12話 「連続不審火」 前編
「クウィンが陥ちた理由かい? う~ん、知らないねぇ。こんな特ダネ、いつもならマスコミが、飛びついて記事にしそうなものなのにね。今回ばかりは、まったく表に出てこないから、不思議なこともあるもんだと思っていますよ」
アートンが惣菜を買い出しにきた時、中年女性の店員にさりげなく、クウィン要塞陥落の真相を訊いてみたのだ。
しかし女性店員はそれを知らなかったらしく、解答は得られなかった。
「やっぱりあれでしょ、エンドールが緘口令でも敷いてるんでしょう。マスコミは、エンドールの司令官代理とやらにべったり張りついてるのに、まったく真相が表に出ないってことは」
別の女性店員がアートンにいってくる。
「そうなのか……。ねえ、良ければそこの新聞も、もらえるかい?」
アートンはお釣りの小銭をポケットからジャラジャラと取りだし、カウンター側にある売り物ではなさそうな新聞を購入しようとする。
「これは昨日の新聞だし、売り物でもないからタダであげますよ」
「え? いいのかい?」
アートンのルックスと誠実そうな物腰に、やけに上機嫌な女性店員が、サービスで新聞を無料で提供してくれる。
新聞を手にすると、一面に見知った顔を見つけて、アートンは内心複雑な感情が湧き上がる。
一面の写真には、街を視察するパニヤ中将司令官代理の姿と、ゾロゾロと彼につき従う街の有力者たちの姿が写っていた。
「……パニヤ中将か。彼がクウィンを陥としたってのは、本当なんだろうか?」
アートンは、にわかには信じられないといった感じで、小さくつぶやいた。
「このパニヤさんてのは、なかなかに良くできた人ですねぇ。本来なら侵略者の親玉ってことで、嫌われるような人物なんでしょうけど、街への融和政策を第一にやってるみたいでね。実際、彼の根回しのおかげで、余計な混乱も起きずに街は平穏無事ですよ」
女性店員が、アートンがじっと司令官代理の写真を見ていたので、そう話しかけてきた。
「あ、そ、そうなのかい……」
少しいいよどみ気味にアートンがいう。
「自治権と警察権は街に一任して、余計な干渉をしない方針だから、この街の市民も安心しているんだよ。ところでおにいさんは、キタカイあたりからの観光者さんかい?」
女性店員がアートンに訊いてくる。
真相を語るわけにもいかないので、アートンはそれを肯定しておく。
キタカイという街は、確かこの街の南に位置する街だったはず、という知識はアートンも持っていた。
あまり客のいない店内、暇をしていたであろう女性店員ふたりは、見た目がいいアートンにいろいろ話しかけてくるが、彼は適当に話しを切り上げる。
キタカイの親戚の話しといったどうでもいい話しはともかく、次の戦場がどうなるか不安だとかアートンも気になる話題もあったが、今は早く帰ることを優先させたかった。
帰るのが遅れたら、腹を空かせたアモスにまた何をいわれるかわからないからだ。
それに、情報収集なら明日以降でもできるだろうし。
アートンが買い出しに来たのは、例の野宿予定の小屋からふたつ先の区画の商店街だった。
日が暮れてもまだ賑やかな場所で、人波みについていったら偶然たどり着いた区域だった。
こういった雑踏に懐かしさを感じたアートンが、思わず引きよせられるようにやってきてしまったのだ。
手にした紙袋には、ソースの匂いが薫る揚げ物があり、アートンの食欲を刺激する。
早く帰って食事にありつきたい個人的な思いと、みんなを待たせちゃ悪いという思いがありながらも、アートンは街の景観が気になる。
夜もふけようとしている時刻ながら、まだ開店していた生鮮食料の店先の、水々しい野菜に目を留める。
その店で販売されていたサラダの購入を検討していると、何やら急に騒がしい人々の姿を目撃する。
そちらを見ると、人々が路地の先を指差し何やら騒いでいる。
アートンはその騒ぎが気になり、買い物を中断してそちらに小走りで駆けていく。
アートンと同じく何事かと集まってきた人々が、路地の入り口付近でたむろして、不安そうな視線を送っていた。
アートンが人混みの側にやってきた。
そして、向こうの路地の先で、黒煙が上がっているのを発見して驚く。
「火事だよ!」
「また放火だって!」
そんな人々の声が聞こえてきた。
喧騒とともに、風で煙が野次馬の方向に向かってきて、せき込む人々。
煙たさを我慢しつつ、アートンは野次馬の言葉が気になって、すぐ側の人に話しを訊く。
「また例の放火魔だよ!」
アートンの問いかけに、興奮気味の野次馬が口々にいう。
「また?」
住人の言葉に、アートンは不穏な空気を感じる。
そんな騒々しい場所に、サイレンを鳴らして消防士たちがやってくる。
火災現場に到着すると、消防士たちが必死に消火作業をしているのが見える。
消防士たちの迅速な作業の甲斐あって、被害はそれほど大きなものにならないように思えた。
「放火だよ、ここ数週間ほぼ毎日起きているんだよ」
鎮火を確認したのち、この区域の商店の店主らしい住人が不安そうにいう。
「放火かぁ……。エンドールに対する、抗議活動か何かなのかい?」
思わず反射的に、アートンはそんな憶測を口にしてしまう。
アートンの言葉に、別の野次馬が話しかけてくる。
「どうも、そうでもないみたいだよ。この放火、エンドールが街を占拠する前から頻発していたんだよ」
「物騒だわ……」
「早く犯人捕まらないかしらねぇ……」
ふたりの近隣住人らしき中年女性が、アートンの前で話しあっている。
「今回は、あの路地のゴミ捨て場を狙ってきたみたいだね」
アートンの側の住人が話す。
「まだこの放火での死者はいないけど、ここまで連続だと不安だな……。人を狙う感じではないのが、さいわいなんだけどね」
それに答える野次馬のひとり。
「そうね、でもどんどん手口が大胆になっている感じよね」
アートンは、そんな野次馬の不安そうな言葉を聞きながら、その場を離れる。
そしておもむろに、先ほどもらった新聞を開いてみる。
目に飛び込んできたのは、目立つフォントで印刷された、連続放火魔の記事だった。
やたらセンセーショナルに書かれた記事。
記事によればここ二ヶ月に渡り、ほぼ毎日サイギンの街で放火が起きているらしかった。
街の地図には、かなりの数の放火地点が示されている。
アートンが何気に口にした、エンドールへの抗議活動といったものではないのは、確かなようだった。
住民がいった通り、サイギンをエンドールが占拠する前から放火は頻発しているようなのだ。
記事には犯人の卑劣な行為を批判するとともに、犯人像を予想する識者の見解が書かれていた。
さいわいなのは、犯人が人を狙う意図を持っていないようで、過去の出火現場はいずれも、人気のない場所ばかりらしいことだった。
(……こんな不穏な事件が起きている時に、あんな場所で、寝泊まりなんかしてたら、余計な疑惑を招きかねないな)
アートンは記事を読みながら、自分たちが一晩怪しげな橋の下の小屋で、野宿をすることを思いだして沈鬱な気分になる。
前方をよく確認せずに歩いていたアートンが、路上に駐車されていた黒いバンにぶつかりかけて足を止める。
バンを迂回しながら、早く帰路に着こうと考える。
あんな現場に長くいたら、警察と消防から痛くもない腹を探られかねない。
「もし、不審者として通報でもされたら……」
アートンは突如、耐え難い不安な気持ちになる。
「ああ……、俺があんなバカなヘマをしなければ……」
後悔してもしきれないアートンが、重い足取りでリアンたちの待つ小屋に歩いていく。
そして、身体にいつの間にか染みついていた煙の臭いに、アートンは眉をしかめる。
一方、先ほどアートンがぶつかりかけた黒いバンの中には、ふたりの黒いスーツを着た男がいた。
スーツには黒い刺繍の装飾が施してあり、やけにお洒落な印象の黒服の二人組だった。
脇を落胆したように歩くアートンに気にも留めず、車内から消火活動の一部始終をジッと見つめていた黒服のふたり。
ひとりが地図を取りだして、運転席の男に何かをコソコソと話しかける。
その表情は険しく、鋭い眼光は水浸しの火災現場をにらみつけていた。
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