20話 「彼女の嗜好」 其の三

 結局、ミアリーの部屋で数時間も、他愛のない話しをしていた。

 夕食まで誘われたが、リアンはさすがにそれは、断ることにした。

 門の入り口まで、ミアリーは見送ってくれた。

 すっかり夕方になっていて、カイ内海が黄金色に輝いていた。

 ミアリーは明日も、できれば遊びにきて欲しいとリアンたちに頼み込んだ。


「それがね、明日なんだけど、実は僕らバスカルの村っていう場所に、行かなきゃダメなんだ」

 リアンが申し訳なさそうに、ミアリーにいう。

「バスカルの村ですと? 北西にある、山奥の村ですかな?」

 車を回しに向かってくれようとした、執事のジェドルンが耳ざとく聞きつける。

「あら、知ってるの?」

 アモスがジェドルンに尋ねる。

「ええ、数年前までは、観光地として賑わっていた場所ですからね。ここのところ、そういった噂は、聞かなくなりましたが……。彼の地にどういった、ご用件で? まさか観光に、行かれるのですか? いまさら、あのような村に行かれても、何も面白いことは、ないかもしれませんぞ」

 やや失礼を承知でジェドルンが、リアンたちにいう。


「その村のことは知らないけれど、どういった村なんですか?」とミアリーが訊いてくる。

「コーリオの花という、珍しいお花を探しに行く、お使いイベントが発生したのですよ。それをクリアすると、次のミッションに進めるんです」

 ヨーベルが、ミアリーに質問の回答とは違うことをいう。

「まぁ、冒険をされているみたい、羨ましいですわ。でも、旅の劇団員さん、なんですよね? どうして、そんな探し物みたいなことを、されるんですか?」

 ややおそるおそる詮索するのを躊躇いつつ、ミアリーが訊いてくる。


「理由はまあ、いろいろあるんだけどね。要は金よ。旅する資金のために、適当な手伝いやって、金稼いでるのよ」

 アモスは、そんな適当な嘘をいう。

「まぁ、お金を払えば、依頼を受けてくださるのですか?」

 ミアリーが興味深そうに、アモスに尋ねる。

 アモスが、タバコをまた取りだし、「そういう感じよ」と適当に答える。

 今度はジェドルンより早く、ヨーベルがアモスのタバコに火を点ける。

 ドヤ顔のヨーベルに、アモスがチョップを食らわせる。


「何か依頼があるんなら、お金用意しておけば、手助けしてあげるわよ。あんたなら、けっこうな報酬、くれそうだしね。そうそう、友だち料金くれるなら、また遊んであげてもいいわよ」

 アモスの言葉に、リアンが腕を引っ張る。

「そ、そんなのなくても、大丈夫ですよ。また、機会があれば、訪問させていただきますよ」

 リアンが慌ててミアリーにいう。


 ここで「そうだっ!」と、ヨーベルが手を打つ。

 その場の全員が、ヨーベルの顔を見る。

 リアンだけが、また良からぬことを考えたのではないかと、不安視している。

「明日、村への出発前に、アートンさんとバークさんも、誘ってきましょうか? きっとおふたりも、可愛いミアリーちゃん見て、およろこびです」

「お仲間の、おふたりですね! 歓迎しますわ! 時間がありましたら、是非、いらしてください!」

 ミアリーがよろこんで、その場でピョンピョン跳ねて歓喜を表現する。

 チラチラと、ミアリーの可憐な太ももがワンピースの隙間から見え、リアンがまた目線を逸らす。

 どうにもミアリーは、ヨーベル同様、隙きの大きい少女のようだった。


「あんなにもお嬢さまが、およろこびになられていたのは、久しぶりでした」

 車を運転して、ホテルに向かってくれている、執事のジェドルンが話してくる。

「いつも市長令嬢ということで、感情をあまり表に出さず、それこそ人形のように、ふるまっておられました。そんなお嬢さまを、あそこまで笑顔にしてくださったみなさんの御恩、わたくし忘れはいたしません。もし、何かあれば、気兼ねなく頼ってきてください。お嬢さまにとっても、とても、よろこばしいことでしょうから」

「久しぶりってことは、一応、笑顔を見せることも過去あったのね」

 車内でもタバコを吸っているアモスが、ジェドルンに尋ねる。

 アモスの言葉にジェドルンが、少し顔を曇らしてしまう。

「今はいろいろ、つらいことが固まってしまっていたのですよ。数ヶ月前までは、元気だったのですが……」

「あの娘の趣味に、理解のあるダチもいたらしいわね」

「唯一といっていいほど、ご理解のある御方だったのですがね……」

 アモスの問いに、ジェドルンがいいにくそうにする。


 リアンたちを乗せた車は、「勝利の白黒うさぎ亭」という、カジノを売りにしたホテルに到着した。

 車を出ようとしたら、クラクションが高らかに鳴らされる。

 イラッとして、窓を開けて文句をいおうとしたアモスを、リアンが慌てて制止する。

「揉め事は勘弁しようよ」

「わかったわよぅ」

 リアンにいわれ、アモスは諦めたようにすんなりと怒りを収める。


 ジェドルンが、クラクションを鳴らしてきた、大型のバンに道を譲る。

「わぁ、見てください、オールズの神官さんですよ」

 ホテルから出てきたオールズ神官たちが、パッシングしてきた大型のバンに乗り込もうとするのをヨーベルが見つける。

「うわぁ、危なかった~。オールズ神官なんかと、揉めてたら大変だったよ」

 リアンが、オールズ神官たちを見てブルブルと震える。

「チッ! 坊主の分際で、カジノで豪遊かよ、まったくムカつくわね」

 アモスが、イライラしつつ毒づく。

「面倒に巻き込まれては、厄介ですね。この界隈を一周して、やり過ごしましょうか」

 ジェドルンが車を発進させる。


「ほらっ! さっさと乗れ! 今から出発だぞ! やっと目的の、パルテノ主教と面通しが叶う! 腑抜けた態度は許さんぞ、武闘派として知られる、主教なんだからな!」

 バンの昇降口をバンバン叩きながら、クルマダが部下たちに怒鳴っている。

 急かされるように、白い僧衣を着た僧兵たちがゾロゾロと大型バンに乗り込んでいく。

「いやぁ、大勝ちだぜ!」

「全員に還元しろよ! 一人勝ちなんて許さんぞ」

「なんだよそれ!」

「俺たちゃ、これから一心同体だろ! ケチ臭いこと、いってんじゃねぇよ!」

 車内に乗り込んできた僧兵たちが、タバコを取りだしながら座席に着こうとする。

 すると、僧兵たちの軽口が一斉に止まる。

 全員の冷たい視線が、バンの後部座席にひとり座っていた男を見つけて、みなが不愉快そうな顔をする。


「……おい、ストプトン! 飲みたいモノはないのか! せっかくの長旅だ、欲しいモノあれば、いっておけよ」

 僧兵のひとりが、奥にいるストプトンに一応好意で声をかける。

「……いや。わたしは結構です……」

 ストプトンは暗いトーンで、ポツリとつぶやくだけだった。

 それを聞いて、僧兵たちが鼻で笑いコソコソと話す。

 ストプトンは、奥の座席で縮こまったように座っていた。

 彼の周りには、誰も仲間の僧兵がよってこず、ポツンと空席ができていた。

 騒がしい僧兵たちの乱痴気騒ぎを耳にしながら、ストプトンはひとり、メモ帳に書かれたメモを眺めていた。


 彼の見るメモ帳には、ネーブ主教殺害後、サルガのキネから聞いた情報がまとめられていた。

 そのページには、ヨーベル・ローフェの名前と、ミシャリ・デスティラの名前があった。

 ネーブ主教の事件で捜索がかかっている、第一級の重要参考人だった。

 メモには、キネが書いた落書きが、ストプトンの手によってまた新しく描かれていた。

 全然似てはいないが、特徴は捉えている。

 彼女と対応をしたストプトンにしたら、再び出会えば、絶対に見逃すことはないだろう。

「結局、この女、あの一件以来消えてしまった……。クルマダが、この女がいたという周辺を探したが、結局見つからなかったというしな」

 ストプトンは無意識のうちに、心の声が口に出てしまう。

「……本当に真剣に捜索したのかよ。しかも、その情報、警察や軍にも伝えていないとは、愚行の極みだ……。くそっ、今は我慢だ、我慢、我慢しかない……」

 ストプトンはメモ帳を見ながら、ブツブツと独り言をつぶやく。


「おい、あの男ブツブツいってるぜ」

「ほんと気味悪い男だな……」

「あんなのと仲間なんて、マジ勘弁だぜ」

「ちっとも、面白味のない男だしよぉ」

「何が楽しみで生きてるんだかな」

 前の座席にいるクルマダ配下の僧兵たちが、ストプトンの陰口をささやく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る