12話 「連続不審火」 後編

 帰ってきたアートンに、意外にもアモスは何も文句をいってこなかった。

 遅いだとか、食事のチョイスが悪いだとか、さんざん文句を垂れられることを身構えていたのだが、肩透かしを食らった気持ちだった。

 アモスはリアンとヨーベルに、火の点け方をレクチャーしていたのだ。

 ヨーベルが「野宿をするなら、自力で火を起こさなくては!」という、また面倒な提案をしてきたのだという。

 ライターがあるのに、あえて木片から原始的な方法で火を起こしていたという。

 その準備とやり方をアモスが教えていたので、アートンが遅れて帰ってきても時間についての話題を振ってこなかったのだ。


 バークはアートンから食事を手渡されると、ふと眉をしかめる。

「なんか煙臭いぞ、おまえ?」

 バークにいわれ、アートンがここでさっき見た火事の件をバークに話す。

 そして、一部仕入れてきた昨日の古新聞の記事をバークに見せる。

「連続不審火か……。これまた物騒な場面に、遭遇したもんだな。ここ連日、起きてるのか?」

 記事を読みながら、バークが不安そうな顔をする。

「かなり前から起きてるってことは、エンドールに抗議するとか、そういったテロとかじゃないようだな」

 アートンが思ったことをバークも考えたようだが、記事を読んですぐ、そうじゃないと察したようだ。


 するとアートンはドキリとする。

 気がつけばヨーベルが側によってきて、くんくんと犬のように臭いを嗅いでいるのだ。

 アートンは、思わず気恥ずかしい気持ちになる。

「ど、どうしたんだい?」

「なんだか煙たいと思ったら、犯人はアートンさんでした。どこかで、点け火でもしてきたんですか?」

 いきなり心外なことを、ヨーベルにいわれアートンは驚く。

「まさか、そんなわけないよ。ほら、この記事にある連続不審火の現場に、運悪く遭遇したんだよ」

 本気で疑っているとは思えないが、アートンは疑惑を晴らすために、いちおうヨーベルに記事を見せる。

「とってもカラフルな紙面ですね、この国の新聞は見た目が賑やかですね~」

 記事を読まずに、ヨーベルは記事の独特のレイアウトに、興味を持ったようだった。

 確かにヨーベルのいう通り、記事の奇抜なレイアウトはアートンも気にはなっていた。

 やたらセンセーショナルな見出しに、奇抜なフォントと目立つ色調。

 内容もどこか客観的な報道というよりも、記者か新聞社の感情的な論調が目立つ。


「そのパニヤってのが、エンドールの指揮官なわけね」

 キャンプファイアーを起こし、その火でタバコに火を点けたアモスが記事を見て話しかけてきた。

 アモスが記事の一面に掲載されている、エンドール軍の指揮官の写真を指差している。

 同じくアモスと一緒に、火にあたっているリアンが訊いてくる。

「パニヤ将軍って、ハーネロ戦役の時の英雄さんですよね? その方は、三代目にあたる人でしたっけ? やっぱりクウィン要塞を陥とすほどなんだから、相当優秀な将軍さんなんでしょうね」

 リアンがいい、焚き火を棒切れで突いて、火力の調整をする。


「記事では、ずいぶんこの人物のことを持ち上げてるけど……。俺が知るパニヤさんの三代目は、典型的な世襲将軍のお坊ちゃまって聞いてたんだがな」

 バークが怪訝な顔でそういう。

 そのバークの発言に、実はアートンも同意だったのだがあえて黙っていることにした。

「育ちはいいが実戦経験もほぼないと聞くし、彼自身の功績というより、部下が優秀だったのかもね」

「あら? バーク軍師さまの、また素晴らしい戦況分析予想が、拝聴できるのかしら?」

 アモスは、バークが持論を展開しようとするのを察して、先制攻撃をしてくる。

 アモスの言葉に思わずバークは口ごもり、照れ笑いをする。

「いやいや、そういうのは明日以降、調べればわかることだよな。さすがに、失笑買うようなものいいは、控えておくよ」

 バークは自虐的に笑う。


「そんなことより、せっかく買ってきてくれた温かい食事だよ。冷めてしまう前に食べようか」

 バークが、紙袋から容器に入れられた食事をみなにふるまう。

 食事の匂いにつられ、川で飼われているらしいアヒルがよってくる。

 アヒルの催促の鳴き声がやかましかったが、この日の夜は特に何事もなく過ぎていく。

 アートンの心配した、不審者として通報されるのでは? という思いも、杞憂に終わった。

 川の反対側でけっこうな数のホームレスたちがいて、彼らも火を起こし身をよせ合い、懸命に生きている姿があった。


「わぁぉ!」

 すると突然、アモスが声を上げる。

「一面風俗関連の記事ばっか、あんたら今夜は、これでもおかずにするか? ファニール亭ってすぐそこの宿だな、その隣の店も広告出してるぞ。地域ナンバーワン価格でご提供だとさ!」

 アモスが、いかがわしい紙面を見せつけてくる。

 リアンは赤面し、ヨーベルが興味深そうに記事を読み込む。

「ヨーベル、あんまりそういうのを読むもんじゃないって」

 バークが、思わずその部分の記事だけを引ったくる。

「でもこういうお職業は、とってもお給料がいいみたいですね~。最悪お金に困ったら、わたし一生懸命頑張りますよ!」

 ヨーベルの意外すぎる発言に、絶句してしまう男性陣。

 一方アモスは、ヨーベルの健気なのか天然なのかわからない献身振りに、思わず吹きだしてしまった。


 不本意な形での野宿となったサイギンでの最初の一夜だったが、比較的穏やかな雰囲気で過ぎていく。

 アートンの失態もアモスに蒸し返されず、彼女自身も今の状況を楽しんでいるようだった。

 同じくリアンとヨーベルも、この特殊な状況をキャンプ感覚で楽しんでいるようだった。

 そんな女性ふたりとリアンの姿を見て、バークは安堵の表情になる。

 アートンが全財産をなくした時はどうなるかと思ったが、この五人ならなんとか旅も乗り越えていけそうな予感がしたのだ。

 正直な所、アモスの凶暴性が気にはなるのだが……。

 明日以降、日雇い労働で稼ぎを得て旅の資金を稼がなくてはいけない。

 バークはアートンから、労働予定の職場の求人票のメモを貸してもらい、それに目を通すと密かに奮起する。


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パニヤ将軍ですが、最初は二代目と設定していたのですが、年齢を考えるとそれでは不具合が起きることが判明したため、三代目に変更することにしました。修正申し訳ないです。

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