10話 「不穏な道場」 前編

 リアンたちは市庁舎に来ていた。

 市庁舎の最上階は、展望台つきのレストランになっていた。

 そこで昼食をリアンたちは摂っていた。

 しかし今は雨が土砂降りで、展望台からの視界は悪い。

 楽団の生演奏が行われるレストランで、リアンでも聞いたことのある曲が静かに流れている。

 客層はやけに良く、普段着のリアンたちは若干浮いていた。

 アモスがそんなこと無視して、気前よくフルコースを注文し、軽めの昼食を摂っていた周囲の客がざわつく。


「なんだかお高く止まった客どもね。人のこと、いちいち値踏みしてきやがってムカつくわ」

「アモス、落ち着いてって」と、リアンがアモスの腕を引っ張る。

「あと、お金使いすぎじゃない? ここじゃなくて、下の商店街のレストランで良かったのに。お金は大事に使いましょうよ?」

 不安そうにリアンがいってくる。

「いざとなったら、ヨーベルのもあるから大丈夫よ。あと……」

「悪いことだけは止めてね」

 アモスがいおうとしたら、リアンがすぐさま言葉を被せてくる。

 アモスはバツが悪そうに顔をしかめる。


「この街さぁ、なんでか知らないけどオールズの連中、あんま見かけないのよね。ネーブが生きてたら、もっとやりやすかったんだけどさ」

 アモスがテーブルの上のナプキンで、ナイフを拭きながらいう。

「ちょっと、何をする気だったんですか……。あと、その名前は出さないでおきましょうよ」

「もう、心配性なのね、リアンくんは」

 うれしそうにリアンの頬を、アモスが突つく。

「心配するに決まってるでしょ」といいながら、アモスの手をリアンはゆっくり払う。


「今日もフォールのお船は、ネズミのように忙しそうに動いてますね~。チューチューチョロチョロです」

 ヨーベルが、窓の外に広がるカイ内海にかすかに見えるフォール船団を眺めながら、馬鹿にしたようにいう。

「その点でいえば、フォールの連中も見栄っ張りね。ああやって自分たちの力誇示しちゃってさ。エンドールの見栄っ張り将軍さまといい勝負ね」

 料理を頬張りながら、アモスが話す。

「見栄っ張りと見栄っ張りのぶつかり合い、しょうもない意地の張り合いだけど、海戦自体は期待できそうなのよね」

 アモスの食事のスピードがやけに速い。

 相当腹が減っていた感じだった。


「ところで、あの細長い建物はホテルかしらね?」

 アモスが指差す建物を、リアンがガイドブックで調べる。

「高級ホテルみたいですね、料金は一泊十五万フォールゴルドですよ……。お金、あっという間になくなりますよ……。さすがに無駄遣いが過ぎますよ……」

「アートンがなんとかするわよ」

「いや、どう考えても赤字ですよ」

 今回の食事会では、リアンが突っ込みに徹するようにアモスの相手をする。

「今朝見かけた、あの狂信者集団の居場所でもわかればなぁ」

「アモス~、何をしようとする気なんですか……」

 不安そうにリアンがいう。


「じゃあ、あの桃色の街で、一肌脱いできてあげようか? あたしのテクで、バカアートンの十倍は稼いであげるわよ」

「そっちはもっとダメです!」と、リアンがすぐさまアモスにいう。

「心配してくれてるの? それとも嫉妬?」

「自分を大事にしてください、お願いしますから」

 困惑したようにリアンがいう。

 リアンの反応が楽しくて、アモスは彼をからかって楽しんでしまう。


 すると……。

「このお店の制服は可愛いですね~、ほら」

 いきなりヨーベルが、情報誌から一件の店を示してくる。

「あんたは相変わらず、唐突な話題のぶっ込み方ね。で、なんだって?」

「ほら、ウェイトレスさん募集ですって」

 そういってヨーベルが、可愛いメイド衣装の絵が描かれた求人広告を見せてくる。

「アモスちゃんと、ふたりで働いてみたいかもです。制服もおしゃれ~ですよ~」

「そもそも、ウェイトレスさんなんてできるの?」

 リアンが不安そうにヨーベルに尋ねる。

「あら、リアンくん意外とすごい偏見ね。まあ、気持ちはわかるけどさ」

「あ、ごめんなさい」

 アモスにいわれ、自分が今ひどい言葉をいったことに気づいて、慌ててヨーベルにリアンが謝る。


「でも、こういう飲食店の接客は、実際大変だって聞くよ。申し訳ないけど、僕いろいろ心配だよ。ふたりには、もっといいお仕事見つかると思うよ。本気で働く予定なら焦らないで、探すならゆっくり探そうよ」

 ここまでいって、ため息をついてリアンはいう。

「だから、あんな高いホテルにも泊まるのは止めて、身の丈にあった安い宿探そうよ」

「あああああ~!」

 ここで、ヨーベルがいきなり声を上げる。

 店内にいた周囲の人々が注目する。

 慌ててリアンが、ヨーベルの口を押さえる。

「見てください! この下の商店街の外れにこんな素敵なものが!」

 興奮状態のヨーベルが、リアンの手を払い、持っていた記事を見せてくる。

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