最終話 「別れの理由」 後編

 正午のバスカル行きのバスに乗るため、十一時前に昼食の用意ができ上がっていた。

 テーブルに並べられた、ディナーのような豪盛な料理にアートンとバークが目を丸くする。

 ジェドルンがお気になさらずにと、ふたりを安心させる。

「いっそのこと、村から帰ってきたら、海戦がはじまるまでミアリーの家に厄介になるか」

 アモスがそんなことをいいだすので、アートンとバークが驚く。

「そんな迷惑なこと、できるわけないだろ」

「どこまで厚かましいんだよ、節度持ってくれよ」

 アートンとバークから、同時にいわれたため途端にアモスは機嫌が悪くなる。

 その表情を見て、ふたりがうろたえる。


「さすがに、ふたりのいう通りですよ。そこまでお世話になるわけにはいかないですって」

 リアンが、慌てて助け舟をだしてアモスをなだめる。

「わたしとしては、毎日お泊りしていただきたい気持ちが強いです」

 ミアリーがニコニコしていってくる。

「いやいや、市長さん帰ってくるし、ご来客もあるっていうじゃないか。さすがに、泊めてもらうわけにはいかないですよ」

 バークがミアリーにいい、誘いを断る。


「でも、せっかく仲良くなれたんですし、しばらく訪問して一緒に遊ぶなら大丈夫ですよ。こっちも、次の旅の準備まで、時間かかりそうだし。その間、いろいろ街のこと案内してやってくださいよ」

 バークが代わりに、そんな提案をする。

 ミアリーが、その案によろこぶ。

「次の旅の準備といいますと、どちらに向かわれるのですか?」

 ジェドルンが尋ねてくる。

「サイギン方面に戻って、クウィンのほうに向かおうかと思っていますよ」

 バークがそう答える。


「あれ? サイギンから来られたのに、またサイギンに帰るのですか?」

 ミアリーが不思議そうに尋ねる。

 その設定を知らなかったバークとアートンが、一瞬困ったような表情をしてアモスの顔を見る。

「あたしたち、今度のエンドールとフォールの海戦が気になるから、見にきたのよ。ひょっとしたら、戦闘行為を観戦しようって連中だって知れて、幻滅した?」

 アモスがミアリーに意地悪そうに尋ねる。


「この戦いはとっても悲しいですけど……。でも……」

 ミアリーが言葉に詰まる。

 そして、ポロリと涙を流すミアリー。

 ミアリーの涙に驚いたリアンたちが、慌ててミアリーをなだめる。

 そして、アモスの言葉も冗談だよと、嘘をついて取り繕う。

「この話題はなしで、アモスも冗談でも口にしないでおきましょう」

 リアンがアモスに注意をする。


 つまらなそうな顔をしたアモスが、「はいはい」といって食事を無言で摂りだす。

「ご、ごめんなさい、空気を悪くしちゃって……。ちょっと、思うところがあったもので。すみません、せっかくの楽しいお食事なのに。わたしのバカバカ!」

 そういって、ミアリーは自分の頭をコツコツたたく。


「話題が変わりますが、この街に来たオールズ教会ですが……。市長さんから、何かお聞きしましたか? こんなこと訊いちゃっていいのかわからないので、お答えできなければそれで結構ですので」

 バークがジェドルンに質問する。

「いや、近く大々的に動きもでることでしょうし、問題ありませんよ。なんでも、殺害されたという、ネーブ主教さまという方? その方が行っていたように、街のいろいろな土地を買い漁っているようです。どうやら、ネーブ主教とまったく同じ手法を、新しく来られたリグスター主教さまもやられているようです」

 ジェドルンの言葉を聞き、バークは料理の手を止める。


「な~んだ、パクリ野郎かよ。そのなんとかって主教はきっと小物ね。どういうヤツかは知んないけど、人の真似しかできないようなヤツ、気にするようなこともないでしょ」

 アモスが、リグスター主教という人物の猿まね手法を聞き、鼻で笑う。

「だからって、ヨーベル! 今度変なこと考えたら、容赦しないからね!」

 アモスがヨーベルにいきなり矛先を向ける。

「もう反省してます~、大丈夫です~」

 ヨーベルが手を合わせてアモスに謝罪する。


「なんの話しですか?」というミアリーの言葉を、アモスが適当にかわす。

 気がつけば、料理はほとんどなくなっていた。

 時間もそろそろ出発の準備をしたほうが、いい時刻に近づいていた。

 わりとバタバタと、出発準備が進行する。

 ミアリーは別れ惜しいといった感じだったが、リアンたちは一週間後ぐらいに帰ってくることを約束する。

 リアンたちはジェドルンの運転する車で、目的のバス停まで向かうことになった。

 アモスが途中で本屋があれば、停めろと頼む。

 リアンのために、車の運転講習の本を買うためだった。


 バス停に着いたのは、正午の二十分前だった。

 時間まで、車内で待つことにしたリアンたち。

 改めてミアリーの話し相手になってくれたリアンたちに、ジェドルンが感謝の言葉を述べる。

 そして、ジェドルンはおもむろに一冊の週刊誌を取りだしてくる。

「実は……」といってジェドルンが話しはじめる。


「ええっ! あの駆け落ち騒動の令嬢って、ミアリーちゃんなんですか!」

 アートンが驚いて声を上げる。

 週刊誌には、とある令嬢が、海を挟んで離れ離れになった恋人に逢うため、漁船を銃で脅して渡航しようとしたという事件が掲載されていた。

「やだ、これ、この前見たニュースじゃない。とある令嬢って、ミアリーだったの?」

 アモスも驚いてジェドルンに訊く。

「市長の娘ということで、お嬢さまの名前は、圧力をかけて報道を差し控えることはできたのですが……。この件以来、学校にも完全に行かなくなってしまい、お部屋でこもりきりだったのですよ。そんな時にみなさまと出会えて、あのように明るくなられて、わたくしもよろこんでおります。本当に、みなさまには感謝の言葉もございません」

 ジェドルンがリアンたちに頭を下げる。

「あの娘、以前は同じような趣味を持つ人間がいるとかいってたわね。まさか、それがこのニュースの恋人ってヤツなの?」

 アモスの質問に、ジェドルンがうなずく。


 シゲエ・レニエ。

 この人物がミアリーの恋人であり、許嫁でもあった人物らしかった。

 彼はフォール海軍の広報官らしく、現在はミナミカイにいるという。

「レニエ? どっかで聞いたことある名前ですね~?」

 ヨーベルが思いだそうとする。

「バカ、フォール軍の提督でしょ、物忘れひどすぎでしょ」

 アモスがヨーベルにチョップしておく。

「これからエンドールと戦うことになる、フォール海軍の総司令官の息子か……。悲劇的な生き別れ展開じゃないかよ……」

 アートンが指を噛みながらいう。


「アモスさぁ……」

「何よ!」

 バークがアモスに話しかけてきたので、にらみつける。

「知らなかったとはいえ、ミアリーちゃんの前で、海戦楽しみだとかいったけど。あれ、彼女にとっては相当つらかったと思うよな?」

「思うよな? とか、嫌味ったらしいいい方、何よ!」

 バークがアモスに言葉をかけるが、彼女が反発する。

「いや、だからな……」

 アモスの剣幕に、困惑したようなバークが言葉を濁す。


「ミアリーさんのためにも、アモス、海戦のこと話題に出すの止めにしませんか? こんな事実があったことを知っちゃったら、この話題、もう口出せないよ。ミアリーさんを、悲しませるようなことはしないでおこう? お食事の時の悲しそうな彼女、とても見てられなかったよ」

 リアンがアモスを諭すように訴える。

「ハイハイ! わかりましたよ! 空気が読めないサイコ女で悪かったわよ!」

 アモスがやけくそ気味にいい、タバコを窓から側溝に投げ捨てる。

「わかってくれてうれしいですよ。ミアリーさんとは、また仲良くしたいですから、この話題は出さないようにしてさ。また昨日みたいに、お話し相手になってあげよう。ミアリーさん、アモスのこともお姉さんとして慕ってたじゃない」

 リアンがアモスの機嫌を取るようにいう。


「今度は、アートンさんとバークさんも、ミアリーちゃんのお部屋にお呼ばれしましょう。あの素敵なお部屋を見たら、おふたりも、ミアリーちゃんのことにメロメロになっちゃいます」

 ヨーベルが、ミアリーの趣味を知らないアートンとバークにそう宣言する。

「いやいや、あんな若くて綺麗なお嬢さんのお部屋に向かうなんて、躊躇っちまうよ……」

 バークが、必要以上に遠慮して固辞する。

 相変わらず、女性に対して奥手な感じのバークの言葉。

 その件について、アモスがバークに、意趣返し的に嫌味をいってやろうと思ったが、ひとつ思いだしたことがあった。


 ミアリーと出会った時のことだった。

 一心不乱に植木をハサミで切り落としていたミアリー。

 その彼女に近づいた時、アモスは聞いたのだ。

 口汚く誰かを罵る呪詛のような、ミアリーの言葉を。


「あのクソニヤけ面のクソチビ男……。寸刻みで切り刻んでやろうか……。粗チンも、バチンと一刀両断よ、ウフフ……」


 あまりにも汚い言葉だったので、アモスは思わずチョップで突っ込んだ。

 恋人と生き別れたストレスで、精神的におかしくなっていたのかとアモスは思う。

「誰に対して、イラついてたのかしらね、あの娘」

 ぼんやりと思いながら、アモスはもう一本タバコを取りだす。

 窓の外に、猿がメガネを掛けた絵が描かれた看板を見かける。

 バスカルメガネ店という屋号が見えた。

「バスカルって、これから向かうところね……。メガネ、ヨーベルに新調するんだっけか、帰ってきたらあそこで作ってやるかぁ」

 タバコで一服しつつ、つぶやくアモス。



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