27話 「一触即発」 其の三

 そんな中、下り坂から車が数台、猛スピードで走ってくるのが見えた。

 クラクションを鳴らし、道行く人々を追い払いながら騒動の中心に突っ込んでくる。

 騒動の中心の民衆と、僧兵たちもその車列に気がつく。

 やってきたのは、エンドール軍の運搬用車両だった。

 五台の軍用車は、騒ぎの中心地付近までやってくると、ブレーキ音を響かせて急停止する。

 乱入してきたエンドール軍の姿を目にして、広場はさらに緊張が走る。


 停止したと同時に軍用車から、ゾロゾロとエンドール兵士が出てくる。

 オールズの僧兵たちが、冷たい表情で武装したエンドール兵をにらみつける。

 僧兵団のリーダー格の男が、車から出てきたひとりの軍人を見て舌打ちをする。

「ネポロ司祭! お久しぶりです!」

 そういって敬礼をしてくるエンドールの軍人。

 軍服の肩章から、彼がエンドール軍の少将であるのが、わかる人にはすぐわかる。

「銃は構えるなよ、わたしが話しをつけるからな」

 やってきた少将は部下にそう伝達すると、ひとりで騒動の中心人物の僧兵の元へ歩いていく。


「ステー少将か。どこで聞きつけたかは知らないが、相変わらず我らの行動に対しては迅速だな」

 ネポロ司祭と呼ばれた、僧兵団のリーダーが口元を歪めていう。

「わたしも、これでも敬虔なオールズ信者なのですよ。オールズ神からの天啓を受けまして、こうして飛んできた次第です」

「天啓だと?」

 ステー少将の言葉に、ネポロ司祭が不快な表情をする。

「フン、相当急いでいたようだな。軍服の下は寝間着か、普段着か? ずいぶん浮かれた柄が、お好みなようだな」

 軍服の上着の袖口からのぞく、派手なシャツを指差してネポロ司祭がいう。


 ステー少将はチラリと袖口を見て、午前中の任務で着ていたシャツが、そのまま見えていることに気がつく。

「住民とのトラブルは、今後のフォール統治にとっては、大事に発展しますからね。仰る通り、治安を守る身として飛んできたわけですよ」

 そういうとステー少将は、住民に向けて視線を移す。

 突如現れたエンドール軍に対しても、警戒心を解いていない地元住人たちは、緊張の面持ちでステー少将の言葉を待つ。

 エンドール軍が地元住人に味方するのか、それともオールズ教会に与する仲間なのかは、現時点ではまだわからないからだ。


「代表者と話しがしたい、我々はあなた方の敵ではない。武器を降ろして、話し合いの場を設けられないか?」

 ステーの言葉に、地元住人たちが安堵したような表情になる。

 そしてその光景を、ネポロ司祭含めたオールズ教会の僧兵たちが忌々しげに眺めている。


 その状況を、リアンたちは陸橋の上から見ていた。

 リアンたちには、広場で行われている会話まで聞こえてこないから、不安そうに眺める。

「エンドール軍だね……。仲裁に来てくれたんだよね、きっと」

 リアンが、やってきたエンドール兵を見てつぶやくと、「ちっ! みたいね……」というアモスのすごく不満そうな声がする。

 ひとりのエンドール軍の代表者らしき軍人が、殺気立っていた住人たちの前で、何かを話しているのが見える。

 すると、住民たちが安心したように武器を降ろす姿が見えた。

 それを見てリアンは、安堵のため息を漏らす。

 一方アモスは、露骨につまらなさそうに表情を険しくする。


「あれ? 騎士さんたち、帰っちゃいますね」

 ヨーベルがいうように、騎士たちが広場から去っていく。

 立ち去る僧兵集団に、地元の住人たちによる帰れコールが再び投げかけられる。

 僧兵たちは、止めていた大型バンに乗り込んでいく。

 地元住人たちの歓声が湧き上がる。

 僧兵たちを乗せた大型バンは、そのままその場から走り去る。

「良かった、何事もなくて……」

 気の弱そうな学生の男が、胸をなで下ろす。

「んだ、最悪の事態は避けられたかぁ……」

 頭に被っていた羽飾りを取り、汗を拭いながら中年男性も安堵している。


「昨日、オールズ教会の代表者を名乗る人間が運営にいきなりやってきて、祀りを中止しろと警告してきたらしいんですよ。でないと、強硬手段を執ると脅してきたらしくて、今日は朝から、一日中ピリピリしてたんですよ。最初は、まさかそこまでするとは思っていませんでしたが、本当にやってくるとは思いませんでした……」

 メガネを取り、目頭を抑えながら緊張した眼窩をほぐし学生がいう。

「なんか、すんなりと解決した手際の良さが、エンドールの自演臭いよなぁ。だいたい、そんな横暴なこと、いくらなんでも本気でするかね?」

 もちゃもちゃと、まだ謎の食い物を食べながら、野次馬の男がそんな持論を展開する。

 確かに、一色触発の状況にタイミング良く、エンドール軍が現れすぎたような気もする。

 エンドールがサイギン市民の支持を得るために、オールズの悪評を利用して、今回の騒動を起こしたという疑惑も消えない。


「でもさぁ、あの僧兵ども、本気で強行手段を取りそうな連中だったじゃない。芝居だとしても、あそこまでの殺気はそう出せないわ。それに自演だとしたら、この国のマスコミどもが放っておくかしら。武力衝突を回避したエンドール軍とか、マスコミ利用して記事にさせるんじゃない? でも、どこにもマスコミの姿が見えないのは、ちょっと不自然よ」

 アモスのいう言葉に賛同してくれる、若者と冠中年。

 持論を否定された男は、バツが悪そうに無言でまた食べはじめる。

 アモスの言葉を聞いて、リアンは話し合いをしている地元住人と、エンドールの代表者らしき人たちの周囲を見渡してみる。

 確かにアモスのいう通り、マスコミの姿はなかった。

 この国のマスコミはすでにエンドール軍にべったりで、好意的な記事しか書かないと朝バークたちと、宿で話していたのをリアンは思いだした。

 ならば、「絶好のネタ」になるというアモスの言葉は、とても真実味があった。


「オールズ教会は、忌々しい連中だけどね……。エンドール軍はいちおう、フォールの住人の味方で、いてくれるようで安心ですよ」

 メガネをかけた若者がいう。

「エンドール軍は、住民感情を配慮してくれてるみたいですね」

「んだ、今のところ悪い噂も聞かねし、助かってはいるだよ」

 リアンの言葉に、訛りの強い中年男性は何度もうなずく。

 サイギンの市民にとっては、侵略者であるエンドール軍なのだろうが不思議と高評価だった。

 一方で、反エンドールを叫ぶ過激な人たちもいれば、安定を望む人々もいる。

 占領下の街ってのは、こういうものなのかどうかという判断基準が、リアンの中に存在しないので、どこかモヤモヤした気持ちになる。

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