにとっては、フォールがどうなろうが構わないよ」

 いきなりまた、口の中の食べ物を飛ばしながら、野次馬の男がリアンたちにいう。

 迷惑そうに服についた食べカスを、それとなく払いながらリアンが不思議そうな表情をする。

「そうですね……。僕も、その気持ちは同じです。でも、大事な文化を奪われるのだけは、認められないですよ」

「んだな、んだな」とメガネの若者に同意する中年男性が、また羽飾りをワサワサさせながらうなずく。

「えっと……」

 彼ら地元住人たちの意外な言葉に、リアンは引っかかる。

「フォールは、どうなってもいいんですか?」

 そうリアンは尋ねてみる。


「ここの地区の住民はね、数年前に祖国から一斉に入国してきた、移民ばかりだからね。僕ら同様、住みだしてまだ日が浅い人々が多いのさ」

 メガネの若者が、リアンにそう教えてくれた。

「そういうことさっ! フォールという国には恩義こそあるが、正直その程度さ!」

 モグモグまだ何かを食いながら、リアンに話しかけてくる隣の男。

 距離を離しても、すぐ詰めてきて食べカスを飛ばしてくるので、リアンはかなり迷惑そうだった。

 しかし、かなり貴重な会話を聞けたとリアンは思った。

 住んで年月の浅い住民なら、反エンドール感情も少ないだろうし、愛国心というのもそもそもないに等しい。

 彼らにとってはフォールへの忠誠よりも、祖国の文化や風習のほうが大事なのは当然ともいえる。


「ねえ、あたしたち旅の人間でさ。まだよく、この街の状況分かってないのよね。さっきにいさん、オールズ教会が土地を買い取ったとかいったけどさ。それが原因っていうのは、どういうこと?」

 アモスがメガネの若者に尋ねる。

「えっと、オールズ教会は今このサイギンの土地を、買い漁ってるみたいなんですよ。なんでも、オールズ布教のために教会を建てるんだ、とかいってね」

 アモスのチラチラ見える、胸の谷間をかなり意識しながら、若者ははにかむように赤面しつついう。

「んだ、この地区の住民は、その申し出に最初反対してたんだべ。ワシらだって、オールズ教が排他的な一神教という事実は、知っとるからなぁ。のちのちの災いに成りかねんちゅうて、断ったんだべよ」

 この地区の住人は、かなり情報共有が行き届いているらしいのが、彼らの話しぶりでわかる。


「でもなっ!」

 食べカス男が話しだしたので、リアンはすぐさま場所を移動する。

「大金に目が眩んで、一等地を売り払った、裏切り者がいたんだよ。そしたら、この騒動だよ!」

 怒り心頭、食べカスがリアンの立っていた場所めがけて飛び散る。

「なるほど、にいさんがいってた、嫌な予感の正体もそれなわけね」

「ええ、オールズ教会の交渉人を、地区の代表者が、かなり邪険に追い払ったってのも聞いてます。それで余計な恨みを買ってしまって、今回のような騒動に発展したんじゃないかって……」

 はにかんだ若者が、アモスから視線を逸らしていう。

「そういうことっ! きっと今回のは、オールズ教会の報復の一貫なんだろうよ」

 また食べ物を食いながら、興奮気味に食べカス男がいう。


「教会を建てるだけなら我慢できただがよ、いきなり祀りさ止めろってね。御神体を壊せだとか、無茶な要求してきたんだでよ」

 羽飾りがワサワサ揺れるのを、興味深そうにヨーベルが眺めている。

 さっきからヨーベルは会話の内容よりも、この人物の羽飾りが気になって仕方ない感じだった。

「ほうほう、なるほどねぇ。だいたい理解できたわ、ありがとね」

 アモスが住人たちに、素直に礼をいう。

「でも、ずいぶんひどい話しですね……」

 リアンが、騒ぎの静まった広場を見ながらいう。

 広場では、エンドールの軍人と住人たちが、まだ話し合っている様子が見える。

 エンドール軍とは関係が良好らしく、地元住人は騒ぎもせず、冷静に軍の代表者と話し合っているようだ。


「まったくだっ! ネーブとかいう、あんな胡散臭い坊主に身売りするからだ!」

 貪り食いながら、忌々しそうにいう男。

「ネーブ? ネーブってのは、確かオールズの相当高位の坊主だっけ?」

 アモスが、食べカスを撒き散らす男に不快な表情を向け、彼ではなくあえてメガネの若者に尋ねる。

「ええ、オールズ五主教、っていう教会幹部のひとりみたいです。その、僕もその人を実際に見たんですが……。とても、聖職者とは思えない容姿と、行動をしていましたよ」

 存在を思いだしただけで、うんざりしたように若者がいう。

「んだ、報道でいろいろ醜聞は目にしてたがなぁ。想像を、はるかに超えた男だったべ」

 アモスは今朝見た記事の中から、ネーブ関連の話題を思いだす。

 しかし、今日は偶然ネーブ関連の目立った報道がなかったので、それほど気になっていなかったのだ。

 かなりの俗物主教、という噂は耳にしたことはあったが、実物を見たことがないのでアモスはそこまで意識していなかった。

 バークが、ネーブ主教がサイギンで布教活動しているという話しをしていたのを、なんとなく覚えていた程度だった。


「ああ、気味の悪い笑い方をしてたしな! ありゃあ、神官の格好をした詐欺師だ! 騙し取った金で、ブクブク豚みたいになりやがったんだよ!」

 勝手にネーブを詐欺師扱いして、唾と食べカスを撒き散らしながら男がいう。

「ネーブ主教って人は連日、昼間っから街で豪遊してるって噂みたいですね。おつきの連中をゾロゾロ連れて、大移動するさまは、壮観ではありましたけどね」

 若者がそういい、ネーブ主教が今後、街にどういった影響を及ぼすのか不安そうにする。

 サイギンという街にとっては、エンドール軍以上に、オールズ教会の方が確実に不安材料だったのだ。


 リアンたちはその場から立ち去り、未だに話し合っているエンドール軍と、地元住人を陸橋の上から眺める。

 祀りの本番は三日後ということを訊き、リアンたちは今日はこの場所を離れることにした。

 おそらくエンドール軍が、オールズ教会と話しをつけて、祀りは無事に開催されるだろうとリアンは思うことにした。

 その時に、また来てみようという話しに落ち着く。

 ヨーベルがうれしそうにしている。

「そういえば、あのイカす羽飾り、お土産で売ってないでしょうか~。わたしもひとつ欲しいです」

「あれは、ワサワサうるさいからダメ!」

 アモスがヨーベルの願いを一蹴する。

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