10話 「不穏な道場」 後編
「ていやぁっ!」
「きえぇぇっ!」
奇声とともに、激しい打ち込みの音が響き渡る。
バシバシという、打撃音も絶えず聞こえてくる。
リアンたちは商業センターの渡り廊下から見下ろせる、とある剣術道場の稽古場を見学していた。
「キルスク剣術道場ねぇ? どっかで聞いた名前ね。なんだっけ?」
アモスが、奇声を上げて剣術の稽古をしている多数の剣士たちを見下ろす。
「キルスクとは、ハーネロ戦役で戦った、勇者キルスクが興した剣術ですよ! 盾に頼らず、重い長剣一本を振り回す、剛力の剣術と呼ばれる流派ですよ! ハーネロ戦役でキスルクの剣士たちは、勇敢な戦士として最前線で戦ったんです~! ブロブ・フォールの指揮する戦団として、多大な功績を上げた剣術集団なのですよ。ハーネロ戦役では、他にもアットワーヌ双剣術、マティージャン戦斧術、なんていう有名な流派の剣士が活躍したのですよ! 百花繚乱の剣士たちのドラマも、ハーネロ戦役を彩るロマンなんですよ!」
一気にまくし立てるヨーベルが、肩で息をする。
リアンがレストランでもらってきた、水筒に入れた水をそっと渡すと、ヨーベルは一息で飲み干す。
「オカルトだけじゃなく、そっち方面もあんたの興味の対象だったのかよ。ここまでいくと、たいしたもんね。その知識を金にするとか、手段はないの? それができたら、あんたにとっては最高の天職じゃない」
アモスがまだ興奮しているヨーベルを、不憫そうな視線で眺めながらいう。
「キルスク道場で、今事務員さん募集してるね……」
リアンが冊子を眺めながら、今見ているキルスク道場の求人を見つける。
「まぁ! 興味あります~。でも、事務員さんて何するんでしょう?」
リアンの見せてくれた冊子をのぞき込み、ヨーベルは考える。
「事務的なこと全般でしょ、あと金管理とかもさせられるかもね。はっきりいって、ウェイトレスよりも難易度高そうね、あんたにゃ無理よ」
「ぶ~、また決めつけます~」
「どう考えても無理だろ!」
アモスがヨーベルにチョップをかます。
相変わらずよろこんで、チョップを甘受するヨーベルの顔は笑顔だった。
「アモスもお金の管理させたら危なそうだから、無理だろうね」
「うわっ、リアンくんひっど!」
リアンの頬を指で突きながらアモスが驚く。
「僕は怖いんですよ、しれっと、また謎の大金を持ってくるアモスが。とにかく、ふたりは、無理に働かなくて大丈夫ですよ。だから、節制を心がけて、今あるお金を大事に使っていきましょう。アートンさんひとりに働いてもらうのも、心苦しいですけど……。アートンさんのスキルは実際すごいし、お金になりますから……」
自分の無力感を感じながら、リアンは心苦しそうにいう。
「頼みにさせてもらうしかないですね。あと、僕に何かできる能力でもあればいいんですけど……。僕が一番役に立ってないっての、実は一番自覚しています、ほんとごめんなさい」
「リアンくんは、アモスちゃんのなだめ役という点で、すごく役立っています。自分の偉大さをもっと自覚するべきですよ。アモスちゃんが好き勝手したらきっと大変なのですよ」
眉を下げるリアンの頭を、ヨーベルがポンポンとたたくようになでる。
ちょっと馬鹿にされたような気もしないヨーベルのフォローだが、リアンは不満も見せずにヨーベルにされるがままにしておく。
「なんかあたしが、すごく小バカにされてる気分ね。リアンくん通して、あたしのことディスってない? あんた」
「きゃっ、アモスちゃんが怖いです、リアンくん助けて」
リアンの後ろに隠れるヨーベルだが、容赦なくアモスの手刀が追尾してたたき降ろされる。
「せっかくだし、キルスクの剣士っての近くで見ていくか。けっこうな気迫だし、近くで見たら面白いかもな。このパンフによれば、一般に解放してる箇所があるみたいじゃない。体験もさせてくれるって。リアンくん、せっかくだから、あの長剣に振り回される、みじめな思い出でも作ってきなさいよ。いい土産話になるわよ」
そういってアモスが、下りの階段に向けて歩いていく。
石段を上がると、キルスクの道場の一般客用の入り口があった。
雨が降っているからなのか、他に見学者の姿がここまでいっさい見えない。
街ではあんまり人気がない流派なのかな? と思いながら、リアンたちは石段を昇る。
「ちょと待った!」
アモスが、傘を手にしているリアンの腕をつかむ。
同時にヨーベルも端によせ、入り口から遠ざける。
「ど、どうしたの?」
いきなりのアモスの行為にリアンとヨーベルが、不安そうに尋ねる。
「なんだか騒がしいわ。稽古だとかそんなのじゃない、明らかに怒声よ。ふたりはちょっと、ここで身を潜めてな」
そういってアモスはチラリと、入り口からキルスク道場内部をのぞき込んで見る。
見ると、屈強そうな道場生たちが集まって、何やら興奮状態で話し合ってる。
しかも、ひとりが地面にへたり込んで、仲間から手当を受けている。
仲間内でのシゴキか何かがあったのかと思い、アモスは聞き耳を立てる。
「アモス、身、乗りだし過ぎだよ。何か、危ない感じじゃないの?」
リアンが、入り口に身を乗りだしているアモスを引っ張る。
「大丈夫よ、連中こっちには気づいてないから。リアンくんは、そこから動いちゃダメよ。なんだか連中、相当殺伐としてるからね」
アモスはリアンにそういい、ヨーベルが不安そうにリアンの肩をつかむ。
アモスには「認識されなくなる力」があるので、見つかったとしても平気だった。
だから思いっきり入り口から身を乗りだして、騒動の顛末を観察する。
「アットワーヌだ!」
「畜生! あいつらは間違いなくアットワーヌだよ!」
「どうしてフォールに、連中が来てるんだ!」
「仲間がやられた! タダでは済まないぞ」
「因縁を仕掛けてきたのは向こうからだ、仲間には女もいやがった。そいつもアットワーヌの剣士だった」
「西の宿屋街で出会ったから、そっちにいるはずだ」
そんな怒号を聞き、リアンとヨーベルのところにアモスが合流する。
「なんだか物騒なこと、いってたね。アットワーヌとやりあった、とか聞こえたけど……」
リアンのところまで、怒号は届いていたようだった。
リアンは不安そうにしている。
「アットワーヌ剣術の人と、キルスク剣術の人が、ケンカでもしたのでしょうか? ドリームマッチですね。マニア垂涎です!」
一方のヨーベルは、脳天気にそんなことをいう。
興奮する好カードなのか、頬が紅潮していたりする。
「とにかく、今ここに行くのは怖いね。ね、今回は帰ろうよ」
リアンが傘を差し、石段を降りようとする。
「キルスク対アットワーヌなんて、ヨーベルのいう通り夢のカードよ。せっかくだから観戦してみたいわ」
「いや、そんなのダメですよ。ほら、さっさと帰りましょう」
リアンがアモスの腕を引っ張る。
気が立っているらしいキルスクの道場生たちが階段に来ないうちに、さっさとその場から立ち去ろうとリアンは、アモスとヨーベルの手を引いて階段を下る。
せっかく観光に出掛けたのに揉め事ばかりで、リアンはヨーベルとアモスの腕を引っ張ることばかりだった気がする。
楽しいお出掛けを期待していたのに、とんだ騒動ばかりだった。
なんだかこの街でも、面倒なことに巻き込まれそうで、リアンは不安になってくる。
都会の人は、なんでこうも血の気が多いんだろうと思ってしまう、田舎出身のリアン。
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