30話 「同じ穴のムジナ」 後編

「はい、お飲み物の追加でしょうか?」

 アモスの呼ぶ声に反応して、チョビ髭を生やした店主が質問してくる。

「不愉快だから、そのゴミどっか見えないところに、やってくれない?」

 リアンの悪い予感が的中する、アモスの容赦ない発言。

 アモスの指先にあるオールズ像を見て、顔が引きつる店主。

「ちょ、ちょっとアモス……」

 焦るリアンだが、店内ではさざ波のような笑いが起きてすぐに静まる。

 他の来客にしたら、今オールズのことを悪くいうわけにはいかないと思って、関わらないようにした感じだった。

 しかし、面白い展開を期待しているような来客たちは、黙々と食事を継続しながら耳をそばだてる。


「アハハ、これはですねぇ……」

 一変した店内の空気に苦笑いしながら、店主がアモスの質問に答えようとする。

「ネーブ主教さまっていう、偉い神官さんから買ったんですよ」

「買わされた、の間違いじゃないの?」

 アモスがニヤニヤしながら、すぐさま訊き返す。

「ま、まあ、そうともいいますが……」

 店内の雰囲気を気にしつつ、店主は慎重に言葉を選ぶ。

「でもね、これが店にあるだけで、いろいろ恩恵もあるんですよ」

「こんなインチキジジイが、人を幸福にできるもんですか。具体的に、どれくらい売上伸びたの?」

 アモスの言葉に青くなるリアンと、表情を強張らせて食事をする来客たち。


「いや、まあ、あれです……。これがあると、いろいろ厄介な連中が、よりつかなくなるんですよ」

「厄介な? 今話してるあたしは優良なのね、良かったわ」

 店主の言葉に、アモスが嫌味っぽくいう。

「どうせさぁ。買わないと、ひどい目に遭うぞ! とか、脅してきたんでしょ? 連中なら、やりかねないわ!」

 リアンが、アモスの袖を引っ張って黙らせようとするが、アモスはしゃべりを止めない。

「いえいえ……。なんでも、オールズ教会の内部でも、いろいろ派閥があるらしく。お金さえ払えば、ネーブさまっていう主教は、けっこう面倒見がいいって評判なんですよ。その他の主教さんは、何かと面倒な方々が、多いみたいらしくってね。どうせ改宗させられるのは目に見えていますから、今の内に前評判のいい、ネーブ主教の庇護にあやかろうって思ったんですよ。この近所の商店は、全部もうネーブ主教さまと、お関わりになってるかと思いますよ」

 店主がかなり言葉を選んで、アモスに親切に解説してくれる。


「客商売やってると、厄介なことも多いものですからね。エンドールって意外と政府や軍よりも、教会のお力が強いでしょ? 早い目に、教会に擦りよっておくのがオススメって、けっこういわれてますからね」

 店主の言葉に、うんうんとうなずいている他の来客の姿も見える。

 リアンもなるほどと思い、店主の言葉を聞いていた。

 しかしアモスは、まだ席に座らず、何か訊きたいことがあるようだった。

「要はあれかしら? ネーブって豚に、みかじめ料を支払ったってことなのね」

 どこまでも挑発的なアモスの言動に、リアンはヒヤヒヤする。

「そういう、感じですかね……。でも“ 以前の連中 ”に比べたら、後ろ盾もしっかりした組織ですからね……」

 マスターは苦笑いをする。


「教会もチンピラも、結局は同じ穴のムジナってことね」

「そ、そういうことに、しておいてください」

 アモスの言葉に、店主は冷や汗を流しながら答える。

「なるほど、なんとなくわかったわ。ありがとね」

 アモスは、意外と素直に礼をいって席に座る。

「それは良かったです。ところで、オススメのお飲み物でも、お淹れしましょうか?」

 店主がコーヒーメーカーを取りだして、アモスに勧めてくる。

「そうね、因縁吹っ掛けるようなこと、したわけだしね。迷惑料として、三人分注文しとくわ」

 アモスがそういうと、店主が笑顔で礼をいう。

 店内も、一段落したようなアモスと店主の会話に納得して、元の静けさに戻る。


 来店していたお客が帰り、新しい客が入店しだしてくると、店主が自らコーヒーを持ってきてくれる。

「さっきは、すみませんでした」

 テーブルに来た店主に、アモスではなく、リアンが開口一番謝罪を口にする。

「いえいえ、大丈夫ですよ」という店主。

「ほんと? うっとおしい客と思ってない?」

 アモスがニヤニヤしながら、テーブルにコーヒーを並べる店主に尋ねる。

「いやほんと、大丈夫ですよ」

 そういって店主は顔をニヤけさせる。

 アモスの胸元の谷間が、視界に入ってきたので、思わず破顔してしまったのだ。

 ここで、店主は先程質問してきたアモスだけでなく、同席の金髪の女性も、相当いい女だと気がついたのだ。


 店主がヨーベルに、にこやかに笑いかけながらコーヒーを渡す。

 笑顔でヨーベルが礼をいうと、また店主がうれしそうな顔をする。

 そんな店主に対してヨーベルが、わざわざ挙手し、距離感無視して話しかける。

「あのっ! いいですか!」

 いきなり話しかけられたので驚いたが、ヨーベルの顔を見て、うれしそうに小鼻をふくらませる店主。

「教会に、お金を払えば、助けてくれるってことですか~?」

 いきなりヨーベルが、そんな質問をする。

 その場にいた全員が、理解できずに呆然とする。

「ネーブ主教、って人のこと訊いてるの?」

 リアンが、ヨーベルに対して質問する。

「ああ、そのことかよ、いきなりだな」

 アモスが理解したようにいう。


「今のところ、占領下でも、それで何事もなく営業できてますからね」

 店主がヨーベルに笑いかけていう。

「ネーブさんって人は、いい神官さま、ってことですか?」

「何、こだわってるのよ?」

 アモスは、タバコをくわえながらヨーベルにいう。

 一方店主は、ヨーベルの言葉に考え込む。

「いい人……、とは思えないですが……。わかりやすい人、ではありますね……」

 店主は、言葉を濁してそう答える。

「ほぉ~!」と、ヨーベルはものすごく納得したように、何度もうなずく。


「何か、気になることでもあるの?」

 リアンが、ヨーベルに不安そうに尋ねる。

 アモスのいう通り、妙にこだわっている感じが心配だったのだ。

「いえいえ~」

 ヨーベルはニッコリと笑って、リアンの不安そうな質問をいなす。

「ヨーベル、火はまだなの?」

 アモスが口にタバコをくわえたまま、ヨーベルの頬をつねる。


「ところで。お客さんたちって……」

 アモスのタバコに火を点けてるヨーベルを見ながら、店主が近くによってくる。

 チラリと、接客をしてるウェイトレスの娘を、盗み見るような視線を送る。

 そして、口元を手で隠しながら、こっそり話しかけてくる。

「どこのお店の新人さん? お店教えてくれたら、通っちゃうよ?」

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