最終話 「別れの理由」 前編

「では出発は、正午のバスなのですね」

 ジェドルンが、懐中時計をチェックする。

 出発時間まで、まだ三時間あった。

「じゃあ、お昼には少し早いですが、皆さん是非昼食を食べていってください」

 ミアリーがうれしそうにいい、目をキラキラさせる。

 リアンたちは今日も約束通り、ミアリーの屋敷にやってきていた。

 アートンとバークが、奥で執事のジェドルンと使用人たちと話しをしている。

 非常に恐縮しているようなバークだが、アートンにいわれ、強張っていた表情を崩す。

 キタカイの市長の娘ということで、バークはやけに緊張していたのだ。


「あ~! 同じ時計です!」

 突然ヨーベルが、ジェドルンの懐中時計を指差す。

 ヨーベルがジェドルンのところに駆けより、いつも胸にかけている壊れた懐中時計を見せてくる。

「おそろいです~」

「おお、トリオ社製のですな、なかなか良いチョイスですね」

 ジェドルンがヨーベルに笑いかけたが、不意に真顔になる。

 ヨーベルの懐中時計が壊れていたのだ。


「は~い、わたしのは残念ながら壊れているのです。でも、大事な人がくれたモノなので、今でも大事にしているのですよ~」

 ヨーベルは鎖を持って、久しぶりに懐中時計を分銅のようにブンブン振り回す。

「ヨーベル、それ危ないから止めとこうよ」

 慌ててリアンがよってきて、ヨーベルの妙な悪癖を止めさせる。

「ところで、知っていますか? 壊れた時計の針を──」

ヨーベルがニヤリとして、ジェドルンに時計の針トリビアをまた披露しようとしていた。


 ミアリーはせっかくだからと、アートンとバークのふたりにも自分の趣味全開の部屋を、披露したかったようだった。

 しかし、リアンの説得で今回は諦めることにした。

 ミアリーはやや残念そうだった。

 話した感じ、ミアリーにとっては、アートンもバークも信用がおける人物と思ったのだが、リアンが強くいうので諦めたのだ。


 今回は昼食が出るまで、この街の治安やエンドール軍なんかについての話題が中心だった。

 バークとアートンが、ジェドルンから情報をいろいろ訊いていた。

 ミアリーにはつまらない話題だったらしく、リアンたちと一緒にカードゲームをしていた。

 ヨーベルがまた一人勝ちみたいな状況になり、アモスがつまらない! といってゲームを止めさせる。

「そういえば、あんたって学生ぐらいよね? 学校はどうしたの?」

 アモスがミアリーに尋ねてみる。

「大学生なんですけど……、ほとんど休学みたいな感じです。わたし、昨日お見せしたような感じだから、仲のいい人ってほんといなくって……」

 ミアリーが寂しそうにいう。


「例の趣味が合うっていうヤツは、学内にいないわけ?」

 アモスがタバコを吹かしながら尋ねる。

 その様子を、リアンはなんだかハラハラしながら聞いていた。

「いわゆるお嬢さま学校ってやつだから、どうしても合う人見つけるの難しいんです」

 ミアリーが、しょんぼりしながらいう。

「あの絵画とか、ヴァイオリンはミアリーさんのですか?」

 リアンが、雰囲気が暗くなってきたミアリーに、慌てて会話する。

 リアンが指差したのは、部屋の奥にある描きかけのキャンバスと、飾られたヴァイオリンだった。

「絵は仕方なしに、選択した科目なんです……。本当はもっと好きな絵を描きたいんですけど、わたしの趣味ってほら、アレだから」

 自虐的に笑う、ミアリーの表情が少し明るくなる。

「音楽は、ひと通りなぞってる感じです。簡単な課題曲を、つまらない感じで弾いてるだけなんです。ウフフ、そういう高尚なの、才能ほんとなくって」

 いったあと、思いだしたように「ところで!」とミアリーがいう。

「喉にいいという飴は、いかがですか? スースーしてお口の中が気持ちいいですよ」

 ミアリーはリアンの手の平に、飴玉を乗せる。

 次いでヨーベルに、飴を渡すミアリー。

 アモスは、タバコがあるからいらないといってもらわなかった。


「そういえば、みなさんは、ハーレージャッスフォンって知っていますか?」

 ミアリーが飴玉を口の中に入れながら、いきなりそんな訳のわからないワードをいってきた。

 まったく聞いたことがないアモス。

「あ、僕聞いたことあります。音楽集団でしたっけ?」

 リアンが知っていたようで、ミアリーに訊く。

「わぁ、リアンくんご存知なんですね」

 ミアリーがうれしそうだ。


「今街で行われてる、デモ活動があるでしょ?」

「反エンドールのですか?」と、ヨーベルがミアリーに尋ねる。

「ええ、そのデモ活動家たちが、取り入れたまったく新しいジャンルの音楽なんですって。前ちょっと大学の人に連れていってもらったんですけど……。あ、これジェドルンや屋敷の人には内緒ね」

 小声でクスクス笑いながら、ミアリーが話す。

「なんだか乱暴に、楽器を鳴らすだけの騒々しい音楽だったんですけどね。不思議な魅力があった音楽でしたよ。お高く止まった上品な音楽よりも、なんだか情熱的でわたしは好きでしたわ。カオスな感じが、ハーネロ趣味と合致する感じで」

 ミアリーがまたクスクス笑う。


「元々エンドールで流行っていた、音楽だったんですって」

「エンドールで流行ってる音楽を使って、反エンドールの集会で演奏するの? 何それ? 馬鹿みたい」

 アモスが率直な感想を述べる。

「ウフフ、わたしも同じ印象持っちゃいました。でも、なんだか反エンドール集会自体が、若い人たちのお祭りみたいな印象だから。本気で反対とかしてる人は、いないかもしれないです」

 今度は、どこか嘲笑するようにミアリーは笑う。


「まぁねぇ、あの集会はあたしらもサイギンで見かけたけど。騒ぎたいだけのバカ集団って感じだったわね」

「アハハ、おんなじ印象です」

 ミアリーが同意し、新聞記事をいろいろ出してくる。

 反エンドールの、デモの話題を扱った記事が大半だった。

 どれも面白おかしく、派手なレイアウトで扇動するような内容の記事で、はっきりいって下品な印象しかなかった。


「ん? あのバカ何してんのよ」

 ここでアモスが、アートンが壁に掛けてあった年代物のマスケット銃を、ジェドルンから見せてもらっているのを見かける。

「ジェドルンとお父さまは、年代物の兵器がお好きなんです。コレクションが地下にけっこうあるんです。お父様にそういった趣味があるから、娘のわたしのあの変な趣味にも、多少寛容でいてくれるんです」

 ミアリーがこっそりと教えくれる。

「そういや、あんたって、一応フォールの公人の娘じゃない。あんな趣味バレたら、とんでもないことになるんじゃないの? その辺りの防衛策は、大丈夫なんでしょうね?」

 アモスが、ミアリーを心配するようなことをいっているのを聞き、彼女変わったなぁとリアンは思う。

 でも、アモスの危惧するのも理解できる。

 その辺りどうなのか、気になったリアンがミアリーの回答を待ってみる。


「ものすごく頑張って、隠してます!」


 かなり真剣な表情で、力強く宣言するミアリー。

 どうやら本気らしく、冗談でもなんでもないようなのが、彼女の表情で伝わる。

 あまりにも真剣なので、さすがのアモスも「そうか」といい、タバコを無言で吸う。


 リアンたちは、敷地に作った池に向かい、そこで飼われてる鯉を眺めていた。

 餌を上げて上機嫌のヨーベルに、ミアリーが楽しそうに手を打ってよろこんでいる。

 ミアリーはヨーベルの何気ない行動ひとつにも、屈託なく笑い、彼女をかなり気に入っているようだった。

 同じハーネロ関連の趣味を持つ友人として、仲間ができたことがミアリーは純粋にうれしいのだろう。

 そんなうれしそうなミアリーを見ていると、リアンも自然と笑顔になる。

 そういえば、自分は何か人に誇れるような趣味とかあったかな? とリアンは考える。

 しかしリアンには、特にそういったのが見つからない。

「どうしたの? 急に浮かない顔して」

 アモスがリアンに声をかけてくる。


「趣味? そんなのこれから作っていけばいいじゃない。まあ、あちこち移動して根無し草状態の今じゃ、そういうの見つけるのも難しいわね。ああ、そうよ、アレ教えてもらいなさいよ」

「アレ?」とリアンが尋ねる。

「バカアートンから車の運転でも教わればいいじゃない。リアンくんもいちおう男の子なんだし、車、多少興味あるんじゃないの? 別に免許なんか気にすることないわよ。アートンもバークだって、思いっきり無免許状態なんだから。知識として知っておけば、いざって時に役に立つかもよ」

 アモスの言葉に、リアンはなんだか心が晴れ渡る。

 そういわれてみれば、運転に多少興味があるかもしれないと思ったのだ。


「バスカルの村まで時間あるんだし、教本でも買って、運転勉強したらいいじゃない」

「ありがとう、アモス。とっても建設的な意見で、うれしいよ」

 リアンは、アモスに謝意を伝える。

「ウフフ、本当はあたしとラブラブする、とかいってみたかったんだけどね。いつになく真剣だったから、つい真面目に答えちゃったわ。でも、したくなったら、いつでもおねぇさんは準備万端だからね。恥ずかしがらずに飛び込んでくるのよ」

 アモスにそう迫られ、リアンは苦笑いをして身体を引いてしまう。


「このように、隙きあらば、アモスちゃんはリアンくんを食べちゃおうとするのです」

「まぁ、ドキドキの展開ですわね」

 ヨーベルが、リアンとアモスを指差してミアリーに話していた。

 リアンは困惑の表情を浮かべてしまう。

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