10話 「宿の厄介な人々」

 一方、先程リアンに暴言を吐いてブツブツを独り言をいっている少女が、バークたちが泊まろうとしていた宿に入っていく。

 屋号はファニール亭。

 宿のエントランスに入った少女が、そのままカウンター前を突っ切ろうとする。

「そこで待ち伏せて……。一気に銃を乱射して……。入口付近は、警備も手薄だからな」

 何やら物騒なことを口にしている少女は、まだ視線を上げないで、足元をにらみつけるように歩いている。


 カウンター下の引き出しの中の、台帳整理をしていた女性従業員が、その少女に気づく。

「あっ……。ヒロトお嬢さま、お帰りなさい」

 ヒロトと呼ばれた少女が、女性従業員の挨拶を完全に無視する。

 唖然とする女性従業員だが、いつものことだろうと思い直して、ヤレヤレとつぶやきながら台帳の整理を再開する。


「売国奴どもを一網打尽にして……。動かなくなったヤツらのくっさい肉塊から、ハラワタ引きずり出して」

 呪詛のように物騒なセリフをいいながら、宿の奥に歩いていくヒロトと呼ばれた少女。

 少女の行き先には、同じ敷地内にあるパン屋の裏口があった。



 そんなヒロトと呼ばれた物騒な言動の少女のすぐ側、敷居として使われている植木の向こうでは、数人の男たちの談笑する声がしていた。

「冗談キツいぜ! ほんっとかよっ!」

 赤いフレームのメガネをかけた、ツンツン頭にしたチャラそうな外見の男が、不満の声を上げる。

 少し動いただけで、腕や首にかけたアクセサリーがジャラジャラと音を立てる。

 男の名前はケリー。

 実年齢は三十を超えてるのだが、見た目のせいもあり、かなり若く見える。

 自分のルックス等に自信があるのだろう、一挙手一投足やけに芝居がかった、大仰しい仕草にそれが現れている。

 実際彼は人目を引く、なかなかの容姿を持つ男だった。


「あのふたりがミナミカイへ?」

 銃の手入れをしていた、いかつい禿頭の屈強そうな男がゲンナリしていう。

「ちっ、またヤツらの、スタンドプレイかよ……」

 忌々しげにいう男の名前はゲンブ。

 テーブルに広げた銃弾を、銃の弾倉に詰めていく。

 銃器の専門家らしく、他にも多くの物騒な銃が、テーブルの上に乱雑に並べ置かれている。


「なんでだよぉ、色男?」

 不満いっぱいの顔をしたケリーは、自分の隣にいる帽子を被った男に指を差して訊く。

 チャラチャラうるさいケリーに指を差され、隣の男は露骨に不機嫌な顔になる。

「……気になる組織が、いるんだと」

 舌打ちをしながら、棋譜を見ながらチェスをしていた手を止めて、ぶっきらぼうにそう答える。

 帽子を目深に被った男は、チャラい男を一瞥すらせず、チェス盤の動きを熟考している。

 アバタだらけの顔に汚らしい無精髭、椅子の上にチョコンと正座している彼はエンブル。

 明らかに異相をした、身長が百五十センチにも満たない小男だった。

 隣のケリーとは正反対のような醜男で、エンブルは陰気で鬱屈そうな雰囲気を撒き散らす。


「そいつらを今のうちに、調査しておきたいってことだ……」

 エンブルがチェスのコマを動かしながら、ふたりの仲間を見もせずにいう。

「前話していた“ レーナーの巫女 ”とかいう連中の事か?」

 弾倉に銃弾を込めながら、ゲンブがエンブルに訊いてくる。

「巫女っていうからには、宗教団体って認識でいいのか? あれってよぅ?」

 アクセサリーを鳴らし、メガネの位置を直しながらケリーも訊いてくる。

「急速に、そういった組織に変容しつつあるといっていた」

 エンブルが面倒そうに答える。


「前、話し聞いた時は、巫女さんが“ 奇跡 ”とやらで、患者を治すって話しだったが」

 弾倉をテーブルに置き、若干半笑い気味でゲンブがいう。

「ああ、あの記事の女か!」

 ケリーが思いだしたように手を打つ。

「遠目の写真だったが、それでもわかるいい女臭だった! その巫女さまったら、どんな治療をしてくれるんだろうな?」

 メガネの奥の目を爛々と輝かせながら、ケリーのテンションが上がる。

「まだ見ぬ巫女さまへの、この感情! これって、恋ってヤツなのかぁ~! ああんっ!股間がムズムズするぜ~」

 クネクネしながら身悶えるケリーを、エンブルが冷ややかに眺める。


「……連中さらに、奇妙な武装化もしているとのことだ」

 そんなケリーを無視して、エンブルはつづける。

「奇妙ってのは、なんだよ?」

「時代錯誤なんだとさ」

 ゲンブの質問に、視線を合わせないままエンブルが即答する。

「時代錯誤? マイルトロンの連中みたく、中世で時間が止まってるような感じか?」

 ゲンブが、少し興味深げに尋ねてくる。

「それもあるが、もっとなんかこう……」

 チェスから視線を外し、エンブルは適切な言葉を探す。

「いかがわしいみたいな、禍々しいみたいな……」

「おまえ、みたくか?」

 エンブルの言葉に、ケリーがまた挑発してくる。

 しかしそれを、エンブルは当然のごとくスルーして相手にしない。


「らしくない、ずいぶん抽象的な言葉だな」

 ゲンブが、小馬鹿にしたようにエンブルにいう。

 ゲンブの嘲笑気味の言葉に、若干イラつきながらエンブルが口を開く。

「……何にせよ、調査するのなら、早いほうがいいってのは俺も同感だ。カイ内海は今渡らなければ、今後、渡航できなくなるかもしれないからな!」

 ここでエンブルが、ゲンブをにらみつけるように見る。

「で、そのふたりの空いた穴を……。俺らが埋めるために、キタカイへってことか」

 エンブルの視線など気にもせずに、つまらなそうな感じでゲンブがいう。

 諦めに似たようなため息をつき、ゲンブは別の銃を手にする。


「いや、いや、いやっ! な~んかさぁ~!!!」

 ここでケリーが声を荒げる。

「なんで俺たち、あのふたりのやり残しばっか、やらされてるわけよ! ここでの任務といい、すっげえ退屈だし! 納得いかねぇんだけどさぁ!」

 ケリーが明確な不満を口にして、椅子にもたれかけてガタガタと揺らす。

「ダダをこねるな子供かよ……」

「そういうとこが、イイっていう女もいるのよ?」

 エンブルのつぶやきに、ケリーがすぐさまニヤニヤしながら返す。

「知らね~よ……」と、ケリーの挑発めいた言葉に、エンブルは忌々しそうに返す。


「で、おまえは今朝いってた連中、ちゃんと調査したんだな?」

 ゲンブが手にした銃のストックで、ケリーを指しながら確認してくる。

「まだ途中だぜ!」

「退屈してる場合かよっ!」

 ケリーの当たり前のように放つ怠慢な言葉に、エンブルがすかさずに怒鳴り声を上げる。

「どうせ、すぐ出発するんだしさぁ~。この仕事も、さっさと引き継いでもらえばいいんだよ」

 悪びれることなく、ケリーは胸ポケットから出してきた手帳をポンポンとたたく。

「おまえの調査が終らないことには、俺もそれができないんだよ……。せ、せめて、約束した連中の、調査ぐらい終らせておけよ」

 汚い肌をプルプルさせながら、エンブルが搾りだすような声を漏らす。


「それでも、対象が多すぎるんだよ~。ウタにフォーン、あのふたりも使えないぜ! もうちょっと、有害そうな連中に絞っていけよな! レーナーの巫女の調査だとかいって、このつまんね~任務から、逃げたかったんだろうよ!」

 憶測を口にしながら、怒りがヒートアップしてきたケリーが、手帳を開いてさらに手でたたく。

「俺が保証してやるよっ! 絶対に、ヤツらにゃ何もできやしないって! おまえらも、ここに書いてる連中! 実際に見てみろよ! 同じ感想持つはずだって! 完全に人生詰んだような……」

 ケリーが手帳を開いて見せ、不満を爆発させながら、ふたりからの糾弾に反撥する。


 そんな愚痴を話している三人組のすぐそばを、パン屋の裏口から出てきたヒロトという少女が、店のパンをかじりながら歩いている。

 パンに憎しみをぶつけるようにかぶりつきながら、まだ呪詛めいたことを、ヒロトはつぶやいていたりする。

 ヒロトは左手側にある階段に足を掛け、二階にある自分の部屋に戻ろうとした。

 階段を上がる足音に気づいたケリーが怒りを止め、後ろを振り返る。

 そして敷居の植木の隙間から、自室に戻ろうと階段を昇るヒロトの後ろ姿を発見するケリー。

「おっ! ヒロトお嬢ちゃ~ん、おっかえり~!」

 いきなりケリーから声をかけられて、ヒロトは飛び上がらんばかりに驚く。

 振り返り階段から見下ろすと、数日前から宿泊していた謎の三人組のひとりが、自分に向けて笑顔で手を振っていた。


 ヒロトはそのまま返事もせずに、逃げるように階段を駆け上がって自室にダッシュする。

 ヒロトが自室に閉じこもった音が、階下のケリーたちにも聞こえてくる。

「あんな子供にまで、色目使ってんじゃねえよ……」

 エンブルが、心底呆れたようにいう。

「さっきの小娘、ここの宿のひとり娘だったよな?」

 ゲンブがそういって考え込む。

「たしか例の……」

「あの娘は、磨けば光るぜっ!」

 ゲンブが、何か思いだしていおうとしたのを遮るように、ケリーが力強く断言する。

「知ってるか? ここの女将も、かなりの上玉だ! あの娘も、その血を確実に引いてる!」

 ケリーがニヤニヤしながら、下心を隠そうともせず口にする。

「またその手の話しかよ、知らね~よ……」

 隣のエンブルが、興奮気味のケリーに対して、侮蔑したような口調で吐き捨てる。


「さてと~。色ボケは無視して、俺は残りの仕事を片づけてくる」

 そういって、ゲンブは立ち上がる。

「お前も嫌いじゃないくせによ~。今夜もどうせ、お隣さんでお楽しみなんでしょ! せいぜい、お病気にはお気をつけくださいね!」

 テーブルの上の銃をカバンに入れているゲンブに、ケリーが厭味ったらしく馬鹿にしたようにいう。

「その言葉、そっくり返してやるよ!」

 ケリーに対してゲンブがきっぱりと返す。

 ゲンブは休憩室から宿のカウンターにやってくると、そこにいる従業員と軽く挨拶する。

 ゲンブは、すっかり宿の従業員とは顔馴染みとなって、仲良くなっている。


 ゲンブたち三人組は、エンドール軍がサイギンを占拠したのと同じ日から、この宿に宿泊している客だった。

 本来は宿泊施設として、長期滞在を目的とする客が少ない宿ないのだが、彼らは珍しくこの宿を拠点にしてくれているのだ。

 物騒な感じであまり印象がよろしくない宿泊客だったのだが、金払いがいいのと、意外と社交的なゲンブとケリーのおかげで、従業員もかなり心を開いてくれるようになっていた。

 元々利用客の身元をあまり詮索しないタイプの宿なので、宿側も彼らの正体が何者なのかは今でもわかっていない。

 銃を平然と広げる物騒な連中だが、あまり詮索しないでおこうというのが、宿側のスタンスになっていたのだ。

 それほど、お金に関しては気前が良かった連中だったのだ。


 重たそうな銃の詰まったカバンを持ったゲンブが表に出ると、すっかり空は暗くなっている。

「陽も落ちたか……。早く届けて、俺もお楽しみと行きたいとこだな」

 ゲンブが宿の隣の、建物入口にたむろしている娼婦たちをニヤリと眺める。

 彼に気づいた娼婦たちがゲンブに色目を使ってくるが、ゲンブは卑猥な形にした拳を彼女たちに突きだすと、反対方向に向けて歩きだす。

 娼婦たちが、うれしそうな表情になる。

 ゲンブは彼女たちにとって、ここ数日間の上客だったからだ。

 目的地に向かうゲンブだが、パン屋入り口付近で、リアンたち一行が何やら話しあってた。

 だがこの時のゲンブは、リアンたち一行を気にも留めない。


 ヨーベルが、土手の下に何かを見つけたらしかった。

 ヨーベルがそこを指差しながら、うれしそうにはしゃいでいる。

 そんなヨーベルに対して、バークとアートンが困ったような反応をする。

 リアンがぼうっと、橋の下にある建物を眺めていた。

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