11話 「ここが野営地」

 バークが宿泊を予定していた宿の、すぐそばにあった橋。

 土手を降りた橋の真下に、その小屋はあった。

 質素ながらしっかり作りこまれた小屋で、物置や資材置き場として使われている倉庫ではないようだった。

 明らかに人が住めるような作りになっており、たたまれたマットと毛布が内部に片づけられている。

 小屋の内装もそれなりに手入れされており、今は誰もいないが、最近まで人が住んでいたのがわかる生活感があった。

 アモスが、小屋の外観を眺めたのち怪訝な顔をする。

「あんたら本気なの?」

 そういって、目の前でニコニコしているヨーベルとリアンに、改めて真意を尋ねる。

 アモスは、まだ納得していないという感じだった。

 小屋の外観を眺めながら腕を組んで、ふたりに話しているバークとアートンの姿をチラ見する。

「そ、そうだって! こんな所に正気かい?」

 アートンが、うろたえたようにリアンとヨーベルにいう。

 アートンにしたら、ふたりが提案してきたプランをなんとしても、拒否したかったのだ。

 しかし自分のミスで、ほぼ一文無しになったという自責の念も相まって、いまいち強く出られなかった。


 ヨーベル曰く「橋の下で見つけた小屋で、一晩過ごせばいいじゃないですか~」と、いうことらしい。

 リアンも彼女に同調して、そのプランを強く推してきたのだ。


「別に君らは、宿に泊まってくれても平気だから」

 バークも諭すように、ヨーベルとリアンに話してみるが、ふたりは頑なだった。

 困ったように、バークが小屋の外周を歩いて確認してみる。

 確かに、一晩を明かすぐらいなら、できるかもしれないだろう。

 しかし小屋の規模的に、五人が入ると窮屈すぎるのが気になるのだ。

「ほら、残り少ないせっかくのお金、もったいないですよ。節約して大事に使わないと」

 常識的に考えると、リアンのいう通りなんだろうとバークも同意できる。

 しかし狭い小屋に、うら若き女性と密着するような感じで一晩過ごすということに、バークの中で抵抗があったのだ。

 本来なら、よろこぶべきシチュエーションかもしれないが、バークは素で女性には気を使いすぎる純朴な気質のため、素直に賛同できなかったのだ。


「一晩だけなら、僕たちもあそこでいいですから。ヨーベルも大丈夫っていってるし」

 リアンの言葉に困惑しっぱなしのアートンが、まだ諦めさせようと食い下がっている。

 しかしバークは、どう話しても平行線な気がしてきた。

「野宿、バッチこいですっ!」

 心配そうなふたりの男性を気にすることなく、ヨーベルがサムアップする。

 リアンは、改めて小屋の中をのぞき込んでみる。

「意外と、中は広くて綺麗だし。寝るスペースも寝具も完備されてますよ」

「いや、やっぱりだな……。こんなところに、君らまで寝かせるなんてできないって!」

 なんとかして諦めてもらいたいアートンだが、リアンとヨーベルの意見は頑なだった。


「ここは俺を助けると思って、君らは宿に泊まってくれないか?」

 強くいいだせない変わりに、ふたりの心情に訴えるようなセリフをアートンはいう。

 ところが、アートンのそんなセリフを耳にして、事態を傍観気味に眺めていたアモスがニヤリと笑う。

「仕方ないわねっ! ふたりがそこまでいうなら、そうしましょ! ここに一泊するわよ!」

 アモスがいきなり、うれしそうにそう宣言する。

「えええっ!?」

「おまえ、さっきは嫌がってたじゃないかよ?」

 突然のアモスの変節に、アートンとバークが驚く。

 最初野宿の件を聞かれた時は、確かにアモスも汚い小屋で野宿することを露骨に嫌がっていたのだ。


「どうしたのよ、急に……」

 バークも、アモスの心境の変化が理解できない感じだった。

「アートンを困らせてやろう」という、陰湿な邪気が動機と気づくには、バークとアモスが知り合った期間は、まだ短すぎた。

「一晩だけでしょ? じゃあ、いいじゃない! 楽しそうだしさ!」

 ニコニコしながら、アモスはそんなことをいう。

「やっぱりアモスちゃんは、わかってますね~」

 ヨーベルが拍手をしながら、賛同してくれたアモスを賞賛。

 アモスのくわえたタバコにすかさず火を点けて、ヨーベルはドヤ顔をする。

 そんな女性陣を、どうしたものかと眺めるしかできない、バークとアートン。


「前の人が綺麗に使ってたみたい、ほら掃除道具もありましたよ」

 リアンが小屋の中から、箒や布巾といった掃除道具一式を見つけてきた。

「みんなで綺麗にして、仲良く並んで寝ましょう~」

 リアンの見つけてきた掃除道具一式を目にして、ヨーベルが無邪気にいい、男性陣にそう提案してくる。

「中には衝立てもありましたよ、だから気になさらないでください」

 まだ納得しかねているバークとアートンに、リアンは安心させるようにいってくる。

 リアンにしたら、みんなのためを思っての提案なんだろうが、男性陣の気苦労を察してあげられるほどの賢明さは、まだ持ちあわせていないようだった。


「ただしっ! 一晩だけよ!」

 どこかまだ遠慮しあい、ちぐはぐで咬み合わないこの一団の中で、ひとり邪気の塊のアモスがいう。

 そしてアートンとバークに、アモスは挑発的な視線を向ける。

「この展開に、気が引けるんならさ……。明日からの仕事、しっかりすんのよ。怠慢は、許さないからねっ!」

 アモスの言葉に、アートンとバークは唖然とする。

 お互いの顔を見合わせながら、ふたりそろって腕組みをして諦めたような表情になる。

「仕方ない……。もう連中、その気みたいだし。彼らの好意、ここは受け入れよう……」

 ため息混じりに、小屋の掃除をさっそく開始した、リアンとヨーベルを見てバークはいう。

 せめての救いは、リアンとヨーベルがとても楽しそうにしていることだろう。

 だったらふたりの意向を全面的に支持して、ここは小屋での野宿に賛同するしかなかった。


「本当に好意……、なのか? あのふたりは、そうかも知れないけどさ……」

 アモスが小屋に入っていく後ろ姿を見て、アートンはやや疑わしそうにいう。

 なんとなく、アモスの嫌がらせを本能的に察知したアートンが、疑惑を口にする。

 実際そうなのだが、アートンとしてはアモスがいいだしたら、もうそうするしかないと本能的に諦めていた。

 アモスの機嫌を損ねたら、彼女が何をしでかしてくるかわかったものではないということを、アートンは出会って短い期間ながらも知っていたからだ。


「それじゃあさ、おまえはなんか食べる物でも、調達してきてくれよ。俺は彼女ら見てるから」

 バークが諦めたようにアートンにいうと、アートンに手持ちの所持金をいくらか渡す。

「せっかく浮いた金だから、おまえのチョイスで、それなりに豪勢な夕食でも買ってきてきなよ」

 また浪費癖の片鱗を見せたバークの言葉が、アートンはやや気になるが、何もいえる立場ではないことを思いだし口ごもる。

 そして、小屋で掃除をはじめたリアンたちの手伝いをしに、バークもそちらへ歩いていく。

「そうだな、わかったよ……」と、アートンがそんなバークの背中に弱々しくつぶやく。

 もらったお金を慎重に胸ポケットにしまい込むと、アートンは降りてきた土手の、やや急な階段を目指して歩きだす。

 明日以降泊まろうと思っていた宿の一階にあったパン屋で、食事を安く調達しようかとも思ったが、せっかくだしと、アートンは橋を渡った先の商店街を少し歩いてみようと思った。


 バークに浪費癖の片鱗があるように、アートンもどこか軽薄でいい加減なところがある人物だった。

 そして、問題の塊のような女アモスと、本質的な問題があることをまだメンバーに周知されていないヨーベル。

 サイギンになんとか到着したものの、リアンたちの旅は初っ端から暗雲立ち込めるものだった。

 何かと不安いっぱいの、リアンたちの帰路の旅路は、こうして前途多難な予想を感じさせ本格始動するのだった。

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